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【07】 AM11:05

 「悟朗さん、さっきの、ちょっとズルかったですね」

 拠点が置いてあるマンションの屋上から街を見おろしていた野澤にユカリが話しかけた。

 「高井さんとヒカル(大谷のことだ)たちが言い合ってる時には、わざと議論を止めないで、いいかげん議論が堂々巡りした時に、いかにも公平な立場でございます、っていう感じで佐々さんの意見を訊いたでしょ」

 「う~ん、ズルいって言われちゃうと褒めすぎだよ」

 ユカリさん、褒めてない!

 「半分は意図的だったけど、もう半分はのオレだよ。たいして根拠もないのに自説にこだわって熱くなって、実りの薄い議論に加わるのって性格的にできないんだよね。だから隠れて西さんにメールを出したんだ」

 「メール?」

 「そう、適当に揚げ足とって、この話を終わらせてくれって。そもそも西さん、揚げ足取るの上手いし、充分うんざりしてたし」

 ズルっ!本当にズルい。というか怖い。陰でそんな事をやってたたなんて。それに西篤室長、温和そうな『いい人』だと思ってたのに、裏では高井さんの揚げ足を取ろうと野澤さんとツルんでたなんて、実は腹黒いの?

 菜穗子はちょっとビビる。しかし、野澤とユカリの話はさらに続く。

 「佐々さんの報告の内容はある程度、予想してたんでしょ」

 「予想はしてないよ。それは買いかぶりすぎ。問題の二カ所以外に爆発物が仕掛けられている可能性をツブすのが先、って言うのもあった。それにユカリ、ヒントくれてたじゃん」

 「私が?」

 「『この辺って、堤防さえなければ、ごく普通の住宅街ですね』とか『アソビがない部分、堤防が更新されにくい』とか言ってたよね。あれ聴いた時に、なぜ目立つところに爆発物仕掛けるんだろうって疑問に思ったわけ。もっと見つかりにくい場所がたくさんありそうだし、堤防を確実に爆破するならそっちじゃないかってね」

 「で、佐々さんからの報告が重要だと思ったわけですか」

 「そういうこと。ああゆう順番で佐々さんの報告を際立たせなきゃ、あと15分ください、なんて誰も納得しなかっただろうし」

 そこでいったん野澤は言葉を切って、改めて街を見おろす。

 「でもまだ決まったわけじゃない。佐々さんの言ってた三カ所で見つからなきゃ、たいした根拠もなく千代田線直上か足立市場裏のどちらかを選ばなきゃならなくなる。それこそ運を天に任せた賭になる。それだけは避けたい」

 街を見ている野澤の顔が初めて苦渋に満ちた。


 千住3丁目の廃工場で爆発物らしきものを発見したという佐々からの報告は、打ち合わせ終了から数分後だった。本部を置いてあるマンションの屋上からもその廃工場は見えた。直線距離なら100mも無いだろう。

 「近いじゃん。じゃ、ここにいる第1班全員で見に行こう」

 苦渋に満ちたモードはパッと切り替えられ、野澤はそれまで同様、緊張感のカケラもない調子に戻り、皆に声をかける。

 「あ、南田はここでお留守番」

 野澤、榊原ユカリ、菜穗子、森保、そして本田の5人がエレベーターを降りると、野澤は、

 「はい、駆け足!」

 と小学校の先生のような号令をかけて、皆で小走りで現場に向かう。その途中、大谷と小仲から、二人が向かった先では爆発物らしきものは見つからなかった報告がそれぞれ入る。

 一行はすぐに堤防沿いに建っている廃工場に着いた。廃工場と言っても最近まで稼働していたらしく、外観には廃墟感は無い。それに工場と言っても町工場で、普通の家屋サイズに毛が生えた程度だ。

