【01】 8月5日 AM8:30
「今日からここで働くのか。なんか気が重いな・・・」
前任者の突然の退職で、一週間前に突然、出向の辞令が出た。その時にとりあえず挨拶周りはしたが、今まで馴染みがない組織だし、希望の部署でもない。
「それどころか、私、まだ入省3年目だったし・・・」
社会人としての自覚と自信もまだ不十分だと思っている坂本菜穗子は、ちょっとだけ不安になる。
8月上旬、東京が文字通り亜熱帯になっている季節だ。蝉が朝からやたらウルサい。
地下鉄の竹橋駅から近代美術館の前の坂を上って右折すると、再び坂だ。駅から5分強、坂を上り続けると、旧江戸城の北の丸に新しい職場の建物がある。建ってからまだ間もないそのビルは、科学技術館の跡地に建ったと挨拶回りの時に教えてもらった。
まあ、組織の性格上、高台になきゃならないのはわかるけど、それにしてもこの坂はキツい。毎日、この坂を上らなきゃならないのかと思うとさらに気が重くなる。
しかし。
くよくよ考えたってしょうがない。私の取り柄って、いつも明るくて元気がいいところだって思われてるし(自分ではそんな単純だとは思ってないけど)、気合い入れて行こう!
二十代中頃だというのに幼顔の自分の写真がプリントされた、与えられたばかりのピカピカのIDカードで、自動改札のようなセキュリティ・ゲートを通過して、階段で2階に上がり、配属先のドアの前に立つ。
『温暖化対策委員会 緊急対応室』
とそのドアにはしるされている。
今日から私もここの一員だ。ドア脇のカード・リーダーにIDを再び当てる。
ドアを勢いよく開け、大きな声で、
「今日から配属になりました坂本菜穗子です。よろしくお願いします」
と頭を下げた。
しかし、室内は騒然としていて、誰も聞いてない。始業時間の9時にはかなり余裕を持って出勤したはずだったが、既にほとんどの職員が出勤しているようだ。それどころか、怒号が飛び交う、とまでは行かないが、かなり殺気立ってる。ほとんどの人間が話し込んでいたり、電話機に向かって大声で喋っている。
何か事件が起こっているらしい。
新任の挨拶に対応するどころじゃ無さそうだ。
気後れがちに、自分の配属されている第3班のデスク島に近づく。先日、菜穗子の出向内示後の挨拶回りの時に案内役をしてくれた榊原ユカリが、電話をしながら菜穗子に気がついて、手招きした。第3班のサブリーダーで、落ち着いた大人の雰囲気の女性だ。ユカリは手早く電話を畳んでくれて、
「30分前に、足立区の堤防に爆発物仕掛けたって予告があったのよ。坂本さん、まだ招集システムに登録されてなかったから連絡が行かなかったんだろうけど、私たちは呼び出しくらって、既に臨戦態勢なの」
「それで殺気立ってるんですね」
「そういうこと。でも、坂本さんって、悟朗さんにまだ挨拶してなかったよね」
「悟朗さん?」
「第3班の班長をやってる野澤悟朗さん」
「はい、前回お伺いした時には野澤班長、急な会議が入ってご不在でしたので」
「じゃ、こんな時だけど挨拶しよう」
ユカリが立って、島を見渡す位置にあるデスクの前で、PCのモニタを覗き込みながら別な人間と打ち合わせをしている男に声をかける。
モニタと、デスクに積んである溢れかえった資料の前から、モジャモジャのテンパー頭の男が顔をあげる。
どちらかと言わなくても、サル顔で素っ頓狂な顔をしている。よく言えば愛嬌のある顔。フロアは緊張感に溢れているのに、この男の回りだけはトボケた雰囲気なのは服装のせい?いくら温暖化対策委員会だからって、真っ赤なアロハシャツに短パンかよ!ここはハワイの官庁か?
