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空飛ぶわたくし  作者: ゆきむら
空飛ぶわたくし
4/30

3.5 少女の隣の席の男の子は、少し変わっている。

 レティシアの隣の席の男の子は、少し変わっています。


 彼とは義務学校に入学してから知り合いました。


「古書店鈴蘭に住んでいるアスガルです」


 入学当初の自己紹介で、彼はそう名乗りました。この国の庶民は基本的に姓を持ちません。名前を名乗るときは、何処に住んでいる誰々と口にするのが一般的で、彼もただそれに倣っただけの事。

 レティシアのとなりで自己紹介を行った彼は、真っ黒で綺麗な黒髪と深い青の瞳を持つ、少し感情の読み取りにくい少年のように思えました。それは少し口調が丁寧で淡々としすぎていたり、彼の目元が年に似合わず気だるげで、その美しい瞳が瞼によって半分ほど隠されてしまっているせいなのかもしれません。

 けれど、いざ話しかけてみるととても真面目で優しくて大人しい子でした。 大きく表情を変化させることこそ無いけれど、喜怒哀楽の感情もきちんと口にします。

 そんな彼は友人知人構わず誰に対しても丁寧な言葉を使うため、最初はクラスの男の子にしゃべり方をからかわれていました。が、本人があまりにも相手にしなかったため、自然と彼のしゃべり方を気にする子はいなくなったのです。


 深い色の瞳と言葉遣いが印象的な男の子。

 レティシアがアスガルをそう認識していた頃、彼女は一つの事に気付きました。

 彼はよく昼休みに姿を消すのです。

 義務学校では食堂で先生も生徒も給食を食べますので、昼休みにはみんな食堂に集まるのが当たり前でした。


 彼も例に漏れず昼休みには食堂に向かい、皆と同じようにお盆をもって給食の列にならび、パンとおかずと水ををもらっています。けれど、そこからふと消えてしまうのです。

 好奇心の強いレティシアはアスガルの行方を目で追ってみたことがありました。けれど彼は、いつも少し目を離した隙にいなくなってしまうのです。




「裏庭でごはんを食べていたら日差しが気持ちよくてつい寝過ごしてしまいました。遅れてすみません」


 それは本当に日差しの心地よい、ある日の午後の事。

 彼は授業時間になっても教室に現れず、皆が心配していたところに、目を擦りながら現れて先生に頭を下げたのです。

 言い訳もせず事実を言って謝った彼は、先生から少しお小言をいただいて席につきました。


「お昼、いつも裏庭で食べてるの?」

「え……いや、たまたまです。人が多いので食堂で食べたくないだけで」


 レティシアの問いかけに目を逸らしながら答えると、アスガルは授業のノートを開きます。もう話はおしまいという事なのでしょう。

 何か隠し事があるな。

 レティシアはそう思いました。あからさまに目を剃らされれば、誰だって怪しみます。一般の例に漏れず、彼女もアスガルの反応を見て何か隠し事をされたのだと感じました。けれど真面目な顔で授業を受けようとしている彼に、これ以上問いかけることも出来ません。

 仕方なく質問するのは後にして、レティシアは授業に専念しました。




 その日の授業が終わり、レティシアがアスガルにお昼のことを聞き出そうと身を乗り出すと、タッチの差で机の近くに男の子達が近づいて来てアスガルに声をかけました。


「帰ろうぜアスガル!」

「帰ろう~」


 彼らはアスガルの友人で、ラントンとカシュといいます。

 ラントンは孤児院近くの八百屋の三男坊で、カシュは街医者の息子。

  二人ともレティシアの幼なじみなのですが、彼らは幼なじみの彼女よりも、そのとなりの席のアスガルと仲が良いのです。いつも三人で揃って家に帰ったり遊びに行ったりするのを見て、時々小さかった頃のように自分も一緒に遊びに行きたいと思うこともあります。けれど最近は何故かリーダー格のラントンがレティシアに冷たいので、なかなか言い出せません。今だって、ふと目が合ったラントンがレティシアに向かってベッと舌を出して見せます。


「はい、帰りましょう」


 そう言って席を立ったアスガルは、レティシアの方に顔を向けて一言挨拶を述べました。


「また明日」

「あ、うん、また明日ね」


 彼女がニコリと笑って手を振ると、ラントンはプイとそっぽを向き、カシュはそんな彼を見て肩を竦めながらも、レティシアに「またね」と手を振ります。

 三人揃って教室を出ていくのを見送ったあと。

 帰り支度をしながら、レティシアは何故アスガルがお昼を裏庭で食べていたのかを聞き出せなかったなと、少し残念に思いました。


「ま、明日聞けばいっか」


 小さな声でそう呟くと、レティシアも帰る準備を始めます。とても気になると言うほどではなく、なんとなく知りたい。その程度の好奇心であったものですから、レティシアが帰り支度を終えていつも一緒に帰っている友人と喋りをしながら帰り家に辿り着いた頃には、もうすっかりお昼のことなど忘れ去っていました。




