表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

2-4


 眼前の美貌が、完全な無表情になる。

 しかし色気はあれどももともと無愛想だったシャイアの顔から感情が消えても、会って間もないレティーは気づかないで続けた。

「あの、王宮を退かれて、社交界から遠ざかれてからも、お客さまのお父上は、淑女の方々の憧れでしたの……。今でも、絵姿が出回っていますのよ、エンディル公さまの……」

 普段からは考えられないほど、たどたどしく話す。

 そのレティーの声を、固まったまま聞いていたリザは、エンディル公の名を聞き驚愕で硬直が解けた。

「ちょっ! レティー、あんた何言って!?」

(いやいやいやいや、まさかまさか、ないでしょーソレはっ!)

 ありえない。

 興国六家のエンディル公嫡男が、ボサボサ頭で庶民の着るような質のシャツを身につけるはずがない。リザの見立てでは、シャイアの着ているシャツは市場の古着屋で中の上程度の値段だ。悪い品ではないが、貴族ならば見向きもしないシャツである。

(それにあたしのこと、デンゼル家の娘だって知ってたし)

 豪商デンゼル家の名は、もちろん上流階級でも知らない者はいない。デンゼルほどの商家となると、そうした階級とも取引は盛んだからだ。

 とは言っても、たかが商家である。貴族からすれば取引以上の興味はなく、デンゼル家の娘の詳細など知りはしない。娘がいることぐらいは知っているかもしれないが、わざわざ気にかけるのは持参金目当てで嫁取りがしたい貧乏貴族ぐらいだ。

 だが平民からすれば、デンゼル家の身代の大きさは雲の上と言えるほどで、かといって貴族ほどに身分差がない。要するに親しみやすい富裕層であるので、家族構成も息子や娘が現在どのようなことをしているかも、人々の口に上りやすい。

 特にリザの場合、王立魔法学院というエリートが集う学校で学年一、二を争うほどの才能を誇っている。魔法使いの血筋でもない商人の娘が成している快挙は、同じ身分の平民を喜ばせた。おそらく王都の平民の半数以上は、リザが魔法学院の生徒だと知っている。

 つまりシャイアが平民なのならば、リザのことを知っていても不思議ではないのだ。逆の見方をすれば、公爵家の人間がリザの知識など持っているわけがないのである。

 レティーは反応のないシャイアを前にして、しばし口をつぐんでいたが、ふいに思いきったように切り出した。

「そのっ……わたくしも、絵姿を拝見して……憧れておりましたの!」

 怜悧な美少女のレティーが薔薇色に頬を染め、両手を胸の前で硬く握りあわせて小さく震える姿はいじらしい。普段の猫かぶりっぷりや本性を知り尽くしているリザから見ても、かわいらしい姿だ。

 しかし潤んだ眼差しを向けられたシャイアは、冷たく返した。

「それが?」

 レティーを見やる視線も冷ややかだ。

 気圧されたレティーは、ビクッと震える。

「……いえ、ただ、あまりにも似ていらっしゃるので……つい、気持ちを伝えたく……」

 うろたえるレティーは珍しい。怯えが隠せていないのもだ。

 先ほどとは違う意味で震えるレティーへ、シャイアは小首を傾げてみせる。

「それを俺に言ってもしょうがない。それともエンディル公への橋渡しをしてほしいとでも? 後妻の座に納まろうというのは、無謀だと思うがな。エメラスタ家は二代前までは伯爵家だったと聞いているが、現在は子爵。しかも二代前の当主が罪を犯したことでの降格だ。家格的に厳しいことに加え、まだ過去のことが尾を引いているせいで、エメラスタ家の者は王宮で重用されていない。その状況でどうする気だ。公爵に目通りさえすれば、誘惑し溺れさせてみせるとでも?」

「っ、……」

 反射的に言い返そうとしたレティーは、とっさに言葉が出なかったようで、開きかけた口をきゅっと引きむすんだ。顔は血の気が引いて青い。

 それはそうだろう。ひどい侮辱を受けたのだ。しかも家の事情まで持ち出されてである。

 歯を食いしばり耐えるレティーを一瞥したリザは、シャイアの真正面に移動した。

「お客さま。そろそろ……」

 座るシャイアを廊下へ促すように右手をあげ──その手が、あらぬ方向へ思いっきり振りぬかれた。



「ホンットーにそろそろいいかげんにしやがれっこのバカ男!」



 バチンッ。

 小気味よい音が教室に響く。

 リザが放った平手が、シャイアの頬にきれいに決まったのだ。

「……つぅ……」

 シャイアは張られた頬を手で覆ってうつむく。

 その頭頂部に向かって、リザはまくしたてた。

「アンタどんだけ自己チュー!? 誰も彼もがアンタの想像通りの中身をしてる訳ないでしょーがっ。それをヘンに情報通みたいに事実まで引き合いに出して、いかにも本当のことみたいに下衆な勘繰りを語るな! そんなふうに見下すアンタは何様だっ。清廉潔白な聖人サマとでも言う気なの!?」

 つむじをにらむ。背の小さなリザでも座っている相手なら、どうとでも見下せた。

「レティーはたんに、憧れの人に似たアンタを前にして舞いあがっただけじゃない。乙女心が炸裂しただけよっ。それをあげつらって、言うに事欠いて後妻? 誘惑? バッカじゃないのっ。レティーはそんなこと欠片も望んじゃいないわよ! 進路はきっちり国務官って決めてる子なんだからっ。せいぜい憧れの人にちょっとだけお近づきになりたかっただけでしょーよ。それをいちいち爵位爵位と、どんだけアンタサマはお偉いつもり!?」

 鼻息荒く、フンッと息をつく。

 腰に手を当て胸を反らすリザの肘が、ちょんちょんと突かれた。

 反射的に険しい表情のままふりかえれば、レティーが泣きそうな、それでいて笑っているような複雑怪奇な面持ちで立っている。

 レティーは顔を寄せ、申し訳なさそうな声音で、リザに耳打ちした。

「……彼は間違いなくエンディル公のご子息で国務官、しかも学院のお客さまよ?」

 一生徒より遙かにお偉いのは明白だ。

 リザの面から、サーッと血の気が引く。



(や、やらかしちゃった──!)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