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暇をもてあました神々のための「遊戯」を強いられた、とある少女の物語のはじまり

作者: 理々子

 リトゥリーシュの記憶はふたつある。

 一つは、この世に生まれてからのもの。もう一つは、この世に生まれる前のもの。

 いわゆる、前世というものだ。

 転生、輪廻、それらは異端視されることはない。

 この世界の幸福を満たしている神々の教えに、それらの言葉はあるのだから。例え誰かが前世を語ろうとも、多少は驚くものの嫌悪されることはない。

 だから、リトゥリーシュも、己の記憶がふたつあることにたいして驚きや恐怖を抱くことはなかった。


 7つの誕生日までは。


 この世界は、あまり子どもの生存率は高くない。

 だからこそ、7つまでは神々からの預かりものとして大事にされ、7つを迎えると、正式に生家の子どもと認められる。

 

 誕生日を迎え、正式にエリファレット侯爵家の次女として認められたその晩、前世の記憶が、高熱と共に襲ってきたのだ。

 リトゥリーシュに生まれる前の記憶があることは、侯爵家の人々は知っており、同時にそれを身体が受けとめきれずに最悪の場合は昏睡状態になることも承知していた。


 ラス、と泣きながら意識が朦朧としているリトゥリーシュの手を握ってくれたのは姉のアーネスティーナで、母を励まし見守ってくれたのは兄のアーダルブレヒトだ。

 3週間の昏睡状態を終えたリトゥリーシュが目覚めたとき、兄と姉はもちろん両親は涙を流して喜んでくれた。特に母は気を失うほどであったという。


 リトゥリーシュは家族から向けられる総ての愛情に感謝した。

 そして、彼らには絶対に告げることのできない秘密を抱えることになったのだ。



 この世界が、虚構――あるいは、それに類似しているものなのだ、と。







 前世の記憶、といっても詳しいことは殆ど覚えていない。

 高熱と共に失うこともあるのだと聞いたことがある。ひとつの身体にふたつの記憶があることは、正しいことではないのだ、と。

 この世界に知識と発展をもたらしてくれることもあることも確かだが、神々は「輪廻、転生」を教えの中に組み込んでいるが推奨しているわけではないのだから、と。


 ――今の生を、懸命に生きること。


 それがなによりもの勤めなのだから。



 しかし、だ。

 リトゥリーシュは思い出してしまった。

 この世界は、生まれる前の自分が時折遊んでいた「ゲーム」というものであることを。

 いや、違う。

 断言するのは、少し厳しい。

 なぜならば、微妙に違うことがあるからだ。 

 確かに、エリファレット侯爵家にはアーネスティーナとアーダルブレヒトという双子がいたが、彼らの下に、リトゥリーシュというキャラクターはいなかった。

 自分がイレギュラーな存在であることは、なかなか受け入れがたいものだ。


 ここに自分はいる。

 それなのに、記憶の中の「ゲーム」には自分は存在しない。

 これをどう受け入れればいいのか。

 ――生きていても、果たして赦されるのか。

 いっそのこと、あの熱の中で死んでしまっていたら良かったかも知れない。そうだ、あの「ゲーム」は、兄と姉が10代の終わり頃から始まっていたはずだ。

 自分という設定がなかったのは、熱が下がらずに儚くなったからこそ、「リトゥリーシュ」という存在がなかったのではないか。


 怖くて怖くて仕方がない。

 どうしよう、誰にも相談できない。

 だって、生きている。

 この世界で、エリファレット侯爵令嬢としてリトゥリーシュは生きているし、できれば認められたいし、愛されたい。


 何かに縋りたくて、必死になって教典を読みあさった。

 そして、見つけたのが「今の生を懸命にいきることこそが、生きる者の定めであり義務である」という一文だった。


 救われたような気がした。

 ぼろぼろと涙をこぼし、しゃくり上げ、そうしてやっと自分が「エリファレット侯爵令嬢リトゥリーシュ」だと信じることができた。


 そして、自分の道を見つけたと確信した。

 リトゥリーシュは、侯爵家を継ぐような立場ではない。それは兄の仕事であるし、何か起きたとしても姉がいる。

 そして、この家はどこぞの貴族と血を繋げることに必死になる必要はない。父は国王陛下の従兄弟ということで、余程のことがない限り揺るぐことはないだろう。

 