 それから数日経ったある日、またもアスガルは午後の授業に遅刻しました。


 先生に、彼がどこに行ったか知らないか尋ねられたラントンとカシュは、顔を見合わせて廊下に出ます。

 彼らが見つけたのは今まさに裏庭の方から歩いて来るアスガルの姿。


「あ、アスガルー!どこいってたんだよー」

「先生来てるよー!はやくー!」 


 手を振ると、彼は駆け足で教室に向かってきました。




「裏庭でお昼を食べてそのまま寝てました。そしたら近くで喧嘩が始まってしまって、ついつい聞き耳をたててたら遅刻しました。すみませんでした」  


 先生の前で授業に遅れた理由と謝罪をした彼は、当然先生に怒られてしまいます。

 シュンとした顔を作って再度謝り、先生の許可を得て自分の席につきました。


「ねぇねぇ、喧嘩って?誰が喧嘩してたの?」


 アスガルが席に座ると、レティシアは興味をそそられるがままに尋ねたのです。


「女子一人と男子が三人でしたね……ちゃんとは聞いてなかったので誰かわかりませんけど、機械がどうとか魔法がどうとか……あ、空は飛べるって怒鳴ってましたっけ」


 彼女には、会話の内容だけで誰が関わっているのかが分かりました。 最近、よく校内で聞く名前が頭に浮かびます。


「それ、たぶん二年生だよね?」

「さぁ?それは知りませんけど、なにか知ってます?」


 きょとんとしているアスガルに、レティシアは訳知り顔で言うのです。


「二年生に変な人がいるって有名だよ?名前は……」


 マルネ。


 そう言おうとした時、教壇に立つ先生がキッと睨み付けて大きな声で言いました。


「アスガル、レティシア!授業中です、静かになさい!」


 遅刻した上におしゃべりとは何事ですかと先生は腕を組んでいます。 二人そろって先生に謝ると、 その後はきちんと授業に取り組むのでした。





 さらに数日後、レティシアは珍しいものを見ました。

 いつもは居ないはずのアスガルが、お昼休みの間に食堂に現れたのです。 それもしばらくすれば昼休みも終わろうかという時間に。


 彼は誰かを探しているらしくキョロキョロと辺りを見回すと、お目当ての人を見つけたらしく近寄っていきました。

 その人物とは。


「デガラ先生?」


 園芸の授業を担当している先生です。

 優しく温厚で、学校にある自分の畑を何より愛する若い男の先生。 顔も爽やかで『笑顔が素敵』と女子にとても支持されています。

 かくいうレティシアも授業中に先生の事を素敵な人だなぁと頬を染めて見ることがあります。

 彼女の有無は分かりませんが、未婚のため女子の熱が引くことはありません。 そんな先生だから一部の男子からは少し受けが悪いのですが、それは逆恨みと言うものでしょう。


 それはともかくとして、アスガルが先生に何かを耳打ちすると、先生は驚いた顔をして食堂を飛び出していきます。

 アスガルはしばらく先生の走っていった方を眺めていたのですが、近くにラントンとカシュを見つけるとそちらの方に歩いていきました。


 しばらくして、どこからともなく聞こえてきたのは『ギャーーー』という誰かの雄叫びにも似た叫び声。 その叫び声を聞いた者は皆『何の声だ?』と首を捻るのです。


「……なぁ、アスガル」

「何です?ラントン」

「さっきデガラ先生と何話したんだよ」

「別に、何も」

「何もって、今の先生の声だったよね?」

「ほんとです、ちょっとミミズの話をしただけです」

「ミミズぅ?」

「はい、ミミズです」

「うえ、食堂でミミズの話とかしないでよ……」


 レティシアが耳を大きくして聞き取った三人の会話だけでは、何が何やらよく分かりません。



 学年の違う彼らは、きっと二年生の教室で何があったのか詳しくは知らないのですが、その出来事を噂で聞いた者は誰もが耳を疑ったものです。 あのデガラ先生が……と。




 さて、デガラ先生が自分の畑を穴ぼこだらけにした生徒に制裁を加えるために二年生の教室に乗り込み激怒した際、どこからともなく先生の可愛いミミズ達が沸き上がり教室を埋めつくし這いずり回った……という妙な噂を聞いたレティシア。

 半分以上嘘だと思われる噂なのですが、ふと思い立ってアスガルにその話をしてみました。すると彼はいつにも増して真剣な顔で言うのです。


「……ありえそうで怖いですね。」

「ありえそうなの!?」

「あのデガラ先生ですからね……」


 彼はデガラ先生の何を知っているんだろう……と思わないでもありません。 けれど聞いてしまうと、レティシアの中にあるデガラ先生のイメージが壊れてしまいそうで、聞けません。

 何せレティシアはデガラ先生のことが好きなのですから。


 世の中には知らない方が良いこともあるのかもしれない、少し自分の好奇心を押さえるべきかもしれない……と、レティシアは思うのです。

 けれど、そんな彼女を見てアスガルは突然吹き出しました。


「っくくく、冗談ですレティシア」


 声をあげて大笑いすることこそしませんが、口に手を当てて笑っています。


「ちょっと、ひどいよアスガル……」

「いや、すみません。まぁさすがに教室でそれは無いでしょう……場所が畑なら話は別ですが……」

「また冗談?」

「うーん、まぁご想像にお任せします。」


 レティシアが首を傾げるのとほぼ同時に、先生が教室にやって来ました。今日も授業が始まります。

 指定された教科書を出して、先生の言葉をノートに書き出します。 その横顔はとても大人しくて真面目そう。


 けれどやはり。


 レティシアの隣の席の男の子は、少し変わっています。

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