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2-3


 もともと次の目的地だった魔法実技校舎はすぐそこにあり、まもなく着いた。

 外扉を開けると、レティーは右側にある扉の前へ立った。ノックをして入室したのは、教師が控え室として使う教科準備室だ。

「失礼します。教室の使用を許可していただきたいのですけれど」

 教科準備室にいた教師たちに声をかけると、手前の教師が対応する。

「うん? エメラスタか。どうした、君は復習するような必要はないだろう?」

「まさか。たとえ理解し実践できることだとしても、復習をおろそかにするつもりはありませんわ。いえ、そうではなく、わたくしの監督不行届でお客さまを濡らしてしまいましたの。ですから、濡れた髪や服を乾燥させたいのです。空いている教室はありますか」

 客と聞いた教師陣の視線が、廊下で待つシャイアに注がれる。

 いつの間にか前髪を下ろして再び顔を隠していたシャイアは、軽くお辞儀をした。

 注目した教師たちもつられるように頭を下げると、対応していた教師が合点がいったふうに独りごちる。

「ああ、彼が学院長が言っていた……。ではエメラスタ、110教室の使用を許可する。早く行って乾かしてさしあげなさい。あーデンゼルは絶対に手出しするなよ?」

 ちらっとリザに目をやった教師が釘を刺す。

「なんですかそれっ! 失礼な!」

「はい。それでは失礼します」

 教師に詰めよろうと部屋に入ってくるリザを追い返しながら、レティーは笑顔で教科準備室を後にした。

「110教室はあちらです、お客さま。一階と二階の教室は数人から一人を指導する実技用の小さな部屋ですのよ。三階には一学級規模の教室と大教室があって、そちらでは理論を学びますの」

 やっぱりだ。レティーは案内役までし始めた。

「ちょっとっ、レティー」

 にらみながら小声で呼びかけるが、レティーはどこ吹く風で優雅に微笑しながらシャイアを見あげている。

 ダメだ聞きやしない、とレティーを咎めるのをリザはいったん諦め、かわりにシャイアの様子を窺う。

 シャイアは無表情に前を向いているが、レティーから意識を逸らしているようだった。消極的ながら、あまり関わりたくないと態度で示している。ただ、それはリザに対しても同様だったが。


 110教室に入ると、レティーは扉の側にある席にシャイアを座らせた。

「失礼いたします、ふれさせていただきますわね」

 言いながら、レティーはポケットから小さな櫛を取りだす。その櫛で髪を梳り、歌うように呪文を唱える。

「我が手に風のトゥール、炎のフェルムゥ・ノースエフィ、ヴィーイング」

 櫛を持っていない左手から熱風が生まれ、濡れ髪へ吹きつけられる。

「熱かったら仰ってください」

「熱さは大丈夫だ。だが、髪に櫛まで入れなくていい」

 頭が整えられるのを、シャイアが拒む。

 しかしレティーは、やわらかに拒絶をあしらった。

「この学院から、また城にお戻りになるんでしょう? それならば、きちんと身なりを整えておかれる方がよろしいのでは。いらぬ失点がついては、お客さまの今後のお立場に障りがでますもの」

「……。出世は考えてないからいい」

 淡々と答えたシャイアへ、レティーはくすくすと笑う。シャイアの言葉をてんで本気にしていない様子だ。

(……あー、なんか薄氷を踏んでる感じ)

 会話の流れを黙って聞いていたリザは、内心で頭をふった。

 シャイアの機嫌が下降している気がする。有望株と知って食いついてきたのが不快なのだろう。このままいくと、レティーが彼の気に障る発言をしそうだ。明らかにリザの二の舞を演じている。

 さすがにこれ以上シャイアの機嫌を損ねるのは、客人の世話役であるリザの荷が勝ちすぎた。案内後に誤解を解くことも、さらに困難になるだろう。

 リザはしょうがないなーと口を挟む。

「あーもートロい乾かし方ー。ぱぱっとやればいいのに、こうやって」

 言うなり、シャイアの肩に手を置いた。

「っ、リザ!」

 レティーの制止の声とともにシュンと音がし、濡れたシャツから蒸気が白く立ちあがる。

「熱っ」

 蒸気に煽られたシャイアが、顔をふりながら周りを手ではらう。

「リザの馬鹿! 風のミルシィクォル。──大丈夫ですか、お客さま」

 レティーがあわてて冷たい微風を生みだし、シャイアを冷やした。

「火傷するほど熱くはないってば。ですよね? お客さま」

 ひとにらみされたリザは、シャイアに向かって首を傾げる。

「……確かに火傷はしていないがな」

 長い前髪の下からジト目で見返された。

 それはそうだろう。突然予告なしに熱さにさらされれば、文句のひとつも言いたくなる。魔法に慣れていない者ならなおさらだ。

「何度も申し訳ありません。リザもよ」

 謝罪を促され、リザは素直に頭を下げた。

「驚かせて、ごめんなさい」

 続けて「髪も乾いたようだし、そろそろ行きましょうか」と言いさしたのを、シャイアの言葉に追い抜かれた。

「これも魔法だろう? 呪文はなしか?」

 シャツの肩の部分をつまんで、リザを見あげる。

 レティーがその隙を狙ってささっとシャイアの前髪を整えたので、ものすごい男前を間近にした。やたらに色気のある視線と顔立ちを目の当たりにし、思わず首まで赤くなる。

(くっ、ホント無駄に顔がいいな……!)

 つい思いっきり目を逸らし、右手で口許を隠す。なんとなく自分の顔を、色気あふれる眼差しにさらしたくなかったからだ。

 そんな状態なのですぐに答えられなかったリザをさしおき、レティーが自らの仕事とシャイアにうっとりしながら口を挟んだ。

「呪文は、魔法の指向性、威力、規模などを正確に決定するもの。いわば、型枠みたいなものですわ。魔法使いの素質とは、力に接続し引きだす能力があるということですの。ですから、理論的には呪文なしでもあらゆる魔法が使えることになります。とは言っても、ほとんどの魔法使いは呪文を必要としますわ。一度に引きだせる力の最大量が問題なのではないかと論じられていますけど、はっきりとはわかっておりません。リザは……まあ、規格外なのでしょう。呪文を使わない分、制御が甘いという欠点がありますけれど」

「別に全部が全部、甘い訳じゃないでしょ! ちょっと威力の弱いのや細々したのが苦手なだけで……」

 ムッとして言い返すも、シャイアがシャツの乾きっぷりを確かめて納得しているのに気づくと、尻すぼみになった。乾きすぎて、ごわごわなのだ。

 これだから教師に止められるのである。

 リザはしゅんとうなだれた。

 それを見たシャイアが、思わずこぼれたかのようにふと微笑する。

 どんなに仏頂面でもなまめかしい美貌が際だつ彼が頬笑んだなら、破壊力は絶大だ。

 直撃を食らったリザとレティーは、そろって固まる。

 リザの脳内は一瞬で真っ白になり、思考が麻痺した。

 だがレティーは違ったらしく、顔を真っ赤にし落ち着きをなくしつつもうわずった声でつぶやいた。


「……ほ、本当に、よく似て、いらっしゃいますのね……お父上に」


 その言葉を聞いた途端、瞬く間にシャイアの表情が消えた。


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