第九話「上杉謙信(予定)誕生!・・・っておんなぁ!?」
新章スタートです。
そして九話目にして、ようやくもう一人の主人公を出せます。
大永元年(1521年)
為景は領内に一向宗に対して無碍光衆禁止令を発布する。これは禁制に逆らう者、領内に一向門徒の居住を許す者、一向門徒がいる事を知りながら黙認した者は処罰すると言う非常に厳しい物であった。
元々能景の代から一向宗を禁止していた越後ではそれほどの混乱は起こらなかったが、越中では混乱が見られた。
しかし、越中を任された宇佐美定満は、任されてからの3年を掛けて徐々に一向宗の寺社を加賀方面に追放していた為、一揆が起こるまでには至らなかった。
そして長尾家の統治が続いていく内に、徐々に一向宗の影響が少ない土地となっていく。
なお、その煽りを食って畠山義総が納める越中の西側や能登は一向宗の勢力が増す事になる。
大永5年(1525年)
為景の嫡男道一丸が元服する。烏帽子親は上杉定実に頼むと共に、偏諱を貰い定景と名乗る事になる。
史実では同時期に定実の娘との婚姻も行われたのだが、長尾家の力が増した事による変化か、婚姻は行われなかった。
大永8年/享禄元年(1528年)
為景は幕府への度重なる贈物・献金の結果、足利義晴から毛氈鞍覆、白傘袋の使用を許される。これは本来守護代ではなく守護が使用するものであり、幕府が公式に為景を越後および越中半国の国主と認めるものであった。
また嫡男長尾定景は、この機に足利義晴より一字を賜り、長尾晴景と名を変えていた。
為景はこの年、後奈良天皇の即位に合わせて朝廷への献金も行っている。
朝廷は為景に対して従五位下”信濃守”の官位を与えていた。
そして享禄3年(1530年)1月21日
今、まさに越後の龍が誕生しようとしていた。
-長尾為景-
於虎が産気づいた。
晴景を入れて6人目、於虎の子だけでも5人目になるが、子供が生まれるって時はそわそわしてならねぇ。
まぁ俺に何が出来るわけじゃねぇんだけどな。
最初の晴景の時は産婆に蹴っ飛ばされたし。
それにしても、何だかんだで於虎の子も5人目か。
別に政略結婚なんだから、そんなに子供を作んなくても良いって思ってた時もあったが、あいつとは妙に気が合うせいか、何だかんだで仲良くやっている。
定満の野郎なんて『子供っぽいところが似たもの夫婦です』なんて言いやがる。
・・・そんな事ないよな?
そう言う訳で男親は黙って、襖の前でウロウロしてるしか無いわけだ。
「父上、義母上が産気づいたと聞きましたが?」
「おっ晴景か。」
俺の元に晴景が来る。
こいつには今与板城を任せているが、出産が近いということでわざわざ春日山まで来ている。
母親が違うってのに他の弟妹達に対しても優しいし、家族思いな奴だぜまったく。
だが晴景ももう21歳か。
俺が21歳の時は・・・たしか上杉顕定と戦してたな。
そう考えれば、そろそろ家督を継がせても良い時期かも知れねぇ。
いや、俺は親父がたまたま亡くなったから家督を継いだだけだ。
まだまだ俺はこいつに負けてねぇんだから、譲ってやる理由も無い。
「そう言えば与板城主としての仕事は大丈夫なんか?晴景は干拓を推進してるんだろ。こんな所で油売ってる暇は無いんじゃないのか?」
「(直江)実綱が判断して必要な物は春日山まで届けて貰っておりますので。それに干拓と言うものはそう簡単に結果が出るものでも無いですよ、父上?」
ぐっ、何かこれじゃ俺の方が馬鹿みてぇじゃなねぇか。
「まぁ、生まれる子が元服する頃には、越後は日ノ本一の米所になるでしょう。」
「おもしれぇ事言うな。そんなら俺も期待してるぜ!」
おぎゃ~!おぎゃ~!
お、生まれたか!
晴景と話してる内にそんな時間が経ってたか!
