第十話「改革と手段」
享禄3年(1530年)2月
春日山城は為景の子である虎千代の誕生に、祝いの様相を呈していた。
本心はどうであれ、為景の元を訪れ祝いの言葉を話して行く者達が次々と雪の中を春日山に訪れていた。
だがそんな中、一人だけ部屋で呆けている男がいた。
それは“妹”と“毘沙門天”により立て続けに衝撃をを受けた、晴景であった。
-長尾晴景-
まさか謙信・・・いや虎千代が女だったとはなぁ~
俺は未だにそればっかり頭の中を繰り返していた。
「道にぃ、ずっと上の空だぞ?大丈夫か?」
俺の馬回りとして着いてきている弥次郎、
いや、もう元服して柿崎景家が心配そうに声をかけてくる。
こいつは未だに弟みたいな存在だ。
虎千代は弟じゃなくて妹だったが・・・
そうだな。そろそろ切り替えないとダメだ。
「悪いな景家、少し予定が狂ったんでな。」
「道にぃの予定が狂うなんて何かあったか?春日山は今日も平和だぞ。虎千代も可愛いからコロコロ転がしたぞ。」
「まぁ、個人的な問題さ。あと虎千代をコロコロするのは危ないから止めろ。」
そう、個人的に大問題だ。
もしも虎千代が男だったら、関東を存分に切り取ってもらい、俺は越後から兵站を整えつつ信玄を牽制する。そんな事も考えていたが、女の子一人に前線を任せて俺が越後に居るって言うのもバツが悪い。
元服後に始めた干拓はその兵站のためであったし、国力を上げる為に必要なことだが、それだけでは他の家に対して決定的な差にはならない。
何せすぐ近くには、内政に関しては群を抜いたセンスを持つ北条家があるんだ。
それに、国力を上げる為には絶対に避けて通れない事がある。
すなわち、長尾家による越後の統一。
干拓を含め農地を整備し、治水を行い、特産品を増やす。
これは俺が自由に出来る土地が増えるほど、そして取り掛かるのが早ければ早いほど効果が大きくなる。
・・・よし、こうなったら越後の統一のための、予定を大幅に繰り上げよう。
国力が上がれば動員できる兵も増え、戦で虎千代が出陣するにしても有利になる。
そうだな、川中島で決戦するときには信玄の軍がたしか2万だから・・・3倍の6万も兵をつけてやれば大丈夫だな!(無理です)
そうと決まれば親父殿に相談だ!
本人は気づいていないが、戦国時代にて既に20年を過ごした晴景は、長尾家の嫡男として十分な能力を得ていた。
為景や宇佐美親子から長く軍学を学び、新たな生の中で成長した晴景は、長年考えていた事を実行する為についに動き出す。
その晴景の考えは、越後の情勢を一変させるものであった。
-長尾為景-
クックック、晴景の奴もとんでもない事を思いつくぜ。
干拓を始めたときもそうだが、こいつは先を見据えて動いている。
先を見据えると言うのは言葉にすれば簡単だが、実行するのは難しいもんだ。
何故なら誰だって目の前の事を優先しちまうもんだからな。
・・・俺はその結果として、潜在的な敵を放置しちまってる。
そのまま放っておいたら、こいつの代で爆発するともかぎらねぇ。
だがこいつの発想は、それを逆手にとる事まで考えてやがる。
こりゃ家督を譲る件も真面目に考えなきゃなんねぇか?
いや、まだ晴景は眼に見える結果をだしていない。初陣もまだだ。
俺と言う後ろ盾はまだまだ必要だ。
それにな。
「晴景、それは確かに面白い話だ。だが簡単な話でもねぇ。」
「解っています。父上は手段をどうするのかが気になるのでは?」
「あぁそのとおりだ。んで、どうする晴景?」
こいつの発想は確かに面白い、だが何かをするには手段が必要だ。
手段がしっかりしてねぇと、それは絵に描いた餅でしかねぇ。
さぁ晴景、お前の考えを言ってみろ?
「軒猿を使います。」
「!?・・・ハッハッハッハッ!!」
俺はそれを聞いて、その場で大笑いをする。
そうか、そう来たか!
こいつは下手に自尊心がたけぇ武士ならば、思いも寄らぬ手段だ。
それだけに、あいつなら見事に引っかかってくれる可能性は高いな。
「良いだろう晴景。ここ数年戦もなかったから米も銭も金銀も溜まってる。好きなだけ使え!」
この時、晴景は為景に対して3つのお願いをしており、その内の1つが軒猿衆を自分の手に取り込む許可であった。
晴景はこの日、為景から大量の軍資金を受け取り、与板城へと戻っていくのであった。
-???-
その日、俺達軒猿は頭領の元に集められた。
我らが一堂に会す機会はそうそう無く、重要な話がある事が伺えた。
「皆のもの、我々軒猿衆を丸ごと召抱えたいと申す者がいる。それも今までに無いほどの高禄をもってだ。」
ほう、平時は国境の監視程度しか任されず、戦の折には命の危険のある任務か、使い走り程度にしか使われん我々に対し、いったい誰がその様な事を言うのか興味があるな。
「その者は・・・長尾為景の倅よ。」
それを聞いて俺は驚いた。
そしてそれと同時に納得もした。
いつか会った少年は、限られた中で自分に出来る精一杯の事をしようとしていた。
あの年で、それも自分の母が亡くなるやも知れんと言う時に冷静に動ける少年だ。恐らく思慮深くあるに違いない。
その様な事を考えていると、別の者が頭領に意見する。
「しかし長尾の倅は初陣もまだと言うではありませんか。その様な未知数のものに、我らの行く末を任せて良いものですか?」
「うむ、見定める必要がある・・・と、わしも思っておる。」
その言葉に皆一様に沈黙する。
高禄は魅力的ではあるが、長尾家に対しての不満の種もそこら中にある。
付く者を間違えられれば、我らとて消滅する事はある。
だが、俺の中では不安よりも少年への興味の方が勝る。
「俺が行こう」
だから俺は自分から名乗りを上げた。
「・・・お主ほどの者が動くか。」
「あぁ、長尾の倅なら面識がある。俺が行くのが一番良いはずだ。」
頭領は面識があると聞いて驚くが、すぐに厳しい顔をする。
「情に流されぬようにな。もしも取るに足らん者であるのならば、解っておるな?」
情に流されて付く者を間違えれば、我ら全てに災いが降りかかる。
だからこそ頭領は念を押してくるのだろう。
だが、俺は仕事に対して情は挟まぬ。だから少年が取るに足らん者なら・・・
「あぁ、首を取って帰ってくるさ。」
その首を土産に頂戴するだけよ。
俺の言葉に、頭領も周囲も沈黙する。
頭領は全員の顔を見渡し、その後で俺に告げる。
「よかろう、お主に任せようぞ“飛び加藤”よ。」
「御意に。」
俺はその場から消え、すぐに与板城に向かった。
少年・・・いや長尾晴景よ、お主の器を見定めてくれようか。
ついに晴景君が動き出しました。十話目にしてようやくです(爆)
ちなみに今川義元の上洛軍が公称4万、長篠の戦いでの織田・徳川連合軍の数が3万8千、晴景君が考える川中島で謙信の為に用意する兵の数6万。
自分で書いといてなんですが、兄馬鹿すぎます。
あと幼少編に出てた、あの人が再登場しました。
まぁバレバレだったと思いますが、もちろんあの人は加藤段蔵。通称”飛び加藤”でした。