【04】 AM10:10
専用橋から降りて、第3班の持ち場にパトカーで移動しようとしている時に野澤にタンマツから連絡が入る。
「二つ目が見つかった?。場所は?足立卸売市場の裏手?また1班の担当エリアか。今度は本命っぽい?」
本部のアーニャからのようだ。
「やっぱり工事許可取ってたか。それでも防犯カメラの映像は残っているハズなんだけど。ある? じゃ分析よろしく」
「今度は見に行かれないんですか」
ユカリが、またパトカーの助手席に座っている野澤の方に身を乗り出して訊く(今度はちゃんと敬語だ)。
「三つ目も見つかるでしょ。ダミーが一つだけなんて少なすぎる。それからでも遅くない」
「そうですね。今回の犯行グループ、資金面では、ホンモノの爆破物は一つくらいしか作れない規模って情報室の資料にありましたしね。逆に爆破を成功させるためにはダミーは二、三箇所作るでしょう」
「ということで、進路変更は無し。担当エリアである千住緑町方面、具体的には京成電鉄の隅田川鉄橋の方に移動してください」
パトカーを運転している警官に伝える。
「あと施設部隊がぼちぼち到着する頃だから、本田さんと森保はそっちに合流してもらった」
しかしこの人たちはいつ犯行グループについての資料に目を通したんだろう。菜穗子も慌てて自分のタンマツで犯行グループについての情報に目を通す。しかし『リターン・トゥー・ザ・シー』ってどうよ。ダサくない?
「あの、そもそもこの人たちも含めて、環境テロを起こす人たちって、なんで堤防を爆破したがってるんですか?」
ユカリが、「そこから?」とでも言いたげにガクッとする。
「すいません。大学の専攻は気象学で、環境省でも温室効果ガス排出規制を担当する部署だったもので」
「つまり社会問題の方にはあまり興味が無かったと」
「すいません」
「あやまる必要は無いわ。坂本さんの前任者の津川君もそういう人だったから」
やっぱり。
「じゃ、南田君、後はよろしく」
するっとユカリが南田に投げ出す。
南田は、基本的に教えたがりなんだろう、明らかに仕事を押しつけられたにも関わらず、嫌な顔一つせず(というか逆に機嫌良く)菜穗子に説明し出す。
「この『リターン・トゥー・ザ・シー』っていう組織の主張は、街を海に戻し、19世紀以来の産業文明を廃して、アーミッシュのような生活を送ることを理想としているようだね。ここに限らず、環境テロ組織って、人類の科学技術や工業の発展が温暖化を招いたから、浅はかな人為的なコントロールは止めて基本的には自然に帰れ、堤防に守られた不自然な場所は海に還れ、っていうのが共通の主張だと思う」
ここで南田は非常に深刻な表情になり続ける。
「しかし、主張、というかイデオロギーと、実際のエネルギー源は別なんだよ。問題なのはそこ。彼らの行動の糧は、ぶっちゃけて言っちゃえば『嫉妬』の一言に尽きる。既に海沿いの多くの町や村が海に沈み、日本だけでも百万単位の人が家や職を失っている」
そしてやるせなさげに付け加える。
「自分たちの故郷は守ってもらえなかったのに、ここは、東京は、都会は守られているっていう嫉妬。その嫉妬のエネルギーがあるから資金も集まり、捕まえても捕まえても、堤防を爆破しようとするヤツらが後を絶たない、根絶やしに出来ない」
「でも、今、住んでいる人たちの生活まで奪うなんておかしいですよね?なるべく自然に近い生活をして温室効果ガスを排出しないようにするのと、堤防を爆破して、生活そのものの場所を失わせるって全然別なことなのに」
「もう失っている彼らにとっては同じ事なんだろうね。堤防爆破も『自然に帰れ』運動の啓蒙イベントくらいに思い込もうとしている。だから彼らも堤防を爆破することで直接死人が出ないように、今回みたいに4時間前に犯行予告して、住民が避難するための時間を作ったり、犯行日時を満潮に合わせて、被害を拡大させたりはしない」
パトカーから外を見ると、人通りが絶えたマンション街が夏の陽差しの中に広がっている。一つ間違えれば、ここも沈んでしまうのか。
「やりきれないですね。堤防が爆破されて、街が海に沈んだら、さらに嫉妬する人たちが増えて、ますます悪循環じゃないですか」
「そういうことだね。こういう負の連鎖を、末端の僕たちに止めろ、って言われても困るんだよね。家や職を失った人たち向けの政策をキチンとやってもらわなきゃ」
「あら、南田君、『止めろ』なんて誰にも言われてないよね」
突然ユカリが話に割って入る。
「どういう意味だよ」
「あなたウチの部署に来て、文句言う以外、何かやったことあったっけ?」
この二人は仲が悪いだけじゃない。基本的なスタンスが違いすぎる。
「だいたい、国土交通省に戻れないのって、あなた自身に問題があるっていいかげん気づいてない? 元の部署でも口先だけの『評論家』って言われてたそうじゃない」
もしそれが本当でも言ってはいけないことをユカリは言っている。
南田が怒りに震える。今にもユカリのことを殴るんじゃないか、と思えるほど、膝に置いた拳が震えている。
さすがに野澤が仲裁するのか話に加わる。
「ユカリ、その話はナイショって言ったじゃん」
仲裁しない!