 しかし、既に開けられている入り口のシャッターの中に工場らしい設備は全く残っていない。8m四方くらいのガランドウの空間が広がっている。

 そして問題は、堤防沿いの方だ。

 壁を抜いて、堤防沿いに急遽、屋根を延ばしたような作りになっている。

 そしてその屋根が覆っている堤防沿いに、高さ3m、幅3mほどの構造物が、建物の奥側の堤防に立てかけられるようにして設置されている。

 地面への設置部分には、堤防から1mほど離れたところにコンクリートで基礎が打たれ、そこから幾筋もの鉄筋が立てられ、その内側に鉄板が置かれている。

 それまで見た爆発物らしきモノと違い、その構造は剥き出しだ。

 その鉄板の内側に爆発物が仕掛けられている事は、今までの説明を聞いて菜穗子にも想像がつく。

 ここが本命だ。


 「衛星写真の方はどうだ?」

 端末のスピーカーで野澤がアーニャに問いかける。

 「その工場の屋根を延ばす工事が始まったと思われるのは7月14日、20日には屋根が堤防まで延ばされていました。約半月前です」

 「そこから仕掛けてたとすると、ずいぶん本格的ですね。資金が豊富じゃない、っていう情報は上書きする必要があるかもしれません」

 ユカリがあきれたように呟く。

 「でも爆発物仕掛けるのにコンクリで基礎を打つなんて初めて見た」

 白衣をして、森保が興味深そうに設置部分を覗き込む。

 「これって時間はかかるけど、お金はそれほどかからないんじゃないかな。ありモノの資材で事足りるわけだし」

 森保が解説する。

 「この場所を押さえられたことがすべての始まりだな。ここを設置してから、安心して3カ所のダミーを作った」

 口が重いからこそ、発言に重みがあるような佐々が嘆く。


 と、突然、野澤が手を叩いて注目を促す。

 「おいおい、話が反れてるぞ! ここが本命だと上申するために、ここの映像を本部に転送してくれ。ユカリ、君に上申含んで丸投げするから頼んだぞ」

 ユカリがすぐにタンマツで映像を撮りながら本部の西篤と話し出す。

 「で、オレらは本部の判断を待たないで、もう始めちゃおっか」

 野澤は本田と森保に向かって、

 「まず、森保は仮設堤防の設置場所を確定してくれ。本田さんは施設部隊さんたち呼んで、まずここの屋根とか柱とか、一切合切を撤去するところから始めてください。道はそれほど広くないから、来る順番を」

 「解ってるよ、野澤君。ここからは私に任せてくれ」

 その本田の言葉に、野澤は余計な口を出してすいません、というような感じで、軽く頭を下げる。実戦担当の本田は何か少しイキイキして、施設部隊に無線で命令を始めた。というか、タイムリミットが近づいて、内心は焦っていたのかもしれない。でもそれを表情に出さなかった本田さんって何気に凄くない?と菜穗子はちょっと感服した。

 仮設堤防の設置場所を決めなければいけない森保は、アーニャから送られた衛星写真と、現場の実際のサイズをメジャーで計りながら(何で携帯している!)、タンマツ上で入力して、さらに、翔ぶが如く、白衣を翻して、放射能のハザード・シンボルTシャツを見せつけながら(趣味ワルっ、て思ってごめんなさい。理由があったんですね)、工場の外側のサイズまでチェックしたあげく、

 「野澤さんと本田さん、ちょっとついてきてください」

 と工場の外に連れ出す(必然的にユカリや菜穗子もついてゆく)。

 「爆発物は工場の端に仕掛けられているので、仮設堤防を設置させようとすると、ちょっとマズイことが」

 森保が痛ましい顔をして、工場の隣に建っている家を指さして言う。

 「どうしてもこの家が邪魔になります」

 その家は、隣の工場との境に塀は無く、細い路地で区切られているだけだ。

 「仮設堤防の事だけを考えれば、そこまで問題は無いんですが、仮設堤防を支えるパイルや、それを打ち込むマシンのことを考えると、この家のほぼ半分、隣に面した3m程度を撤去しないと作業に入れないと思います」

