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早々にレティーが戦略的撤退をしたため、あらすじ詐欺になるところだったので、あらすじをちょっと変更しました。最初に気付くべきだった……。
しばらくは、VSモサ男をお楽しみくださいませ。
「こっちの東校舎は一年から三年までの教室で、隣にある西校舎は四年から……って、またいないっ?」
ふりむくと、後ろを歩いていたはずのモサ男──シャイアが忽然と消えていた。
だがしかし、リザはもう驚きはしない。学院長室を出てから、かれこれ五回目の行方知れずだからだ。
「あの男っ今度はどこ行ったの!」
東校舎から渡り廊下の真ん中まで戻って、周囲を見回す。
すると、中庭を手入れしている庭師さんの横で、シャイアが腰をかがめていた。
「へえ、ほとんどの花は自前で用意してるんだ。でも値の張る花もあるし、おじいさんは大変じゃない?」
「いやいや、そうでもないんじゃよ。家の庭にある花から種を取ったり、増やしたのを持ってきたりね、これで案外元手はかかってない。息子やら孫やらと二代にわたって世話になっとる学校じゃからのう。恩返ししたいと思ってな。儂は本職の人間じゃないし、ここの草花の手入れはボランティアでしてるんじゃよ、ボランティア」
「ボランティア……。じゃあ、報酬もなく学院の広い庭を一人で?」
「いやあ、儂一人じゃない。他にも似たようなジイさんバアさんが何人かおるんじゃ」
「熱心だなあ。無料奉仕なのに、こんな立派な庭を造って。本職顔負けだよ」
庭師だと思っていた老人たちは、ボランティアだったのか。リザは初めて知った事実に少し驚きながらも、案内係の使命を遂行する。
「お客さま。案内の途中で何してるんですか」
シャイアの背後で仁王立ちになり、迫力を増そうと腕を組む。怒りを秘めた笑顔とわざと低く落とした声音は「いいかげんにしろ!」という内心を露わにしている。
この男、まず学院長室を出発するとまもなく消えた。
リザは「まさか、廊下を曲がったぐらいではぐれたの?」とあわてて引き返した。学院長室からまださほど離れていなかったのですぐに見つかったが、彼が何をしていたかと言えば校医と廊下で話しこんでいたのである。
「……そうねえ、薬は過不足なくそろっているわよ」
「魔法学院も一般の学校と同じような品揃えなんですか」
「品揃えって? ふふ、おかしな言い方。医務室は購買部じゃないのよ? まあ、私は魔法使いも専門って医者で以前の仕事場も魔法関連だったから、一般の現場を実際には見ていないけど、やっぱり違うでしょうね。魔法使い特有の症状というものがあるし、一般向けに加えて魔法使い向けの薬がそろえられているという感じかしら」
「へえ。魔法関連の症状ということは、怪我だけじゃなく病気も?」
「ええ。……あら、案内係さんに見つかってしまったわ。続きの講義は、今度お茶でもしながらどーお?」
「体が空けば喜んで」
約束よ、と校医は流し目をしながら色っぽく頬笑んだ。
ちなみに、王立魔法学院の校医は美人女医である。背が高く、レティーに勝るとも劣らない魅力的な胸とくびれと腰の持ち主だ。レティーは艶めかしい体つきであっても清楚な雰囲気だが、大人で派手な美人の校医は色気がありあまってあふれだしている。
そんな校医と並べば、ふつうの男はかすむ。
ましてや、モサ男であれば消える寸前だ。
かろうじて、校医よりも上背があるのだけは加点ポイントだろうか。高身長のうえ踵の高い靴を履く校医は、ほとんどの男と背丈が変わらない。相手によっては見おろすことになるため、悲惨なことになる。
それにしても、医務室の前の廊下で話していたので事なきを得たが、部屋の中へ入っていたら見つけだすのは困難だっただろう。よしんば医務室にいると気づいたとしても、校医の色めいた態度からして踏みこめない状態になっていそうだった。
校医の趣味を怪しみつつ、リザの乙女心は嫌悪感を覚える。
手をひらひらとふる校医と別れて廊下の角を曲がると、リザは後ろからついてくる男に嫌味を投げた。
「お客さまって、意外と おモテになるんですねー。でも案内中にナンパはやめてくださいねナンパは。学校の風紀が乱れますから」
肩ごしに冷たい視線を向けると、彼はだるそうに肩をすくめた。
「声をかけてきたのは、彼女の方だ」
(モテについて否定はなし!?)
ますます鼻白む。
リザは眉をひそめながら応対した。
「じゃあ、そういうことにしておきますけど。もう、いきなりいなくならないでくださいよ。お客さまだって案内されるのもお仕事の一環なんでしょうし、時間も限られていらっしゃるんでしょう?」
仕事中に不適切な行為に及ぶなよ! という意味を言外に含ませながら、釘を刺す。
「そうだな」
シャイアがうなずく。
あいかわらず気怠げな様子だったので、真面目に了承したのか適当に相づちを打ったのか判別できなかったが、リザはとりあえず案内を再開したのだ。
だが、シャイアの返事は後者の方だったのである。