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3-4


 ──裏庭の迷路で出会って以来、リザとレティーは互いに競い競いまくって、気がつけば現在の関係に至ったのである。


 リザは感慨に耽る。思えば昔のレティーはかわいかった。どこで間違えたかとツッコミたい。

 けれども、牽制して言い合いして張り合って、そうやって交わした会話は楽しかった。学院生活が本当におもしろくなったのは、レティーと知りあって以降なのだ。

 あの出会いの日から、レティーもまたブレずにきたのだと、シャイアへ返した答えから知る。心がわきたって、口許がゆるむ。

 だがそのレティーを侮辱した相手が視界に入った途端、むかっ腹が復活した。

「──お客さま。レティーの本心、わかってもらえましたよね。誤解だったって納得していただけましたよね。ということで、さあ、その件について彼女に謝罪を!」

 迫ると、レティーもしゃしゃりでてくる。

「それならリザにも謝ってもらわなければ、公平じゃないわ。恋人さえ拒否するほどの熱意を国務官という志しに向けているのに、よりにもよって正反対の方向へ勘違いをされたのでしょう?」

「えっ、いや、いいって! それはホントにあたしが暴走したせいが大きいからっ。謝ってもらう訳にはいかないんだってば!」

 謝罪を求めた当人を前にして、押し合いへし合いしながら揉めていると、シャイアが屈託なく言った。

「ああ、二人とも悪かったな。確かに下衆な勘繰りだった。この通り、謝る。すまなかった」

 深く頭を下げる。背筋の伸びたきれいな礼の姿が、真摯な謝罪の気持ちを伝えてくる。

 謝られた方は、驚きのあまりポカンとした。まさかこんなに簡単に、しかもきちんと謝ってもらえるとは思わなかったからだ。

 頭を上げたシャイアが、並ぶ二人をじっと見つめる。

 たじろぐリザとは逆に、レティーはほんのわずか量るようにシャイアを凝視してから、小さく息をついた。

「……謝罪を受け入れますわ。わたくしが申し上げた謝罪にも、お許しをいただけますか」

「もちろん」

 鷹揚にうなずくシャイアに軽くお辞儀をしたレティーは、次にリザへ目を向けた。

 無言で見つめてくるのに耐えかねたリザは、とっとと意地を放棄した。

「こっちこそ、もう何から何まで本当にすみませんでした!」

 角度九十度以上で腰を折って、勢いよく詫びる。一見自棄かという思いっきりのいい詫び方だが、本人は大まじめだ。

 腰を折ったまま待つリザを、シャイアは双眸を瞬かせてから、おもむろに許した。

「ああ。……ぷっ」

 そしてまた吹きだした。

 リザが速攻で姿勢を戻す。

「なんでそこでまた笑うんです!?」

「いやもう笑いのツボにはまってはまって、ペンが転がっても笑ってしまう状態なんだ」

 声に笑いを滲ませ、飄々と答える。その言葉の途中で腰を上げた。

「そろそろ学院案内を再開してもらっていいか。あまり時間がないんでな」

 立って、前髪をぐしゃりとかきまわす。完全に元のボサボサ頭が復活した。

「悪いが、いろいろ面倒だから崩すぞ」

「ええ、もったいないですけれど、そう仰るのなら仕方がありませんわ。ではわたくしは、先生方に教室使用の終了を報告してきます。そのまま後輩たちのところへ戻りますので、ここで失礼をいたします」

 すでに崩れかけていたとはいえ、せっかく整えた髪を乱されても特にこだわりなく了解し、レティーは優美なお辞儀をして背を向けた。

(えっ!? 行っちゃうの?)

 リザは茫然とレティーを見送ってしまう。

 正真正銘、主席の公爵家嫡男だと確認し誤解も解けたのだ。それなら、もっとアピールするためにくっついてきそうなものなのに、レティーはあっさりと退いてしまった。

「何? 何かあるの? 罠!?」

「……いや、現段階では十分だと考えたんじゃないか。志しを見せ、名を憶えさせることだけで。この先、俺が出世してるとは限らないんだし」

 脳内でうずまいた疑念を、うっかり声に出して洩らしてしまったらしい。

 リザの横に並んだシャイアが、正確に独り言の意味を解したうえで、レティーの思惑を解き明かす。呆れたように見おろしてくる視線つきでだ。

(ここにもレティーみたいに鋭いヤツが……怖っ)

