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「リィザ・デンゼル」
「レティーフラウ・エメラスタ」
少女たちは自身の名を名乗り、つづけて同時に言った。
「お呼びにより、参りました」
リザは元気よくぴょこんと頭を下げ、レティーはワンピースの裾をつまみ軽く腰を落として優雅にお辞儀する。
その入室の礼が表すように、二人は容貌も正反対の少女たちだった。
リザの空色の丸い瞳は明るくぱっちりと開き、はつらつとして生命力にあふれている。柔らかな金茶色の髪は、耳の上の結び目で三つ編みを巻いたツインテールにしてあり、彼女の動きに合わせて小気味よく跳ねる。小柄でほっそりとした体にも、少しの間もじっとしていられないような躍動感があり、野を駆ける子鹿のようだ。
対してレティーは、淡い青灰色の双眸と黒髪が怜悧な印象を見る者に与える。けれども同時に淑女らしい立ち居振る舞いで優美さも滲み出ていた。波打つ長い黒髪は横髪を後頭部で絹のリボンでまとめ、残した一房ずつの下の方だけを巻いて胸の上に垂らしてある。巻き毛が揺れるその胸は悩ましいほどの膨らみだ。くびれた胴、張りだした腰と蠱惑的でありながら、彼女のまとう怜悧さによって気品を失わないでいた。
互いを一瞥した二人は、眉をしかめた。
「品のないお辞儀ね」
リザにしか聞こえないほどの声で、レティーが先制攻撃を仕掛けてくる。すぐにリザは応戦した。
「そういうアンタは格好つけすぎて失敗してることに気づきなさいよ。ドレスでもあるまいし、ミニワンピの裾をあげちゃう方が下品でしょ」
「あら、様式美というものをご存じなくて? だいたい腿を丸出しにするほどあげたならともかく、ほんのわずか出る範囲が広がるだけで下品だなんて、礼儀作法に鷹揚なあなたが狭量なこと」
「作法なんて、それなりにできればいいのよっ」
「礼儀作法は形式に則ってこそよ」
「……あーゴホンゴホン。デンゼル君、エメラスタ君、いいかね?」
学院長室の主がおそるおそるといったふうに口を挟む。険悪な雰囲気でぼそぼそとやりあう女子生徒たちに割って入るのは、威厳ある初老の学院長だとしても勇気が必要だったらしい。リザとレティーがにこりと笑顔を返すと、ほっと息をついた。
「今日はすまないね。優秀な君たちといえど、前期試験の最中に用事を言いつけたりして。……おや? しかし頼んだのはデンゼル君だけだったような……」
切りそろえられた口ひげをつまみながら、思い出そうとするように斜め上へ目を泳がせる。
すぐさま、レティーが揺るぎない笑顔で答えた。
「ええ、そのとおりですわ。ですけど、デンゼルさんだけでは行きとどかないこともありますでしょう? わたくしでよければお手伝いさせていただこうと馳せ参じたのですわ」
途中で口出しを許さない勢いだ。
リザが「必要ありませんっ」と拒否する前に、学院長は相好を崩してうなずいた。
「おお、そう言ってくれるかね。そうだな、子爵家の君がいっしょにいてくれた方が、デンゼル君も心強かろう。何せ、お客人は……いや、そういえば、肝心のお客様がまだいらしてないのだよ。少し待ってもらえるかね? もうとっくに到着していてもおかしくない時間なのだが……」
学院長がやや眉をしかめ語尾を濁したところへ、ノックの音が響く。
扉の前に陣取っていたリザとレティーは左右に分かれて、開く扉を避けた。
「お待たせしました。申し訳ありません。王城での仕事が押し、遅れました」
低い声が簡潔に述べながら入室してくる。
噂をすれば影だ。さて、主席の公爵嫡男はどんな男だ? と大きな打算と少しの乙女心で注目した彼女たちは目を剥いた。
(──もさっ!)
リザたちの前を通り過ぎていったのは、風采のあがらない男だった。
櫛もとおしていなさそうなボサボサの髪は、散髪するのを思い至らないのか顔の上半分を隠すほどの長さだ。服装も官服の上着を小脇に抱えているのと、高襟の長袖は正規のシャツではなく庶民が着るような代物のため、下手をすれば私服に見える。本人の気怠そうな様子がどうにもくたびれた感を高じさせ、衣服に汚れやほつれはないものの、だらしなくもっさりとして見えた。
愕然と男の背を眺めていると、学院長の前まで進み話しはじめる。
「ボーウェル学院長ですね、初めまして。このたびはお世話になります」
学院長も彼女たちと変わらない心境のようで、困惑を面に表す。
「あ、ああ。君がシャイアディ…」
「シャイアとお呼びください。遅れておいて何ですが、まだ仕事を残してきておりますので、すぐにこちらでの予定へ移らせてもらってもよろしいですか?」
抑揚のない低い声でさくさくと話を進めているのだけを聞けば、デキる男と錯覚しそうだ。だがしかしふりむいた男はやはりモサ男で、リザは落胆する。
と、そこでリザは自分だけに視線が投げられたことに気づき、ハッとなって横を向いた。
レティーは作り笑いを浮かべて、扉の前に立っていた。
「おほほ、嫌だわ、わたくしったら用事があったのをすっかり忘れていましたわ。後輩たちに明日の実技試験のための教えを請われていますの。しっかり者のデンゼルさんなら、きっと一人でも十分にお世話できるわ。申し訳ございませんが、これで下がらせていただきます。失礼いたしました」
丁寧ながら今度はふつうに頭を下げ、レティーは扉を開け出ていった。美しい所作なので一見ゆったりとしていたが、引き止める間もないほどすばやい退出だった。
(……レティーのヤツ、逃げやがったわねっ)
このモサ男が主席で名家嫡男のはずがない。噂はデマだったのだ。早々に見切りをつけたレティーは、旨味のない面倒事からはさっさと手を引いたのである。
あのヤロウ……っ、と密かに拳を握っていると、学院長がリザに頬笑みかける。
「エメラスタ君は残念だが、君ならもちろん一人でも大丈夫だとも。今日は学校を案内してもらうだけだから、そう時間をとることもない。それではお急ぎのようだから、シャイア氏を頼んだよ」
そうしてリザは、学院長室から送りだされたのだった。