「今日配属の坂本菜穗子さんね。野澤悟朗です、よろしく。ご覧の通りの状況なので、自己紹介とかは後ね」
それからデスクに座っている、ちょっとイケメン風の男を呼ぶ。
「南田! 今日配属の坂本菜穗子さんね。君とバディを組んでもらうつもりだけど、まだ何にも教えてないから、今日はオレ、榊原ユカリ、南田浩一、そして君の四人で行動してもらうよ」
それから菜穗子に向き直って、
「坂本さん、今日はオレの後ろにヒッツイてること。解らないことがあったら何でも南田に聞いてね。彼、知識だけは豊富だから、なっ?」
今度は南田の方を見て念を押す。
それから野澤は手をたたいて班全体を注目させてから、
「五分後の8時45分から、『ER』で全体カンファレンスね。各自は『タンマツ』持って集合!」
と言ったあと、すぐに自分の打ち合わせに戻る。制服を着た中年の男性(自衛官なのかな?)に、なにやら無茶な依頼をしているようだ。
「本田さん、さっき言ったように逆算すると、もう木更津から朝霞にCH―47飛ばさないと」
「う~ん。まだ何も決まってないんだよね」
「本当に申し訳ないんですけど、まあ、そこは自衛隊内部の運用上の話って言うことでなんとか。で、朝霞の準備は・・・・」
野澤はもう菜穗子のことはまったく眼中に無く、自衛官らしき本田という男とまた話をし出した。
これでもう挨拶終わり?
いくらなんでも短すぎない?
あとER? タンマツ?
菜穗子が腑に落ちない顔をしたのに、イケメン風の南田がさっそく気づいたらしく、
「ERはエマージェンシー・ルームの略。この部署もまさに『緊急対応室』だから、略せばERになるんだけど、オペレーション・ルームのことを医療機関のERにヒッカケてそう呼んでるんだよ。『タンマツ』はこの部署専用のリーフ・タブレット端末のこと。全員に支給されてて、常に持ち歩かなきゃならない規則になっているけど、ま、それは建前だから念を押したわけだ。でも坂本さんのはあるのかな」
と教えてくれる。
すると南田が喋ってる脇から、榊原ユカリがタイミング良く、、
「はい、これが坂本さんのタンマツね。使い方は普通のリーフ・タブレットと一緒で、このあいだ挨拶に来た時に教えたIDでログインしてね」
テキパキと簡潔に説明しながら差し出す。
「あと、坂本さんのデスクはあそこね」
と島の中で一番端のデスクを指さして、
「今日は座ってる暇はナイでしょうけど」
とちょっと唇の端だけで笑う。
ユカリさん、ちょっとカッコイイ。などと菜穗子が思っているうちにスタッフが席を立ち始める。
「じゃ、僕たちもERに向かうとしましょうか」
南田に促されて菜穗子もERというアダナのオペレーション・ルームに向かった。
思ってた以上に慌ただしく、忙しないところだ。
菜穗子は出向辞令を受けた時に、前の上司から言われた言葉を思い出していた。
「坂本君、突然だけど八月五日付で出向してもらうことになった」
一週間前、環境省は中央合同庁舎第五号館の一室。
当時の上司に呼び出されてそう告げられても、菜穗子は全く実感が湧かなかった。だいたい異動の時期じゃない。あまりに中途半端なタイミングだ。
飲み込めない風の菜穗子の様子に、
「ウチの省から出向してたヤツがいきなり退職することになってね。ウチとしてはその穴を埋めなきゃならないんだ」
はぁ、とウナズキとも、質問とも言えない曖昧な返事をする菜穗子をしりめに上司は話を続ける。
「出向先は『温暖化対策委員会』。坂本君、異動希望を出してたよね」
はぁ? 異動希望というより、「将来的に行けたらイイな」という話を部内の飲み会の席でしただけだ。私はまだ入省三年目で、環境省でもまだまだ学ばなきゃイケナイコトがたくさんあるのに、いきなり出向?