「あ~、ばれちゃったから仕方ないか。南田、余りにも元の部署に戻りたがってるし、、オレもそれだと使いにくいからさ、春の人事の時にオレからじゃなくて西さんから根回しして貰ったんだけどさ」
頭を掻き掻き、言い訳らしきものをする。
「あんな『評論家』、帰してくれるなってさ。ゴメンネ、ホントのこと言っちゃって。でも人事って難しいね。ウチで実績上げなきゃ評価が変わらないから帰れないけど、実績を上げるほどガンバレば、それまた元の部署に憎まれて、そりゃそれで帰れない」
ぶっちゃけ過ぎだ。あけすけ過ぎだ。ミもフタもない。
南田は怒りを通り越して呆然としている。そりゃそうだ、元の部署の人間から役立たず扱いされてたってことだから。しかし言い返さないところを見ると、思い当たるところが少しはあったんだろう。
「ということで南田、しばらくはヨロシクな」
それで水に流せって言うこと? フォローにも何にもなってない。
パトカー内はしばし沈黙する。
と、無線が入る。
「三つ目が見つかった? 場所は? 地下鉄千代田線の直上? それはよろしくないな。大至急、緑町2丁目と3丁目の境の西の端へ」
野澤が警官に告げ、さらに今度は緊急対応班のタンマツを別な所に繋げ、スピーカーでやりとりを始める。
「喜野さん(住民の避難支援をしている班長だ!)、千代田線、まだ動かしてる?」
「動かしてるわよ、折り返し運転だけど。隅田川を越えるのに鉄橋を使わないで通ってる唯一の路線だから爆破の影響受けないしね。最後まで動かすつもりよ」
「よろしくないことに千代田線の直上に爆発物らしきものが発見された。オレも急いで見に行くけど、ちょっと覚悟しといてね」
「覚悟しといてねって、何を」
「避難経路として使えなくなるってこと。さらに言えば爆破されて水がトンネル内に入る可能性もゼロじゃないからそっちの備えも必要ってこと」
「勘弁してよ。今でも避難させる足が足りないって言うのに、さらに輸送力なくなっちゃうの? そっちを何とかしなきゃいけないのに、地下鉄の安全面も面倒も見させるの?」
「出来るの喜野さんしかいないって。ともかく現場に着いたら詳しく報告するから」
と言っている間に現場に着く。
現場には大谷と小仲が先着していて、背の低い小仲が、
「よりによってこんな所に仕掛けられやがって、千住署の連中は何やってたんだ」
と、丸顔の頬を真っ赤に膨らませて、現場の警官を詰っている。
「ここにいる警官を非難したってしょうがないだろう。堤防の監視は別の担当なんだろうから」
野澤が仲裁に入るのを始めて見た。
「しかし野澤さん、隅田川沿いの堤防は危ないからって、何カ所も何カ所も防犯カメラを備え付けて監視しているはずなのに、よりによって地下鉄の真上に仕掛けられるなんて、マヌケ間抜けすぎます」
大谷も同意見のようだ。
「そりゃ、確かにそうだ。それにここで三カ所目だし、ナニ監視してたんだ、って言いたくなるキモチは分かる。しかし非難したってコレが無くなるわけじゃないし、さらに言えば責任追及はオレたちの仕事じゃない。それより現状を報告して」
「失礼しました。アーニャの分析によれば先週、7月30日水曜日の昼間から作業が開始され8月1日木曜日の夕方には出来上がったようです」
大谷がサッとモードを切り替えて簡潔に説明する。
「道路の使用許可とか工事の許可関連は?」
「出されてません。しかし、ここ、道路じゃ無くて東京メトロの土地なんで、メトロの関係者っぽく装えば疑われなさそうですね」
今度は小仲が答える。
「防犯カメラの映像は?」
「二つ目の方を片付けてからになるので、あと8分ほど時間が欲しいとのアーニャからの伝言です」
「そういえば二つ目っていつ作られたの?」
「ここの後、8月3日土曜日の朝から、4日の日曜日夕方にかけてですね。足立卸売市場の休みに合わせた下水管工事として許可取ってます」
「そうか、見つかった順番の逆順で作られたわけだ。しかし」
改めて野澤が爆発物らしきものを見る。
一つ目のものと違い、堤防に沿って置かれているそれは、幅こそ3mほどだったが、高さも3mほどあり、厚さも倍くらいはある。
それに、一つ目のは雑にブルーシートがかかっていただけだったが、これには灰色のしっかりしたシートが、内部の堅いものにぴったりと当てられたように、細心の注意を払ってかけられている。
「地面の方は掘ってないようだね。地下鉄の換気施設とも少しだけ距離があるから、手当てさえすれば、爆発しても地下鉄への影響は抑えられそうだ」
「これって地下鉄の換気施設なんですか。堤防より建物は高いから、換気口から水が入ることはなさそうですね」
