表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

【02】 AM9:25

 建物の屋上に出ると、ヘリコプターの爆音と爆風にさらされる。

 第5班らしき人たちが機材を積み、それが終わってからいよいよヘリコプター初搭乗だ。

 菜穗子は乗り込もうとして、思わず、

 「ドアあるじゃん!」

 と叫んでしまう。それを聞いて榊原ユカリが唇の端だけで笑う。ホントにこの人はカッコ良く笑う。でも、野澤さんとグルで私をカラかってたわけね。

 しかし、

 「ドアはあるけど、見た目より華奢だからビビって掴まったりしないこと!これはホントよ!」

 と耳元で叫ばれて、文句も言えない。それどころか爆音でまともに会話できない。

 ヘリに乗り込むと、南田が菜穗子用のヘッドセットを渡して、ヘッドフォンをかけるように身振りで促す。

 「これで会話できるから」

 菜穗子がヘッドフォンをかけると、一足先にヘッドセットをつけていたユカリが話し出す。これなら会話に問題はない。

 「まあ、そんなに緊張しないで。離着陸のロスを含めても15分もしないで着いちゃうわよ」

 緊張する菜穗子を尻目に、想像より二回りくらい大きいそのヘリがふわっと離陸して、びっくりするくらい速く上昇してゆく。

 ビビるな、私!

 「坂本さん、滅多に見れない景色なんだから、窓の外を覗いてごらんよ」

 窓際じゃなく、中の方の席にしてもらった菜穗子にユカリが促すが、緊張で断りの言葉すら出てこない。

 「高いところダメなの?」

 「得意じゃないです」

 周りの人間を見ると、タクシーにでも乗っているかのように全く緊張していない。こういう状況に馴れたくないな、などと思っていたら、野澤が皆の前にリーフタブレットを広げる。

 「接続は良好のようだな。これが現地の地図と衛星写真を重ね合わせたもの。アーニャは仕事速いね。ちょっとでも怪しいのはオレたちの担当でざっと4カ所、1班のも含めて9カ所って感じだな」

 野澤がオニのような早さで地図を拡大させたり、スクロールさせながら皆に告げる。

 菜穗子は全然ついて行けないが、他の部員はついて行ってるようだ。アレコレと議論をしながら捜査箇所の優先順位をつけてゆく。

 「じゃ、現地の大谷、小仲、佐々さんに連絡しといて」

 野澤はアーニャとタンマツで喋っているようだ。

 「あと、高井班にも情報を入れといて」

 ユカリがちょっとびっくりしたような顔をして、

 「高井さんに?」

 「あいつら、こういうの得意なヤツいないから。敵に塩を送るってやつ?ま、敵じゃあ無いか。敵視はされているけど」

 自分でオチをつけてる。しかし野澤さんって、外部だけじゃなくて、内輪でも敵がいるわけ?

 「で、我々のとりあえずの拠点は足立第一中学校に置くことにする。中学生たちは登校後に避難命令が出て、家に帰らせずそのまま集団で地域外に避難させるダンドリのはずだ。もう1時間以上たってるから、無人になってる」

 「そもそも夏休みで学校お休みですよ」

 ユカリが訂正する。

 「休みってたって、部活とかで学校に行っているガキもいるだろ」

 「ガキとか言わないでください。あと『休みってたって』てアナタ、江戸っ子ですか」

 「蝦夷っ子だぜ」

 ちょっとシラける。

 野澤が本当に北海道出身かどうかも知らないし。

 「ま、それは置いといて、学校休みだと避難させるのかえって面倒だな。避難支援の喜野班、今回も貧乏くじってわけだ」

 「しかし、千住署に捜査本部が置かれるって聞いてますが」

 南田が冷静に話を元に戻す。

 「まあ、そこは一班に譲るよ。千住署は俺たちの担当地域から遠いし、隅田川沿いに爆発物仕掛けられてるとしたら、足立一中がほぼ真ん中だしね。1mでも現場に近いところに拠点を置かなきゃ」

 それから菜穗子に向かって付け加える。

 「それに拠点って言っても、そこにオレたちが腰を据えて捜査員の人たちにあーだこーだって指示するわけじゃない。オレたちは現場の捜査員に同行して判断しなきゃならないから、まずは機材を置かせてもらうくらいだ。そこにはほとんどいないよ」

 結局、南田の反論を歯牙にもかけず、野澤はヘリの操縦者に向かって、タクシーの運転手に告げるように気楽に告げる。

 「ということでパイロットさん、足立第一中学校の校庭で降ろしてください」

 パイロットが当惑した声で、

 「千住署のヘリポートに着陸と聞いておりますが」

 「大丈夫、千住署の手前だし、着陸場所の安全確保も先行させたヤツらにやらせますから」

 パイロットは不承不承、了解する。

 しかし、この人、強引だけど手回しは良いのよね。

 菜穗子はちょっと感心する。

 「本田さん、地上から向かってくれている施設部隊さんの拠点はどうします?足立一中の校庭じゃちょっと狭いですよね。この隣の『千住スポーツ公園』ってのが良いんじゃないですか」

 「装備とか資材とか持ち込むからね。ここで手配してくれないかな」

 「じゃ、足立区に許可貰っときます。本部の西さん!」

 タンマツで竹橋の室長に連絡しているようだ。

 「ええ、我々の拠点は足立一中、施設部隊さんは千住スポーツ公園にします。足立区に言っといてください」

 『言っといてください』って。許可取るんじゃないの?それに上司である室長をアゴで使うって。こりゃ嫌われるよ。よくこの人が官僚組織の中で生息できるな、などと菜穗子が思っているうちに、ヘリは早くも降下を始めて、重力がちょっと減って、ふわっとした感じになったと思ったら、そのまま中学校の校庭に着陸していた。