 森保の説明を聴いて、本田の顔も曇る。

 しかし、野澤は躊躇無く判断する。

 「他に方法が無いならしょうがないでしょ。本田さん、責任はオレが取りますから、この家の半分、半分が無理なら全部、撤去しちゃってください」

 責任取るって、どういう風に責任を取るんだろう。菜穗子は疑問に思う。

 「まともな方法で撤去してたら、いくら時間があっても足りないぞ」

 本田が時計を見ながら野澤に訊く。

 「あ、間違えました。時間がかからない方法で、『壊す』なりなんなりしちゃってください。ともかく仮設堤防の設置を優先で」

 「わかった。しかし外枠だけしか残ってない工場と違って、家屋の方は壊すだけでも時間がかかる」

 「本田さん、工場を撤去してから、工場側から重機でゴソッとやるしかないんじゃないですか」

 森保が助け船を出す。

 「ともかくやってみよう」

 その間にも重機を積んだトラックを先頭に、続々と施設部隊が到着し出し、、本田がその指揮を始めた。

 野澤は、今さっき現場に到着した小仲に指示する。

 「ちょうど良い時に来てたな。この隣の家に住んでいる人の連絡先を千住署に訊くなり何なりして確認してくれ。できたら家族構成とかも。ただし、連絡はオレがする」

 「そんなの千住署にヤラせたらどうですか。おめおめ爆発物を仕掛けられた責任はアイツらにあるんだから、オレたちがここの住人に謝る必要ないですよ」

 小仲は未だに千住署に対して憤っているようだ。

 「まあ、そりゃそうだが、ここ壊す判断下したのはオレだし、それにここに住んでる人にお役所的な対応をされて話がこじれたら、今後のオレたちの行動に差し障る」

 「どういうことですか?」

 「ここでの仮設堤防の設置は、成功例として世間に喧伝しなきゃならないってこと。そうしなければ森保の原案通りの予算が下りない。今回は運良く?ここが本命だと解ったけど、ここに無ければ、一か八かの選択をしなきゃいけないところだったからな。それは避けたい。それに」

 野澤はニヤッと笑って

 「いずれにせよ千住署の偉い人たちは責任取らされるんだし」

 と首を切られるジェスチャーをする。

 その所作に菜穗子は呆れる。ホント、この人の言動はあけすけすぎる。

 しかしその首切り動作にちょっと笑ってしまった小仲は、しょうがないな、と言う調子で千住署に連絡を取り出す。

 野澤の方は、タンマツで本部の西篤を呼び出し、さらっと報告する。

 「西さん、他に方法が無いんで、爆発物仕掛けられた工場の隣の家も壊すことにしました」

 さすがに西も驚いたようで、

 「壊すことにしましたって、どういうことかね」

 「仕掛けられた位置が工場の端っこで、仮設堤防建てるにはどうしようもないんです。事後報告で申し訳ないですが、間に合わないんで、もう壊し始めてます」

 ウソだ!まだ壊してない!

 「詳しいことは状況終了後に報告します。あと、その家の人へのフォローはオレがキチッとやりますから安心してください。でも」

 ちょっとコトバをタメてから、

 「とりあえずの迷惑料とかは、こちらで仮払いできると思いますが、補償費とか慰謝料とかは最終的には千住署に払って貰ってくださいね。ともかく円満解決したいんで大盤振る舞いになると思います。というような内容で千住署との話もオレがつけましょうか?」

 「野澤君、それは私の仕事だよ。ともかく変なことに気を回さないで、仮設堤防設置を最優先でやってくれ」

 「わかりました」

 野澤が、自分が嫌われ者になるのを恐れてないのは今までの発言でもよくわかった。でも、室長の西篤も肝が太いというか、大人物というか、野澤さんが事後報告って言ってるのに全然怒らない。高井の揚げ足を取った件もそうだし、どうやら西と野澤は相当な信頼関係にあるらしい。

 さらに野澤は別なところにタンマツを繋げ、スピーカーで話し出す。

 「涼井さん(第2班の班長だ)、暇になったでしょ」

 ヨソの班の班長つかまえてどういう挨拶だ!

 「まあ暇っちゃ暇ね」

 「申し訳ないですけどオレらの拠点に入って、仮設堤防の設置の様子を撮影してくれませんか? ちゃんとしたカメラとか用意してあるし、電源も確保してあるから」

 「悟朗ちゃん、相変わらず用意いいわね。やったげるけど、あんたたちの拠点ってどこ?」

 「メールします」

 「じゃ、まかせといて」

 あっさりタンマツが切られる。

 「喜野さん以外にも仲がいい班の人っているんですね」

 なにげなく菜穗子が口にすると、ユカリが、

 「野澤さん、女性の班長とは仲がいいのよね」

 と口を挟む。

 「つまり高井さんと猪川さんとは反りが合わず、涼井さんと喜野さんとは仲がいいということですか」

 「それもイラッとするほど仲がいい」

 ユカリさん、嫉妬?

 タンマツで涼井宛にメールを打ち終わったらしい野澤が話に加わる。

 「ユカリ、誤解を生む言い方してんじゃないよ。涼井さんはオレの元上司。喜野さんはその時の先輩。仲が良くて当たり前」

 「私に向かってそれはおかしくないですか」

 かなわんな、と言う表情で、野澤は菜穗子に向かって、

 「あのね、ユカリも同じ涼井さんの班に新入りで入ってきたわけ。その後、班を増やす時にオレが独立して、その時にユカリをオレの班に引き抜いた。喜野さんは、涼井さんがなかなか手放さなくて第5班が出来た時に班長になった、というだけの話。ユカリも含めてみんな同じ釜のメシ?の仲だから」

 といったん野澤は話題を終える素振りをしてから、改めて菜穗子の顔を覗き込んで訊く。

 「でも坂本さんって結構ゴシップ好きだね」

 それを私に訊くな!(否定できないじゃない!)とツッコみたかったが、ユカリも菜穗子のことを見て唇の端で笑っている。またグルで私をカラかったののね!