「もっとも、『温暖化対策委員会』って言っても、配属先は坂本君の希望通りじゃないんだよね」
はぁ? 希望を出したことになっていて、さらに希望通りじゃないってどういうこと?
「坂本君、温暖化を止める研究したい、って言ってたようだけど。確か大学の専攻もそれ系だよね」
はぁ? 研究者になりたいんだったらそもそもウチの省に入省してないよ。私は学者になりたいんじゃなくて、知識を活かして少しでも世の中を良くしたいから環境省に入ったんだけど。
「で、残念なんだけど、『温暖化対策委員会』での配属は『対策研究室』じゃなくて『緊急対応室』なんだ」
はぁ? 『緊急対応室』?
「そう、省庁や地方自治体の枠を超えて、横断的に温暖化関連の緊急事態に対応するっていう建前のところ」
はぁ?
「緊急事態、っていう錦の旗の下、あっちこっちに口を突っ込んでくるから、各方面からは嫌われてる。権限はコッチ、経費はソッチっていうの、組織としてありえないよな」
はぁ? 前からこの上司とは反りが合わないとは思っていたけど、そんな嫌われものの部署に部下を出向させるわけ?
「それに」
ここで、それまで妙に砕けた感じで喋っていたのを一変させて、
「君は『緊急対応室 第3班』、通称『野澤班』に配属される。正直、班長の野澤は非常に評判が悪い男だ。『ムチャを承知の第3班』とか言われて暴走する連中だっていうウワサもある」
さらに一呼吸置いて、
「ウチの省に帰ってきたければ、何事もホドホドにしておけ。出向にあたって君に出来る唯一のアドバイスだ」
はぁ? 感じ悪っ! そんなんなら出向させるな!
と、ここで再び砕けた感じになって、
「ところで君は、一つのことを集中してやり遂げるのが得意なタイプ?それともいくつもの事がいっぺんに起こっているのを捌いてゆくのが得意なタイプ?」
「得意かどうかは分かりませんが、まずは一つ一つの課題を集中してクリアしてゆきたい、と思っています」
「そうか、それは心配だな」
上司は全然心配そうな顔をせず、意地の悪い笑顔で、
「ウチから出向してた、退職する君の前任者、津川っていうんだけど、彼は物事を突き詰めてゆくタイプだったからね。『緊急対応室』の仕事がそうとうストレスだったみたいで、退職してアメリカの大学に留学するんだってさ」と続けたあげく、まるで『いい気味だ』と言わんばかりの表情になりトドメを刺す。
「まあ、君もストレスをためないようにせいぜいガンバリたまえ」
その時、菜穗子は気づいた。私が反りが合わないと思っていたように、こいつも私のことが嫌いだったのか、と。
あぁ、思い出したくなかった。
菜穗子は思い出しヘコミをしながら、ERでの状況説明に集中し直した。
ERという名前のオペレーションルームには、ざっと70人くらいのスタッフが集まっている。『緊急対応室』は確か50人くらいだったから他の部署の人間も来ているんだろう。
壇上の演台に備え付けのマイクで、緊迫した面持ちで状況を説明しているのは確か『情報室』の野村っていう室長らしい(さっき自分で名乗ってた)。
「8時ジャストに、関連部署、内閣、警視庁、マスコミ各社、あとネットの不特定多数サイトに以下の犯行予告があった」
『本日、8月5日正午に足立区千住西地区堤防を爆破、地域を海に戻す』
「犯行予告声明を出したのは『リターン・トゥー・ザ・シー』。中規模の環境テロ組織だ。組織についての情報は各自のタンマツに流すので現場に移動する間に見てくれ」
情報室の説明を受けて、緊急対応室長が話し出す。