ユカリが話に入る。
「いずれにせよ、大至急、東京メトロの人間呼んで、施設の中もチェックして貰う必要があるな。こっちもダミーで、本命は施設の中に仕掛けられてたりしたら目も当てられん。これは本来は南田の仕事なんだが」
南田を見やるが、すっかり意気消沈してるのか菜穗子の目にも使い物になりそうもない感じだ。
「ユカリ、責任とってオマエがメトロの方の手配をしてくれ」
「最後にダメを押したのは悟朗さんの方じゃないですか」
そうツッコんでから、唇の端に笑を浮かべてユカリは連絡を始める。
悟朗さんって誰? あっ、今朝もそう言ってたけど野澤悟朗さんね。しかし下の名前で呼んでるんだ・・・
その野澤はタンマツで喜野に繋いで話し始める。
「ということで、千代田線はそんなに危険じゃない感じではありますが、メトロの人間じゃないと正確に危険度を見積れないので、はっきりしたことが言えないっていう情けない状況です」
「カンカクは掴めたわ。結論から言えば、千代田線、11時になったら止めるしかなさそうね。最悪を考えて南千住の駅とかで出水に備える時間が必要になるから。じゃ、悟朗ちゃんも頑張ってね」
「いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょ」
笑い声が聴こえて交信が切れた。よかった。各班の班長って、野澤さんと仲が悪い人ばっかりじゃないのね。菜穗子はちょっと安心する。しかし『悟朗ちゃん』ね。確かに野澤さんのファニーフェースを見ていると年上の人が『ちゃん』ずけしたいのは分かるような気がする。
メトロの方と連絡がついたのか、ユカリが野澤に話しかける。
「担当者が10時40分には来れるそうです」
「結構時間かかるな。ヘリ出してあげて」
「あ、その前提で。足立一中に10時35分着予定です」
「じゃあ、しょうがないか。でもユカリも分かってきてるね。」
「ボスの行いを見習ってるだけですよ」
二人は笑い合う。呼吸バッチリという感じだ。この二人、やっぱり付き合ってるのかな。でも野澤さんは、二人っきりの時じゃなくても、基本、ユカリさんを呼び捨ててるから、私の勘違い?
野澤は笑った後、すぐに素に戻って、再び爆発物らしきものを見直す。やはり真剣な表情に戻ったユカリが訊ねる。
「本命でしょうか」
「微妙だな。二つ目も十分に怪しい。なんせあそこは前に一回爆破されてるから、ヤラレた場合、ここと同じで犯行の宣伝効果も高い」
「しかしこの辺って、堤防さえなければ、ごく普通の住宅街ですね」
「そうだな。でも、地図見てて不思議に思ったんだけど、この緑町って、千住の他《ほか》の地域に比べて道路が直線ていうか、碁盤の目の様というか、キチンと計画されてるというか、東京では珍しいよな」
「逆にアソビがない部分、堤防が更新されにくいのかもしれませんね」
野澤とユカリのやりとりを聞きながら、菜穗子は何とはなくの違和感を覚えていた。
三つの爆発物らしきものが発見され、そのうち二つのどちらかが本命らしい。
ここまで最優先で爆発物を探して、やっと見つかったのに、なぜ?
「なぜ、爆発物の解体作業に入らないんでしょうか?」
「えっ、坂本さん、何言ってんの?」
野澤とユカリが同時に驚く。
「えっ、って。ここで爆発物処理班が登場して、起爆装置を解除するんじゃないんですか?」
よくドラマとかであるみたいに、赤いコードを切るか青いコードを切るかで、ハラハラするシーンが展開されるんじゃないの?
「あ~、坂本さん、映画の見過ぎ。こういう爆発物は解体できないの」
ユカリが呆れた口調で答える。
えっ、解体できない?
「犯行グループは、爆破中止を条件にお金を要求したり、仲間の解放を要求してるわけじゃない。確実に堤防を爆破するために爆発物仕掛けてるから、爆破を途中で止めようなんて全然考えてない。それどころか後から解体できないように最大限の工夫をしてる。早い話、ここが本命なら、あの覆いを取っただけで爆発するだろうね」
野澤が説明する。
「仕掛けられた段階で、もうこっちの負け。仕掛けられる前に発見しなきゃ、堤防が爆破されるのは確定事項なのよ。そういう意味では既に手遅れ。だからヒカル(大谷さんのことだ)と小仲君が怒ってたわけよ」
ユカリが付け足す。
「じゃ、何のために爆発物を探しまくってたわけですか。見つけたって打つ手が無いんだったら意味ないじゃないですか」
「打つ手はあるよ。ちょうど着き始めたところだ」
野澤がニヤッと笑って空を指さす。
と、デカイ短冊のようなものを吊り下げた双発の大型ヘリが、逆光の中、西の空に爆音を立てながら隅田川上流の方に到着していた。