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【09】 AM11:50

 「10機目だから、あれで仮設堤防の設置は終わりだな」

 拠点のあるマンションの屋上から(どこから出してきたのか)双眼鏡で作業を見ていた野澤がつぶやく。

 「使わなかった2つの仮設堤防はスポーツ広場の方で施設部隊に回収してもらいましたから、あれが最後のヘリですね」

 拠点に戻っていた森保が答える。

 「あれっ?いつのまに戻ったの?」

 「僕が現場でできる仕事はもう無いですから。安全確保のため本田さんが戻ってくれって。まあ、現場で僕ができるのって、仮設堤防の枚数を決めて設置場所を指示するまででしたから」

 とは言っても、もう少し現場にいたかったように森保はちょっと残念そうな顔をする。

 「後はバインドして、中に発泡ウレタン吹き付けるだけですね」

 最後のヘリが遠ざかるにつれて、本部での会話は楽になって来たので、菜穗子は思いきって森保に質問する。

 「バインドって何ですか? 結束すること?」

 「うん、そういうこと。仮設堤防が設置される両脇の堤防際に、仮設堤防を刺すのとは別に、アンカーのパイルを打って、そこから仮設堤防を締め付ける感じで、鉄線を回して強度を上げるんだ。ホンモノの堤防にもアンカーボルトを何本か打ち込んで、少しはバインドするんだけど、そっちは水が漏れないようにするためだけ。そっちの強度に余裕があればアンカーのパイルは必要なかったんだけど、ホンモノの堤防はあんなんだからね」

 確か『ちょっと大きい地震で崩壊しそう』な強度って言ってた。

 「で、それと同時に、仮設堤防の内側というか川に向かっている面に、難燃性の発泡ウレタンを吹き付ける。知ってるよね、断熱材とかで使われるヤツ。吹き付けると、空気に触れてすぐに固まる。これは爆発の衝撃を緩和して、爆発の反作用で強烈に流れ込む水の衝撃も和らげる」

 森保は凄く得意げだ。

 「さらに言えば本堤防と仮設堤防、あと仮設堤防同士は、一応、接着剤でツケてはいるけど、基本、並べただけだから、確実にくっついているわけじゃない。水がまったく漏れない保証はないから、発泡ウレタンは目張りの役目も果たすわけだ。まさに一石二鳥の優れものだね。思いついた僕はやっぱり天才なのかな」

 いいえ自画自賛するあたりは変人です。

 「しかも汎用品だから安い。オレはそこも気に入った」

 野澤がオチのように付け加える。

 「仮設堤防のバインドと発泡ウレタンの吹きつけは並行作業だ。本田さんに見せてもらった訓練だと5分くらいしかかからなかったから、爆破予告時刻の5分前には完了しそうだな」

 「爆発物が仕掛けられたのって、1週間前くらいですよね。当然、爆破時刻に誤差が出る可能性もあるので、ギリギリ間に合うっていう感じですね」

 ユカリも会話に加わる。

 「まあ、ここまで来れば爆破されるまでオレたちに出来ることはない。もう通常の電源は落ちちゃってるからエレベーター使えないし。菜穗子たちが買っておいてくれたジュースでも飲んで水分補給しながらその後の確認をしておこう」

 さっそく野澤に呼び捨てにされた。これは全然嬉しくない。

 「既に、佐々さんと大谷は犯行グループの捜査協力のため、既に千住署に向かってもらった。最悪、この地区に水が流れ込んだら、千住署も退去して、捜査本部が移設される警視庁に行ってもらうことになっている。まあ2、3日は北の丸(温暖化対策委員会の本部のことだろう)には帰れないだろう」

 そう言えばその二人の姿はいつのまにか消えていた。

 「今後、考えられるのは次の3つ。まず最悪のケースは、爆破箇所が廃工場じゃなかった場合。次にまずいケースは、爆破箇所は廃工場だったけど仮設堤防が機能しなかった場合。で、爆破箇所が廃工場で仮設堤防が上手く機能した場合が一番マシなケース」

 まあ良いケースとは呼べないか。

 「最悪のケースになったら、全員、全速で退去。機材とかは破棄。下にパトカー用意してもらってるから、撮影のため残ってもらっている涼井さんたちと一緒に、施設部隊に時間稼ぎをしてもらっている間に千住西地区を脱出、そのまま北の丸に戻る。情報の分析とかはそっちでする」

 野澤が話している時に、菜穗子は何となく南田を見た。最悪のケースについて話されているのに嬉しそうな表情を浮かべて聴いていた。マズいぞ、南田!