 「ということで、ユカリ、涼井さんたちが来るまで拠点で待機して、撮影機材の置いてある場所とかを説明しておいて」

 ユカリは(まだ笑を浮かべながら)本部に向かう。

 入れ違うように、無駄足を踏んだ大谷が廃工場の現場に到着して、本命の爆発物を見てタンマツで撮影をしだす。

 「ここ、爆破されちゃうんでしょ? 当然、現場検証とかやる暇ないから、少しでも証拠を残しておかなきゃ」

 こっちは既に事後の心配だ。

 野澤は、身振りで『お疲れ』の合図を大谷にしながら、今度はスピーカーに出さず、別の部署とタンマツで話をしだした。

 私のゴシップ好きを警戒して?

 でも、高井さんと猪川さんとは反りが合わないことは否定はしなかったわけだ。その辺はよく覚えておかなきゃ、と菜穗子は改めて思った。


 そんな話を菜穗子たちがしている間にも、現場では30名以上の施設部隊員たちが手際よく作業を開始していた。

 まず大量の土嚢をバケツリレーのようにして工場の中に運び入れ、爆発物を覆うように積み(工場と隣の住宅の間にも積んだ)、それが終わると、屋根をあっさり外し、壁を重機ではがし(ただし爆発物が仕掛けられている隣の住宅との境の壁は土嚢で覆った部分で切り取った)、これまた重機で吊った鉄骨の柱を一斉に溶接機で切り刻み、あっというまに工場は解体された。廃材が運び出されるまで、正味5分とかかっていない。

 余りの早さに菜穗子が唖然としていると、

 「朝霞の施設部隊は市街戦を想定して、こういうのしょっちゅう訓練してるみたいだよ」

 と森保が解説してくれる。初めてこの人から先に話しかけられた!

 次ぎに更地に近くなった工場の敷地内に2台の重機が入り、容赦無く隣の家屋を壊し始め、それと息を合わせ隊員たちが廃材を運び出す。

 隣の家を半分ぐらい壊したところで作業は止められ、重機が敷地外に退去した後に、地面に白線が引かれる。どうやら、その外側にパイルを打ち込む作業に入るようだ。

 「パイル打ちは専用のマシンなんだ。実は予算の半分以上はこのマシンの開発にかかっちゃったんだけど、スピード勝負だから専用機にせざるを得なかった。その代わりコンクリの上からでもガンガン打てるからね」

 森保はちょっと自慢げだ。

 思ったより短い(3mないほどの)パイル(たぶん鋼鉄製?)が、その長さの半分以上の深さまで、次々と打ち込まれてゆく。と、打ち込まれたそばから、別な機械が、そのパイルに、先がやや細くなった高い柱をさらに捻じ込んでゆく。トータルで7mほどの高さの柱が次々と立ってゆく。

 と、その作業と同時に、ホンモノの堤防の、爆発物の両脇を、隊員が電動カッターを水で冷却しながら思いっきり切り始める。

 「えっ、何で切っちゃうんですか」

 菜穗子は思わず森保に質問した。初めて自分から話しかけちゃった。というか、私が誰だかまだ知らないよね、この人。

 「あ、坂本菜穗子さんだよね」

 私の内心に答えないで!

 「自己紹介してなかったっけ。僕は森保羊太。ま、理論も実践も、科学も技術も工学も、何でも来いの理系万能、まあ人からは『天才』って言われる人間。まあ『変わり者』を婉曲表現されてるだけなんだけど」

 後者に賛成。

 「坂本さん、先週挨拶回りで来た時、僕は不在だったんだけど、アーニャには挨拶したでしょ。その時、彼女といっしょに写真撮ったよね」

 確かに。アーニャさんと友達になりたくて。

 「アーニャが、今度、環境省から来る女の子はすごくカワイイって、その写真をタンマツでみんなに見せてたから、すぐに覚えたよ」

 カワイイから? アーニャさんに言われるのはすごく嬉しいけど・・・

 「あ、カワイイから覚えてたんじゃなくて、僕、ちょっと見ただけでも、クダラナイことでも、ドウデモいいことでも、何でもかんでも覚えちゃうんだ。他人から見ると気味悪いって思われるから余り口に出さないけど」

 どうせ私はクダラナイとか、ドウデモいいことでしょうよ。でも、他人から見ると気味悪いって思われることは自覚してるんだ。

 「あ、でもカワイイとは思ったし、実物もカワイイよ。会えて光栄です。今後もよろしく」

 この流れで『よろしく』って言われても。ユカリさんがいないから誰もツッコんでくれないけど、本人を目の前にして『実物』って失礼すぎ!