俺は晴景と共に部屋へと入った。
「為景様、お喜びください!母子共に無事でございますよ!」
「おぅ、今回もありがとよ!」
俺は声をかけてきた産婆に対して礼を言いつつ、於虎に近づく。
「あなた、見てください!今回も元気な子ですよ!」
「あぁ、生んでくれてありがとよ、於虎」
そう言って於虎の頭を撫でると、照れくさそうに笑う。
「この子の名前はどうします?」
「名前は決めて有るぜ、“虎千代”だ!」
俺は決めておいた、取って置きの名前を披露する。
だが於虎は何やらポカンとした顔をしてやがる。
「・・・男でも女でも良い様に考えましたね?」
於虎はジトッとした目で俺を見やがる。
いや、そんな目をしてもしょうがねぇだろ。
「子供も6人目だぜ?その度に二つも三つも考えてられねぇ!」
そう言いつつ、於虎の視線に耐え切れずに顔を背ける。
ん?晴景の奴は何を呆けた顔してるんだ?
視線の先には産湯に使っている“女の子”、生まれたばかりの虎千代しかいねぇが。
「おい、晴景どうし「妹ぉ!!!!」」
うわ、うるせぇ!
晴景は何を驚いてるんだ?妹も3人目だろうに。
後の越後の龍の誕生は、こうして兄の絶叫と共に迎えられた。
この時晴景がなぜ驚いたかは、本人を除きこの場に居る誰もが解らなかったと言う。
-長尾晴景-
虎千代が生まれたその夜、俺は夢の中で毘沙門天に会った。
おっさんは相変わらず謙信のコスプレをしていた。
何かもうこのおっさんが着てると謙信って言うより武蔵坊弁慶みたいだ。
「おぅ晴景君。まずはここまで生きて来れておめでとう!最悪病弱でポックリ逝ったり、暗殺されたりの可能性もあったからな!!」
何やらおっさんはとんでもない事を言っている。
そう言う事は転生する前に言えと小一時間言いたいが、今はそれよりも重要な件がある。
「おいおっさん。何で謙信が女なんだよ!あれは俺が色々変えたバタフライ効果か?それともおっさんの趣味か?」
そうだ、上杉謙信は男性じゃないのか?
確かに女性説というのも存在するが、男性であるという証拠の方が圧倒的に多く、男性である方が現代の通説だ。
「いや、元からだよ?現代で謙信が女だって伝わっていないのは、信長や家康が女に恐れていたって事を隠す為に謙信が男であったかの様に偽装した結果だよ。」
俺は知ってはいけない歴史の裏側を聞いてしまった。
確かに歴史は勝者が作る。
信長(と言うより柴田勝家だが)が手取川であっさり負けたり、家康が三方ヶ原でコテンパンにやられた信玄と互角以上に戦っていたのが上杉謙信だ。
天下を取った者が女に恐れたと言う事実は、男の尊厳に関わってくると言う訳か。
それなら、彼らの力が及ばない外国の文書にだけ、そんな記述が残っている理由もわかる。
「信玄に唆されたとは言え、謙信の元で反乱が多かったのも同じ理由だよ。まったく越後の男達も馬鹿だねぇ、どうせ主君にするならムサイおっさん(信玄)より美少女の方が良いじゃん。」
俺もムサイおっさん(毘沙門天)より美少女(弁才天とか天照とか)のが良かったが、なるほど。
きっと『女の尻に敷かれるなんて情けないな!』とか言って煽ったんだろう。
軍神とまで言われる謙信に、簡単に反乱を起こす理由も納得できる。
それにしてもダメだ、このおっさんは。
早く何とかしないと!
「あと謙信に熱烈に求婚したと言う絶姫や伊勢姫はガチレ・・・」
「それ以上は言うなぁ!!!」
そこで俺はハッと目が覚めた。
外はまだ薄暗いが、眠気は全部すっ飛んでいた。
結局それが夢だったのか、おっさんと本当に話していたのかはわからない。
だが、これだけは言わせてくれ。
毘沙門天のアホー!!
ついに越後の龍が誕生しました。ついでにやっと主人公の名がひっそり長尾晴景になりました。
上杉謙信の性別は本文でもある通り男性説が有力ですが、こういう風に考えると女性説もありえると思いませんか?
まぁ証拠が無い以上はあくまで可能性に過ぎませんけどね。
そしてこの章ではついに晴景が動き出します。
身動きが取れなかった幼少編と違い、どの様な道をとらせましょうか?