確か西篤っていう名前だったよね。私の配属された部署の責任者。挨拶回りで話した時には、温和なイイ人そうだったけど今日は険しい顔をしてる。挨拶もなしにいきなり本題だ。大型モニタに映した地図をレーザーポインターで指す。
「足立区千住西地区はご覧の通り北側を荒川、東側を常磐線、北と西側を蛇行している隅田川に囲まれた、いびつな四角形の島になっている地区だ。最長距離で南北2km、東西1・2km、およそ2km四方に2万世帯、4万人が住んでいる」
そして、叩くように赤いレーザーのポイントを北千住駅の上で叩くようにハネさせ、
「北千住駅はJR常磐線、東武スカイツリー線、東京メトロ千代田線に日比谷線、つくばエクスプレスの5線が交わり、さらには南側の地区には京成本線が通る。この狭い地区に6つの鉄道路線が走っている。そして国道4号線『日光街道』」
南北を貫通している道路をポイントでなぞり、
「荒川の対岸には首都高中央環状線が通る、まさに交通の要所だ。ここを沈ませるわけにはいけない」
モノドモ、解ってるんだろうな、という感じで一息切って、壇上から一同を見回す、
「既に各班長には伝えてあるが、各班の正式な担当箇所は以下に決定」
さらに命令口調になり続ける。
「まず捜査支援。第1班、高井班」
ハイッ、と一団が声を上げる。
「君たちは島に見立てるとその南側、隅田川沿いの底辺部を担当。具体的には千住橋戸町、千住緑町1丁目。次ぎに第2班、涼井班」
ここもハイッっと勢いよく応える。
「君たちの担当は広い。いつものように効率よくやってくれ。具体的には四角形の東側と西側、具体的には荒川沿い堤防と常磐線沿いの隔壁だ」
ちょっと残念そうな声が漏れる。
なんで?担当範囲が広いから?
またもや不思議そうな顔をしていたんだろう。イケメン風の南田が菜穗子に耳打ちする。
「荒川沿いの堤防や常磐線沿いの隔壁は隅田川沿いに比べて厚くて丈夫だから、爆破される可能性が低いんだよ」
捜査しても空振りの可能性が高いから不満なのね。菜穗子はちょっと納得する。
「続いて第3班、野澤班」
今度は、ハ~イっとちょっと気の抜けた返事がパラパラ上がる。私の班、大丈夫か?
「君たちは四角形西側の担当。具体的には千住緑町2丁目、3丁目、千住桜木1丁目、2丁目」
班長の野澤が了解したと軽く手を上げる。
「第5班、喜野班は住民避難支援。既に動いてもらっているから状況は分かっているだろうが、地元では避難命令が出て、行政、警察、消防等は住民の避難誘導に入っている。引き続きフォローしてくれ。で、第4班、猪川班は」
細い目をしていた西篤が急に目を剥いて、
「君たちは本部でバックアップ」
猪川班らしき一団からブーイングが起きる。
「万一のために全班は投入できないし、バックアップに回る班はローテーションで持ち回ってるだろ?」
西はブーイングを切り捨て、
「ともかく爆破予告時間まであと3時間ほどしか残っていない。手早く行こう。5分後に、順次、移動用のヘリを市ヶ谷から回してもらうから、1班から順に、現場担当者と必要な機材を乗せて現場に向かってくれ」
了解!ここは全員が勢いよく声を上げてから散開した。時間が無い。南田も含めて第3班の面々も自分のデスクに準備に戻ったようだ。
が、菜穗子は呆然と突っ立ったままだ。
ヘリで移動? 乗ったこと無いよ!
っていうか、ヘリに乗るのって訓練とか必要ないの?
西と話をして残っていた野澤が気がついて、
「初出勤でヘリに搭乗できるなんて坂本さん、ラッキーだね」
と笑った。
ラッキー?ご冗談でしょ?
それに、野澤はいつの間にかアロハに短パンからカーキ色のポロシャツとチノパンに着替えている。アロハだったさっきよりはマシだが、これでホントに公務員?