 ホントだ、15分どころか、10分ちょっとしかかからなかった。飛んでいる間、一度も下界の風景を見ることが出来なかったくせに、『私もヘリ通勤がしたいな』などと場違いで身の程知らずの考えが菜穗子の頭に浮かんだ。


 足立一中の校庭では、ヘリの起こす爆風の中、背の高い女性と、背の低い小太りの男性が待っていた。ヘリから各種の機材を降ろし、ヘリが再び飛び去った後に、野澤が菜穗子に二人を紹介する。

 「背の高い方が大谷ヒカル、背の低い方が小仲勇司。第3班のブルース・ブラザースって感じかな。大きい方が大谷で小さい方が小仲だから覚えやすいでしょ?こっちが今日配属の坂本菜穗子さん。まだ何にも知らないから仕事振らないように」

 確かにまだ何も知らないけど、その紹介はヒドい。

 「大谷です。よろしく」

 美人なタイプじゃないけど意志の強そうな目がハッとさせられる感じの女性だ。

 「それと野澤さん、私が背が高いわけじゃないって何回言わせるんですか(確かに160cm台後半って感じだ)。小仲が低すぎるんです。それに性別違うし、小仲はベルーシみたいに面白くないし」

 「確かに俺は160ないけどさ、愛嬌はあるよね、坂本さん」

 私に振るな。

 「で、状況は?」

 野澤が話を戻す。

 「千住署だけじゃなくて本庁の刑事も動員してチェックしてますから、時間の問題ですよ」と小仲。

 「その時間が問題なんだけどね」

 「施設部隊が着くまでどうします?」

 「感覚掴みたいから、ともかくポイントを見て回ろう」

 「パトカー用意してますよ」

 「スバラシイ。で、本田さんもご足労ですがご一緒してください。現場の雰囲気を大体でも掴んで貰いたいんで。あ、森保も同行な」

 と本田と森保(たぶん? この人、挨拶回りの時もいなかったし、今日も全く紹介されてないんだけど。ヘリに乗る時も白衣ってどうかしてるよ。自衛隊の人じゃないだろうし、いったい何者?)を手招きする。

 一行はパトカーに乗るために校庭の外に出る。

 菜穗子は後ろの方を歩いている南田に小声で尋ねる。

 「あの、さっきから訊こうと思ってたんですけど、『施設部隊』って何ですか?」

 「普通、女子は知らないかな。昔で言う『工兵部隊』のこと。戦場で道路を作ったり、架設の橋を架けたり。おおざっぱに言えば、戦場で土木工事をする自衛官たちの部隊のことです。今回は堤防が爆破された場合に備えて、朝霞駐屯所から派遣されます」

 「だから装備とか資材とかの話になったんですね」

 「本田さん、前は朝霞の施設大隊の幹部だったから、元手兵って感じかな」

それから前を歩く人たちに聴こえないように小声で話す。

 「本田さんって温厚そうな『ナイスミドル』に見えても、陸自の二佐だから、元部下たちとのやりとりなんて、一般社会の人間から見るとちょっとびっくりするよ。僕は別人だと思ったよ。体育会系の運動部とか比較にならないよ」

 南田はさらに声を小さくして、

 「本田さんがウチの班に来てから、野澤さんと森保のヤツとかとツルんで何か画策してるんだよね。今以上ヒドいことにならなきゃいいけど」

 さらに嫌われることを画策してるってワケ?

 一行がパトカーに乗り込もうとしている時、現場の警察と連絡を取っていた大谷と小仲が突然、同時に声を上げる。

 「爆発物らしきものが見つかったそうです」

 着いたばかりなのに早すぎない?

 少しざわついた中、野澤だけは何事も無かったかのように、

 「それじゃまずそこに向かいましょ」

 「1班の担当範囲なんですが」

 「ここから近いし、見るだけだから問題ないでしょ。オレから高井に許可取るから。じゃ、車出して」

 うわ~強引かつ横紙破り。敵視もされるよ。それにタクシーじゃないんだから『車出して』って。

 パトカーに乗りながら、菜穗子は人生初パトカー搭乗だということにふと気がついた。隣に座った榊原ユカリに(ちなみに野澤はこっちの方が広いと助手席に座り、後部座席奥に榊原、真ん中に菜穗子、助手席うしろに南田が座った)、

 「今日はヘリには乗るわ、パトカーには乗るわ、人生初の事が多すぎます。自衛隊も来るっていうから、あとは戦車に乗るだけですね」

 と、ヘリの件でカラかわれたのを恨みっぽく返すと、

 「あら残念ね~。戦車は来ないの。でも装甲車は来るから乗ってみる?」

 と、突然、横から南田が口を挟む。

 「装甲車も来ないよ。来たら大問題だよ。治安維持活動に自衛隊を呼んだって、委員長が国会に呼び出される。施設部隊だから重機とかトラックだよ。冗談でもそんなこと言うな」

 マジにキレてる。

 「冗談って分かってるのに、冗談でも言うなって、どんだけ言論統制?ネットに書き込んだわけでもないのにさ。それとも南田君がマスコミにチクるのかな?」

 ユカリが南田を見もしないで言い返す。

 この二人、チョー仲悪そう。

 しかし野澤は、思いっきり険悪な雰囲気に動ぜず(仲裁すらせずに)、

 「着いたぞ」

 と、とっとと車を降りてゆく。続いて怒りが収まらない様子の南田、間で当惑している菜穗子、南田の怒りを屁とも思っていないようなユカリがパトカーから降りる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