【06】 AM10:50
小仲が隅田川上流の捜査から戻り、予定より少し早めにミーティングが始まった。本部にいるアーニャ以外の第3班全員が集まっている。
班長の野澤悟朗、サブリーダーの榊原ユカリ、評論家南田と新入り坂本菜穗子、警察庁のブルースブラザース大谷と小仲、仮設堤防設置の理論担当森保と実践担当本田、そしてドーベルマン刑事もどきの佐々。
テレビ会議のモニターの向こうにはアーニャ、本部の室長西篤、第1班班長の高井がそれぞれ映し出されている。
「場所を特定する前に確認しますが、この千住西地区の水道と都市ガスの供給は既に止められていますか? 仮設堤防をどこに展開するにしても、パイルを打ち込む時に、いちいち水道管やガス管の位置を気にしている時間は無いと思うので」
野澤の確認に、本部の西篤が答える。
「それは大丈夫。爆破に備えて隅田川から500m以内に水道とガスの供給は停止済みだ。既に伝えているとおり、電気も12時10分前には止める」
「了解しました。あと、涼井班担当の荒川沿いと常磐線沿いはどうなりました」
「オールクリアだ」
「小仲、隅田川上流地区はどうだった?」
「クリアです。千住桜木町に関しては、大型の都営住宅、帝京科学大学、尾竹橋公園と見通しも良く、爆発物らしきものも発見できませんでした」
西篤が話をまとめる。
「となると現時点で発見されている三つのポイント、さらに言えば1番目の橋戸稲荷裏は明らかなダミーとして捨てると、やはり二番目の足立市場裏と三番目の千代田線直上の二カ所のどちらかが本命というわけか。高井君、足立市場裏での聞き込みの結果は?」
「残念ながら有効なものはありません。そもそも市場の休みに仕掛けられているので、目撃者が出ませんでした」
「千代田線直上の方はどうだ?」
野澤が大谷に視線で報告を促す。
「残念ながらこちらも空振りです。マンションに居残っていた人間や、自力で動けない老人は何人か保護しましたが、目撃情報はありませんでした」
「そうなると決め手は防犯カメラの映像だけか。青木君(アーニャのことだ)、そっちはどうだ」
「二カ所とも、犯行グループはおおよそ10人、顔が認識できず正確ではないですが、背格好で判断するとほぼ同一のグループが仕掛けたと思われます。運び込まれた資材もほぼ同一だったのですが、持ち込まれた工具に違いがありました」
一同、興味深そうに身を乗り出す。
「これです」
アーニャがモニターに映し出す。
「若干不鮮明ではありますが、工事用のドリルだと思われます。これは千代田線直上の方だけで見られました」
「堤防に爆発物をある程度挿入するとすれば、ドリルは必須だな」
小仲がつぶやき、一同がうなずく。
「ただし、千代田線直上のカメラにたまたま写っただけ、という可能性もあります」
「何回くらい写ったの?」
大谷が質問する。
「機材を運び出す時の1回だけです。作業中はシートで現場を覆っていて、中の様子は一切わかりませんでしたが、作業が完了してシートを撤去する段階で現場に置いてあるのが写りました」
「足立市場裏の方にはそれらしきものは写ってないの?」
「写ってませんが、ドリルの歯の部分は取り外しが可能で、本体は50cmもなく、隠そうと思えばいくらでも隠せます」
「決め手にはならないわけね」
大谷がガッカリして折りたたみ椅子の背もたれに身をあずけた。
「残念ながら二カ所の違いはそこだけです」
アーニャがモニターの向こうで残念そうな顔で答える。
しばらく沈黙が続いたが、小仲が何か思いついたように大谷に質問する。
「ここら辺のマンションで居残っていた人間がいた、って言ってたよな。で、怪しいヤツとかいなかったか? 爆発する様子を確認するために残っていた犯行グループらしき人間とか」
「全部の現場に同行できたわけじゃないから明言できないけど、別に健康状態とか問題ないのに若い男が避難するのをゴネたって話は聞いた。でも、避難したがらないヤツって必ずいるから、不自然とまでは言えないよね」
「決め手にはならないけど、状況証拠にはなるよな」
小仲が食い下がる。
二人のやりとりに、第1班の班長、高井がイラついたようにモニターの向こうで発言する。