「班長、私、ヘリに乗ったこと無いっ」
人差し指を菜穗子の口のあたりに当てて野澤は話を中断させて、
「坂本さん、ここでは役職や階級で呼ぶの禁止って聞いてるよね」
あっ、そうだった。
「ほとんどが出向者で、上下関係微妙だから基本『さん』づけで呼ぶこと。まあ明らかに年下だったり、親しかったりすれば『君』づけとか、名前呼び捨てで良いんだけどさ。で、坂本さんの質問に答えると」
まだ質問してないんですけど。
「ヘリに乗る前の注意点。トイレには必ず行っておくこと。まあ今回は距離的に近いから問題ないけど、当然、ヘリにトイレは無い」
そこが最初の注意点? もしかして野澤さんってセクハラ野郎?
「現場でもトイレが困るんだよな。まあ、普段だったら、北千住は住宅街だからコンビニとかあるし、最悪、民家で借りるとかできるけど、当然、住民の人たちは避難してもらうから借りれない。でも今日は暑くなるみたいだから、適度に水分は取ってね」
それから菜穗子の顔を覗き込んで、
「坂本さん、体力は自信ある方?」
「はい、走るのが趣味で、昨年参加したハーフマラソンでは一時間半を切りました」
そういうのを自慢してたからこの部署に飛ばされたのか。
「それなら安心。あと、ヘリに搭乗する時の注意点。ローター回ったままの状態で搭乗するから、できるだけ頭は低くね。ローターで頭飛ばされた人、イッパイいるから」
怖いっつうの!
「新入りカラかって無駄に時間使わないでください」
班長の野澤を探しに来たらしいサブリーダーの榊原ユカリが声をかける。
「詳しくは南田に聞いてよ。まあそんなにビビるほどの乗り物じゃない。遊園地の絶叫マシンの方がよっぽど怖いよ。まあ自衛隊機だからドアは無いけどね」
「だから坂本さんカラかうの止めて出発前の打ち合わせに出てください!」
ユカリは野澤の袖を引っ張って連れて行きながら、不安顔の菜穗子に安心させるようなことを言う。
「安全ベルトがあるから振り落とされたりしないよ。ほら、坂本さんも早く!」
やっぱりドア無いの?
言いつけ通り、トイレに寄ってから第3班のデスク島に戻ると、野澤の席の周りに既に部員が集まっている。
「オレたち用のヘリははあと15分後、9時25分に到着する予定だから、5分で機材を積んで、9時30分に出発。ヘリで現地に向かうのはオレ、榊原、南田、森保、坂本と本田さんの6人」
「大谷さんたちは? 朝から見てないですが」
「大谷と小仲は第一報の時点で、直接、千代田線で現地に向かってもらった。まだ動いてるからね。佐々さんもいつものようにバイクで先行しちゃったし。三人とも、もう現地に着いてて、千住署に協力して爆発物の捜索を開始してるよ」
「警察関係の人を動かすの早すぎじゃないですか?第一報時点では、我々の担当場所すら決まってなかったでしょう」
イケメン風の南田が苦々しげに言うが野澤は気にもとめず、榊原ユカリの方を向いて、
「既に始めてもらっているけど、持って行く機材を確認、手空きの第5班に手伝ってもらって、9時20分に第2班が出発した後に、屋上のヘリポートに上げてくれ」
ユカリがちょっと敬礼風の仕草で「了解しました」と応える。この人は何をしてもカッコイイ。
「アーニャはいつも現場に出さなくて申し訳ないんだけど、ここで情報を分析して、オレたちに連絡。あと相互の連絡のリンクをよろしく」
アーニャ?そうか、青木“アーニャ”秋子さんね。
「いえ、いつもご配慮ありがとうございます」
異動内示後の挨拶周りの時に、ロシア人とのハーフと紹介されたアーニャには、整った美貌と、グラビア・アイドル並の豊満なボディに圧倒されたけど(う~ん、女として完敗だよ)、話すととても気さくな女性だった。年齢も一番菜穗子に近い。仲良くなれたらいいな、と思ったけど、今日はとても真剣だ。
「情報室が米軍から送ってもらった軍事衛星の写真はいつ撮影されてた?」