 ならば、自分は自分の道を決めても良いような気がした。


 ――神殿に、行きたい。


 そう告げたとき、両親も兄も姉もどこかで覚悟をしていたのだと、悲しそうに笑んだが赦してくれた。


「熱が下がらなかった時に、お前は神の御許に還ったのだと、そう思ったんだよ」


 父は切ない眼差しでリトゥリーシュの頬にキスをくれた。


「それがこうして今も触れて抱きしめることができるんだ。神殿に行くぐらいで悲しむようなまねはしないよ」


 母は「私があなたの母さまなんですからね」と抱きしめてくれ、姉は未だに幼名でリトゥリーシュを呼びながら泣き、兄は「しかたのない妹だ」と苦しそうに笑った


 愛されているのだと実感できた。

 それから三日後、豪華に装丁された5冊の教本を胸に抱き、リトゥリーシュは神殿の門をくぐった。










 神殿に入って5年が経ったある日のことだ。

 十六歳になったリトゥリーシュは、ふと気づく。


 ――「ゲーム」が始まる季節だ。


 大きな黄色い花が咲き始めるこの時期に、「主人公」が貴族の子息たちが集められた学園にやってくるのだ。

 二つ年上の兄と姉は、その学園をまとめ上げる立場にあり、「主人公」は兄を「攻略」するために邪魔な姉を最終的に侯爵令嬢という地位から引きずり落とす、はずだ。

 「主人公」の「攻略対象」は、兄の他にあと四人いたはずだと、遠く薄れてきた記憶を辿る。


 恐らく、「ゲーム」通りには進まないだろう。

 なにせ、存在するはずのない自分がいる時点で「ゲーム」は崩れている。

 それに、「ゲーム」では兄はもちろん両親が姉を見捨てていたが、そんなことがあるはずがない。兄は双子の片割れである姉を大切にしている。年頃を迎えた姉に近づく貴族令息たちをことごとく追い払っているし、なによりも、冷静沈着な兄が色恋沙汰に惑わされるはずがない。


 いや、惑わされるからこそ恋情なのだろうが、リトゥリーシュが知っている兄は、そんな軽々しい行動を取るひとではなかった。

 次期さま、と呼ばれることの意味を理解し、義務を果たしている兄は、王太子よりもずっと王に相応しいと囁かれているほどだ。


 ならば、「主人公」は王太子を狙うだろうか。

 線の細いメルヒオルにとって確かに玉座は重荷に見えるだろうが、強かな彼は水面下であらゆることを探っているというのに。

 兄が、素直に頭を下げているのは、メルヒオルを認めているからだというのに。


 「ゲーム」では、王太子ルートが王道、と呼ばれていたはずだ。

 虚弱で繊細な王太子を励まし、時に叱咤し、王に相応しいと周囲に認めさせるために奮闘し、最終的には王妃になる。

 そして、その次に人気があったのは兄であるアーダルブレヒトルート。これを選ぶと、王太子を失脚させ兄が王となり、「主人公」は王妃となる。だが、簒奪者として国民たちには好意的に受け入れられなかったと記憶している。


 だが、もし「主人公」が、自分と同じく「前世」の記憶があるのだとしたら、選ぶものは「逆ハー」と呼ばれるものだとリトゥリーシュは腕を組む。


 よく理解できないことなのだが、「攻略対象」を総て手中に収める、そんなものだった。

 それは不実であり、不貞である。

 愛には愛で返すことは分かるが、なぜそこで複数を選ぶのか。

 

 リトゥリーシュは愛されていると実感しているからこそ、世界が今以上に幸福で満ちあふれるようにと、愛が世界に巡るように祈っている。

 確かに祈りの対象は不特定多数ではあるが、家族や神々から与えらる温かなものを、誰の許に等しく届けたいと願うことは不純でないはずだ。

 だが、「主人公」は複数の異性から向けられる温かなものを自分だけのものにし、彼らには還元しないのだ。

 

 愛は、巡るからこそ、尊いはずだ。


 理解できないものは平行線のままで終わらせるのも一つの手だが、「主人公」の「対象」に兄が含まれ、姉にも被害が及ぶのであれば話は違う。

 どうしたものか。

 「ゲーム」は始まるが、「主人公」がどう動くのか。

 大まかなことしか覚えていないリトゥリーシュになにができるか分からないが、なにかをせずにはいられない焦燥を覚えた頃、神官長から呼び出された。



「聖女候補であるあなたに、神々から言葉が下りました」



 驚いた。

 まず、いつの間に聖女候補なんてものになっていのか。

 そして、神々からの言葉なんて、そんな奇跡が自分に与えられるなど!



「神々は、あなたが【学園】に通うことを望まれました」


「……え?」


「あなたにしかできないことを成し遂げなさい。そして神殿に戻った暁には、聖女としての言祝ぎが与えられるでしょう」


「……え?」



 短い瞬きを数度くり返し、リトゥリーシュは神官長を見上げる、




 ――「ゲーム」が始まるよ。「ゲーム」を壊れる楽しい遊戯が、ね。





 底意地の悪い複数の声が聞こえたような気が、した。


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