 「で、本題に戻ると」

 やっと戻してくれた。

 「爆発物の両脇を切るのは、仮設堤防がカバーできる範囲以外にダメージが出ないようにするため」

 つまり?

 「堤防は中の鉄筋で繋がってるから、爆破の影響を仮設堤防内だけに収めるため、その内側で鉄筋を切っておく必要がある」

 って言っても、切りすぎたら、堤防が爆破される前に崩壊して、水が流れ込む・・・

 「今切ってるのは上の方からでしょ。下の、実際に水に浸かってる方の鉄筋を切るのはちょっと後。まあ仮設堤防が組み上がるまでは待てないから、堤防が崩壊する寸前までに切らなきゃならないから微妙な所だけど」

 微妙だけど、何?

 「一番川側の鉄筋は20%残しておけば計算上、爆発しなくてもしばらくは堤防は持つし、それくらいなら爆発した場合でも、想定範囲で堤防が壊れるから。まあ、今やってる作業は、見た目ほど危ない作業じゃない」

 これまでの森保の発言内容をトータルすると、この人同様に危ないような気がするけど、と菜穗子が思っていたら、それまで他の部署とタンマツで話をしていた野澤がその話を一段落させたようで、森保と一瞬押し黙った菜穗子たちを見て、

 「坂本さん、悪い。紹介してなかったな、こいつが森保。科学も技術も工学も、何でもござれの理系万能人間。オレから見ればまさに天才だな」

 変人って思ってるんでしょ。さっき本人から聴いたし。

 「で、森保、この子が今日、配属の坂本菜穗子さん。仕事への興味は今のところ『?(ん)』だけど、ゴシップへの興味は『!(んっ)』だ」

 なんつう紹介をしてくれるんだ! と菜穗子が噛みつこうと思った時にユカリが現場に戻って来る(ユカリさん遅い!)

 帰ってきたユカリに野澤が訊く。

 「涼井さんたち、撮影開始した?」

 「もうばっちり撮ってますよ。本部経由でマスコミにも流してますから、昼前のニュースには出るんじゃないですか」

 「壊しかけてる隣の家は入れてないよね」

 「そこは説明するまでも無かったです。いいアングルで撮ってました」

 「こっちでヘリコプター飛ばしてるから、マスコミのヘリは飛行禁止にしてるし、もちろん住人の避難の邪魔になるから地上から入るのも禁止してるはずだし、これまでマトモな映像ないだろうから、マスコミは飛びついてくれるな」

 「これまでは避難してきた人たちへのインタビューとか、あの絵面(えずら)ぐらいでしょうから」

 とユカリが上空で待機していた、仮設堤防を吊り下げたヘリコプター群を指さして話を続ける。いよいよ本番前になり、かなり現場に近づいて来て会話がキツくなってきた。

 「首席報道官が泣いて喜びそうな展開ですね。ヘリコプター団が吊り下げた何だか解らないものは実は、って感じで実際に設置している映像に繋がりますから。マシンがパイル打ちする所とか、柱との接続とか、映像で観るとカッコよかったですし」

 「でもあの人だったら、報道陣からネタを早く出せって吊し上げ食らって、先にパイル打ちとかの資料映像出しちゃったんじゃないの?」

 「あの人ならありえますね」

 野澤とユカリが笑い合う。

 誰だ、その『首席報道官』って。聴いたことのないその役職?に菜穗子は首をかしげる。と、

 「いよいよ仮設堤防を設置します」

 森保の声が、興奮してさらにトーンが高くなる。

 「今回は仮設堤防を12枚持ってきてもらいましたが、奥行きで3枚づつ、幅で4枚、合計10枚の設置で考えました。時間も無いですし、幅が狭い方がバインドしやすいので」

 バインドって何ですか?と菜穗子は質問しようと思ったが、ヘリコプターの爆音が近づいてきたので諦める。

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