 「次ぎにまずいケース。仮設堤防が上手く機能しなかった場合、本田さんに支援してもらうから、森保はできるだけ現場に残って、上手く機能しなかった原因を探れ。ただし、自分の安全確保を優先させること。残りのメンツはやっぱり全速で退去」

 森保が、まかせてください、的に胸を叩く。ひょろっとした体型なのでちょっと滑稽だ。

 「一番ましなケースの場合でも森保は仮設堤防の状況をチェック、本田さんと一緒に、本堤防を修復するまで保たせる作業に取りかかってくれ」

 「仮設堤防の回りをさらに鉄筋コンクリートの壁で覆う作業ですね。必要あるのかな」

 「本堤防の修復は一筋縄じゃいかないだろう。現状でもこんな堤防で済ませているわけだから。ともかく森保は仮設堤防を補強する」

 それから野澤は南田を見る。

 「南田は本堤防の修復を根回し。あ、自分で国土交通省に連絡するの嫌だったら(温暖化対策委員会の)連絡室経由でもいいよ」

 全然、期待していない。

 「それくらい自分でできます。そもそも隅田川の堤防は東京都建設局の管轄です」

 「東京都のお金使う話だったら自分でできるんだ」

 ユカリの揶揄に南田が黙り込む。図星かよ! しかも野澤もフォローしない。自分もそういう立場に立たされる可能性があるかと思うと、菜穗子は何か南田が可哀相になってきた。

 「オレは半分壊した家の前で待機しながら全体の状況を見る。小仲は現場近くに帰ってくる住人たちへ警察が聞き込みを開始するだろうから、そのサポート。ユカリと菜穗子はここの撤収を済ませたら合流してくれ」


 いよいよ爆破予告時刻の12時が近づいてきた。遠くでサイレンが鳴っている(現場近くは電源が落ちているから鳴らないようだ)。もう住人の避難は完了しているはずだが、念のためなのだろう。

 マンション屋上の本部に残っている野澤班全員が(南田も含めて)、一斉にフェンスに身を乗り出すようにして廃工場跡を見る。

 「こうやって見ると、仮設堤防って、元の堤防より1mくらい高いんですね」

 「菜穗子って思ってることがすぐに口に出るよね」

 ユカリが菜穗子の言葉に(表面だけ)感心する素振りで反応する。

 菜穗子は『とんでもないです。私が口に出すのは基本、知らないことだけで、怖くて、ユカリさんのように揶揄とか皮肉とかは絶対に口に出しません』とこれも口には出せないツッコミをする。と、黙っている菜穗子を見て、野澤が、

 「あれっ、返事がないということは思ってること全部は口に出してないんだ。なるほどね~、皮肉とか揶揄とか侮蔑っぽいことは思ってても口にはしないんだ、ユカリみたいに」

 ユカリに乗っかって、輪をかけて菜穗子をカラかう。それに『侮蔑』って!そこまでは思ってない!

 しかし、そういったやりとりの機微?を全く感じないのか、森保が菜穗子の問いに普通に答える。

 「そもそも温暖化前に海抜以下だった所もあって、そういう所はもっと元の堤防が高い。そういう場合でも対応できるように仮設堤防は余裕を見て設計してるんだ」

 なるほど。それに話を変えてくれてありがとうございます。

 と、内心、菜穗子が安心したら、森保が野澤に、

 「でも、今日、坂本さんと僕が会話した内容を記憶からすべて抜き出すと、すぐ口に出していたのは、その場で思いついた疑問とか質問だけでした。つまり坂本さんの傾向としては、思っていることをすぐ口にするんじゃなくて、思いついた疑問とか質問だけをすぐ口に出す人なんじゃないかな。僕を見て『この変人』『服装、趣味悪っ』ていう顔はしてましたが、口には出してませんでしたから」

 私の言動を詳細に分析するな! あと、『この変人』『服装、趣味悪っ』って顔をしていたのはバレてたんだ。申し訳なさと恥ずかしさで菜穗子の顔が火照る。

 「ま、そういう冗談はさておき」

 野澤が話を切り替える。

 「冗談だったんですか!」

 「そうそう、そんな感じで口に出そうよ」

 ユカリがフォロー?する。

 「そっちの方が、カラカイ甲斐があるし」

 ユカリが唇の端だけで盛大に笑う。

 「ずるいですユカリさん。そんな格好良く笑われたら怒れないじゃないですか!」

 「それそれ。もう今日から菜穗子はウチの一員なんだから、遠慮することないのよ」

 「まぁ~、そういう冗談はさておき」

 改めて野澤が話に割り込み、告げる。

 「爆破予告時刻だ」

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