「千代田線直上の方が怪しい、という流れになっているが、そうは思えない。確かに千代田線直上で堤防が爆破されるのは宣伝効果は高いが、千代田線自体にはダメージは与えられないんだろ? そんな実効性のない所に仕掛けるとは思えない。そして実効性という観点から見れば、足立市場裏の方が、爆破された時に、すぐに被害が大きくなりやすい。日光街道はすぐに通れなくなってしまうだろうし、常磐線も危ない」
高井は大谷と小仲を威圧するように言い切る。
「オマエたちは、そういうことを解って言ってるのか?」
「高井さんの言ってることは憶測ですよね、何の事実にも基づかない」
大谷が負けじと反論する。
「オマエの言ってることもたいした事実に基づいているわけじゃない」
高井がさらにイラついて大声を出す。
「だいたい、キサマ、誰に向かってモノ言ってるんだ。警部補にもまだなってないペーペーがオレと対等な口を利くつもりか」
「高井君、そう言う話は警察庁に戻ってからしてくれ」
西篤がピシャッと窘める。
「結論から言えば、千代田線直上の方がやや怪しいが決め手は無い、ということだな。野澤君はどう思う」
西篤が訊ねる。
そう言えば野澤は高井VS大谷+小仲の論争?に全く加わろうとしてなかった。自分の部下が階級持ち出されて高井にヤラレているのに助けようとしない。ここまでの野澤の言動とちょっと違うのを菜穗子は不思議に思った。
「オレの意見を言う前に、もう一点確認したいことが」
野澤が一同を見渡して、佐々の所で視線を止める。
「佐々さんには、千住緑町1丁目(野澤班の担当外だ!)から3丁目まで、立ち入れる範囲で堤防の全域を直接見て回って貰ったんだけど」
そこで野澤はニヤッと笑って、
「もちろん『立ち入れる』っていうのは合法的に、と言う意味じゃなくて物理的にっていう意味でお願いしたんだけど」
やっぱりこの人は南田の言う通り、公務員として守るべき一線を簡単に越えさせてる!
「で、どんな感想?」
これまたフワッとした訊き方だ。一同、佐々の方を見る。
「感想とかじゃなくて、オレが心配しているのは、人の住んでる気配がない住宅や工場がいくつもあったことだ。鍵がかかって物理的に入れないところもあった。2丁目から3丁目にかけて三カ所もあった」
佐々が該当の箇所を、モニター上の地図で指さす。
「オレが犯人ならソッチに仕掛ける。すぐに見つかるところをトラップにして」
そういう意見があるなら最初に言えよ!寡黙を気取ってんじゃない!
菜穗子は心の中で、大声でツッコむが(たぶん他のメンバーもそう思ったに違いない!)、野澤は佐々のその意見を待ってたかのように、立ち上がって指示を出す。
「ということで捜査は継続。アーニャは情報室経由で遡れるだけ遡って衛星写真を取り寄せて、佐々さんの言った場所を大至急チェック」
一同、『本気かよ』という表情で顔を見合わすが、野澤は気にもとめず続ける。
「大谷と小仲、それに佐々さんは手分けして、その三カ所に無理矢理にでも立ち入っちゃって。鍵でも何でも壊しちゃっていいよ。ただし、本命だとするとブービートラップみたいのあるかもしれないから気をつけてね」
「しかし野澤君、もう仮設堤防を設置しださなきゃ間に合わない時間だぞ」
本田が指摘する。
「ホントに申し訳ないですが、ギリギリの11時15分まで時間をください」
野澤は本田に深く頭を下げて、でもその上げ際にはすぐに笑顔になって、
「西さん、こういう判断でいいですよね」
とシラッと本部に確認を取る。モニターに映る西篤室長は、しょうがないな、という表情で(野澤さんって、いつもこんな感じでテーブルをひっくり返してるのかな)、
「野澤君の判断に任せるよ」
と許可を与える。
モニターの向こうで、第1班の高井は、急展開した話について行けず呆然としているようだ。それを尻目に、野澤は第3班の尻を叩く。
「さ、皆、ぼやぼやしてないで動いた動いた!」
佐々、大谷、小仲が警官を連れて、一斉に現場に散って行く。しかし南田は、
「結論を出すのを先延ばししてるだけじゃないか」
と椅子に座ったまま、ブツブツと文句を言っていた。