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 例えば──。


 体育館へ案内すれば、試験期間中で使用禁止になっていたにも関わらず男子どもがあそんでいたので、リザが追っ払うと、いつの間にかシャイアが追いかけていって体育館の外で彼らと話しだす。

 体育館を出、「裏の道を奥へ行くと焼却炉が……」と教えると知らぬ間に一人でそちらへ向かう。

 いないのに気づいて(まさか勝手に焼却炉へ!?)と探しにいき、捕獲して来た道を戻る最中にまたいなくなる。

 そういえばゴミ出しへ行く掃除夫とすれ違ったと、再び焼却炉へ引き戻せば、案の定話しこんでいる。


 というふうに、シャイアの返事は、まったくもって適当な相槌以外の何物でもなかった訳だ。


 リザも、シャイアが二度消えて以降からは気をつけていた。しかしまるで隙を突くようにいなくなる。

 彼がリザの斜め後方に従っているせいもあるだろう。横並びで案内すれば、見失いはしないはずだ。けれども外見や校医の件での嫌悪感があり、隣を歩きたい相手ではなかった。

 だがさすがに、行方知れずになられるのはもうごめんだ。

 ボランティアの老人に別れを告げ案内を再開すると、リザは嫌々ながらシャイアの隣を歩く。これで逃がすことはない。

「……。実利優先を選んだか」

 横に並んだリザを見おろしたシャイアは、ぼそりとつぶやいた。

「やっぱり天然じゃなくてわざとですかっ?」

 カッとなって噛みつくリザに、

「さあ。どっちだかな」

と、しれっと返す。

 こめかみを引きつらせながらも、リザはなんとか平静を装う。どんなにムカついても相手は客だ。怒りのままに怒鳴りつける訳にはいかない。

 行方知れず改め脱走は封じた。もう煩わせられることはない。ならば、この件でこれ以上イライラすることは不要だ。

 リザは心を静めるために、話題を変えることにする。

「そういえば、ずいぶん相手によって雰囲気が違うんですね。特に庭師さんに対しては、孫と祖父って感じで頬笑ましかったです」

 ずっと気怠げだったのに、気力を取りもどしたふうで元気に見えた。

 シャイアはボサボサの髪に手を突っこむと、くしゃりと握る。

「……師が同じぐらいの年だから」

 わずかにそっぽを向く。

(照れてる?)

 つい師に対するような雰囲気になったということだろうか。

 頭を抱えて憮然としているのか照れているのか微妙なところだったが、リザは照れだと決めた。それなら少しはかわいげがあるというものだ。二十代半ばだろう年齢も、心なしか若く感じられる。

 多少は苛立ちが宥められ、表情をつくるのが楽になった。この調子で会話をつづければ、完全に逃走を防げるし、うまくいけば気持ちもしっかり治まるだろう。

 とはいっても、シャイアの師の話題を継続するのは危険だ。彼の方の機嫌が急降下しかねない。

 ツッコミたい気もしたが、リザは将来を考えて違う話題をあげておく。

「お客さまは王宮から来てるんですよね? 視察とかですか?」

 シャイアの仕事について、少しばかり探りを入れてみた。リザには案内としか言い渡されていなかったからだ。

 学院での仕事が何かを知ることができれば、シャイアの王城での身分が推測できるかもしれない。

 何にしろ国務官の一人なのだから、外見はお粗末でも頭の中身は優秀なはずだ。飛び抜けて優れているということもありうる。

 そうならば将来出世する見込みは高く、難ありの人物でも親交を結んでおくに越したことはない。

 シャイアは面倒くさそうに腹の底からため息をついた。

「視察ならすぐに終わって楽なんだろうけど。……上から魔法について学んでこいって言われたんだ。そっち方面にはてんで疎いんでね。どうやら、魔法使いと組まされることになるらしい」

「はあ? 魔法を扱うのは簡単にはいかないですよ? 入学でもする気ですか」

 思わず怪訝な思い全開で、リザはシャイアを見あげる。

「ほんの数日、習いに来るだけだ。魔法を使えって訳じゃない。要するに、魔法に慣れてこいってことだろう」

 正真正銘、魔法に関して素人なのだ。

 シャイアが、興国六家のエンディル公嫡男だという可能性はこれですべてきれいに消えたと、リザはわかっていたことながら軽く落ちこんだ。


 興国六家は、別名魔法公と呼ばれる。

 建国当初、王都をあらゆる災厄から守るため、六人の偉大なる魔法使いが協力して守護結界を施した。

 結界は、彼ら六人の血脈によって保たれる。

 それゆえに魔法使いたちの家へ、王家は直系の者を降嫁あるいは王子を婿養子として降し、濃い血縁関係を生みだした。どの家にも王子が一人は婿に入っているので、王族である公爵位にあるのだ。

 公爵家ならばそうそうお家がつぶれて一家離散などということにはなるまいという目算だったのだが、実際は過去に謀反という最悪の形で三家が絶えている。

 現在では残り半分の三家しか存続されていないが、慣習によって興国六家(・・)と呼びつづけられていた。


 そんな家柄の人間が、まったく魔法にふれないということはないだろう。興国六家は魔法公と呼ばれながら現在ではまったく魔法をふるうことはなく、魔法関連は他家に任せっぱなしだとしてもだ。

 デマは精神衛生上きっぱりさっぱり忘れ去る──リザはそう決めると、シャイアの仕事についてさらに訊ねた。

「素人なのに魔法使いと組むって、いったいお客さまはどこに所属してるんですか?」

 するとシャイアは沈黙した。

 まずいことを聞いたのだろうか。リザはシャイアの横顔をちらっと窺うが、長い前髪に隠されて表情は読めない。

(すぐに答えられないって、まさかまさか諜報部とか? えっじゃあこのモサ男っぷりは世を忍ぶ姿なのかしら~)

 一瞬で胸が高鳴る。

 自分が諜報部に勤めるのは性に合わないので遠慮願うが、他人さまの諜報部所属は浪漫であるからだ。

 彼らは国内外を問わず、華やかな宮廷から街の中まで必要とあらば情報を求め暗躍する。あるときは絢爛豪華な夜会で高貴な人々と戯れ、あるときはみすぼらしい平民の上下で大衆酒場で獲物を追うのだ。そしてどんなに貴重な情報を命がけでつかんできても、彼ら自身が晴れがましい場所で栄誉を与えられることはない。ただ影に徹するのみだ。

 物語のような場面を妄想して密かに楽しんでいると、シャイアがそれを打ち切るように答えはじめる。

「……所属は、研修中だからまだ決まっていない。ただ、上がなぜか、とある魔法使いと組ませたがっている」

 ため息をつき、肩を落とす。心底、面倒くさそうだ。

 沈黙が挟まったのは、単に嫌なことを思い出していただけらしい。

 浪漫は消え去ったが、リザはそれ以上に気になる言葉を追求する。

「研修中って……じゃあ、お客さまはこの春からの新規採用者ってことですか?」

「そうなるな」

 軽く肯定され、リザは内心ガックリとなる。

 二十代半ばで国務試験合格は微妙なところだ。

 国務試験の受験資格は十六歳からだが、実際は高等学校を卒業してから受験する者が多い。とは言っても合格は狭き門なので、次に多いのは大学出や在学中の受験者だ。優秀な者は早くに合格し出世街道まっしぐら、対称的に合格年齢が遅くなればなるほど小役人どまりという場合がほとんどなのである。

 それでも身分が上級貴族か実家が豪商であれば手の打ちようもあるが、モサ男にはどちらもありそうにない。

 どこまでいっても、リザの期待には応えてくれそうにない男だった。


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