「一週間前から、ほぼ6時間おきに。今朝7時の写真までありました」
「解像度は?」
「米軍にとっては問題の無い地区なので解像度は高くないです。認識できるのは1m以上のサイズくらいだと思います」
「それで十分。時系列で堤防沿いの様子の変化をチェックしてくれ。あと、余裕があったら何らかの工事許可が下りている箇所とクロスチェックをしてほしい。その辺の情報は小谷に当たらせているから、彼に聞け」
「工事許可が無いところで変化が起きていたら、そこが爆破箇所ということなんでしょうか」
「可能性が高いというだけで、決めつけられない。というか、今までの例で言えば、許可を取っている堤防工事の下請け会社そのものが犯行グループだったこともあるから除外は出来ない。捜索の優先順位を決める材料だな」
ここで野澤が皆を追い立てるように両掌を裏返しにして振って、打ち合わせを終わらせる。
「じゃ、洗い出し結果はヘリと大谷たちに送ってくれ。あ、あと本田さん。室長を通して委員長から自衛隊に派遣要請を出してもらう話がつきましたから、9時半にはおおっぴらに動けます。臨時の指揮権も本田さんに貰ってます」
「野澤君は仕事が早くて助かるよ。じゃ、私は木更津と朝霞に連絡してからヘリポートに向かうよ」
「お願いします。オマエもフォローよろしくな」
ぼさぼさの長髪で白衣を着たひょろ長い男が肯く。
「じゃ、現場に向かうことにしましょうか」
皆でハイキングにでも行くような感じの、お気楽な口調で野澤が締めくくった。
「またフライングかよ。だから僕たちの部署は嫌われるんだ」
菜穗子を連れて、屋上にあるヘリポートに向かいながら南田がキレ気味に言いだす。
「災害派遣って言うのだって、結構、拡大解釈なのに」
ワケがわからない菜穗子が黙ってると、
「だいたいウチで自衛隊の派遣要請が出来るのって委員長だけなんだよ。それなのにその全然前に現場を動かすなんて、後からマスコミに突っ込まれるぞ」
南田が何を言っているのか菜穗子には分からない。これから乗るヘリコプターを自衛隊から借りることに問題が?
「でもそっちの方が速いですよね」
「君、ホントに公務員? 僕たちは法律に則って行動しなきゃイケナイ。こっちの方が早くできる、こっちの方が簡単、こっちの方が合理的だとか勝手に現場が判断して、勝手にルール変えられないの。野澤さんたちは簡単にその一線を越える!」
「え~っと、ヘリコプターを借りることがそんなに問題なんですか?」
南田が、はっとしたように菜穗子を振り返る。そして今までのキレ気味の口調を改め、イケメン風の柔和な表情に作り直して、
「ごめんごめん。まだ坂本さん、何にも知らなかったんだね。これから現場まで行くヘリは全く問題ないです。これは派遣要請とは別に、緊急時に乗せてもらえるルールが確立してます。問題はその先。まあそれは現場で見ててよ」
それから付け加える。
「一つ忠告。坂本さんが環境省に早く戻りたかったら」
コトバをちょっとタメてから、
「野澤さんたちの仲間と思われないようにすること」
う~ん、この人も元上司と同じようなことを言うのね。大丈夫なのか野澤班。
ライトノベル的手法(いわゆるキャラ書き?)で、深刻な物語を語ろう、というのがこの物語のスタンスです。もっとも私は「地球温暖化」に対し、非常に危機感を持っている、という訳ではありませんし、2030年に、温暖化で海抜が+5mになるとは思ってません。もっとも2130年なら可能性は高いでしょうが、2130年の世界を描いても、今生きている人間にとって、現実味が無い。
ということで、少子高齢化問題、原発の問題などが顕在化する2030年を舞台にしました。
ちなみに第1話は10章で完了します。既に書き上がっているので、2015年3月中にはすべてこのサイトにアップするつもりです。