 色眼鏡がはずされた今では、なんでもかんでも見透かされそうだ。

 促すようにさっさと教室を出るシャイアに続いて、リザはあわてて廊下へ出る。

「ええと、じゃあ時間短縮で、すぐに三階へ行きましょうか。大教室と……一学級規模の教室はふつうの教室と同じ構造なんで、ちょっとだけ覗いて終わりにします?」

 隣に位置取って案内の指針を相談しながら、リザはちらっちらっとシャイアを窺う。

「それでいい。……なんだ? 胡散臭げにこっちを見たり目を逸らしたり」

「胡散臭くなんて見てないですっ。ただ少し、訝しい顔になってただけですっ」

「なんで?」

「いろいろ引っかかってきて……疑問がぽこぽこ生まれてきたもので」

 リザは束の間、積み重なっていく疑問を整理した。慎重にそれらを挙げていく。

「あの、お客さまは頭がいいのはもちろんですけど察しもいいんだなと思ったら、芋づる式に疑問が出てきまして……。これだけ推察できる人なのに、さっきのあたしたちに対する侮辱は短絡すぎやしないかなーとか。爵位にこだわっているのかと思えば、公爵家の子息なのに態度は全然身分差に頓着してないですし。そういえば喋り方が、レティーのように仰々しくないなー、むしろ馴染み深いなーとか。そういや、デンゼル家の娘のことを、大貴族がなんで知ってるんだろーとか、そんな諸々を考えてただけなんです」

 階段をさくさくと上りつつ話していると、息があがってきた。しばし呼吸を整えるために無言になる。

 息が楽になり、さあ答えを催促だと口を開こうとしたときに、相手から反応が返ってきた。

「……だから言っただろう、(うち)は超絶貧乏なんだよ。使用人は全員解雇したけど、たった一人賃金なしでも残ってくれた年寄りの執事がいてな。俺だけでも生活できるよう、家事から内職仕事まで仕込んでくれたんだ。親父はまったく当てにならなかったからな。その一環で、食材の買い出しの仕方なんかも一通り教わってる。つまりは値の安い、街の市場に出入りしてたってことだ。だから俺の感覚は、平民寄りになってるんだろう」

「えっ、てことは、あたしのことも市場で聞いたんですか?」

「ああ。あんたは妙に人気があるよな」

 恥ずかしい。噂で自分を聞き知っていた人間に、非常に淡々と人気を指摘されるというのは、なんだか居たたまれなかった。いっそちやほやされるか皮肉られるかする方が、対応がしやすい。淡々とされたら、そ、そうデスか、とぐらいしか返せないじゃないか。

 困惑してリザが口をつぐんでいると、シャイアは勝手に話を進めた。

「爵位に関しては、トラウマになっているんだろう、たぶん。親父が登城拒否を始めてからしばらくの間、後妻の座を狙って結構な数の女が家に押しかけてきて、怖ろしい目にあったんだ。母親は俺が幼いころに他界していたしな。母になってやるから親父に自分を推せと脅してきたり、家の窮状を盾にとって金で横っ面をはたくように言うことを聞かせようとしたり、次の当主になる息子でもいいと九歳の子どもを押し倒してきたり……」

 顔色を悪くし、腕を二度三度とさする。思い出して怖気が走ったらしい。

「近づいてくるのは、そういう爵位狙いの女ばかりだったんで、似たような言動をとられると、どうしても結びつけて過剰反応してしまうようだ」

 壮絶な借金話の裏には、さらなる波瀾万丈な過去が存在した。公爵家の嫡男なのにどんだけ苦労してるんだ、とホロリとなる。

 平民でも裕福な商人の娘で生活苦に陥ったことがないリザには、慰めの言葉も容易にかけられない。かけるとしたら、トラウマの発端になった方についてがまだマシか。

「……。そのぅ、レティーみたいに、きっと純粋にお父さまを好きだった女性も、いたと思いますよ?」

「あの甲斐性なしのどこがいいと?」

 間髪なしに首を傾げられて、リザは言葉を呑みこんだ。──言えない。息子のあなたを見る限り、顔とあふれんばかりの色気では? とは。

 冷や汗を流すリザの頭に、シャイアの手がぽんと置かれる。

「まあ、近づいてくる女もいろいろだって、あんたたちのおかげでわかったけどな」

「……嫌味ですか」

「いや、おもしろかった」

 おかしそうに笑いながら手を離す。

「大教室はこっちか?」

 三階に到着してまずは大教室を案内し、ふつうの教室は扉のところから中を眺めて済ませる。取って返し、最後の食堂へ連れていってメニューや設備の説明をし終えると、リザとシャイアは再び学院長室へ戻ったのだった。


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