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3-3

リザとレティーの過去話です。


 あれは王立魔法学院に入学して半年が経ったころだっただろうか。


 本校舎の裏庭は日当たりが良くないうえ狭くてぱっとしない造園なので、常に人気がない。けれどもリザは入学当初に学院の敷地内を探検しつくし、その後は周遊するのがお気に入りの遊びになったので、そのときも気が向いてぶらぶらと裏庭へやってきていた。

 植えてあるのは常緑樹の灌木だけだが、少しおもしろいのは刈り込まれたそれが小さな迷路となっているところだった。狭い裏庭なので迷路と言ってもほぼ一本道で迷うことなどないものの、曲がりくねった道は走り抜ければ目が回って、迷路を出ると笑いがこみあげる。それが楽しくて、リザはたまに立ち寄っていたのだ。

 その日もその日とて迷路に走りこもうとして、寸前で嗚咽に気がついた。

 リザは駆けるのではなく足音を忍ばせ、迷路へ踏みこむ。

 押し殺されている泣き声は女の子のものだ。

 心配したリザは、驚かせないようそっと泣き声の主を捜した。そうして本道から逸れた行き止まりで見つけた女の子が、レティーだった。


『なんでそんなふうに泣いてるの?』


 リザが声をかけると、縮こまって三角座りをしていた彼女はビクリとふるえた。顔を覆っていた両手から少しだけ顔をずらして、窺うようにこちらを見た。

『そんなんじゃ、すっきりしないでしょ。もっと思いっきり泣けばいいのに』

 再び顔を両手に埋めた彼女は、ふるふると頭をふる。

 そのまま膝に顔を伏せ貝のように閉じこもってしまった相手の横に、リザは軽い足取りで近づいてドサッと腰を下ろした。

『……ヤなことでもあった?』

 またビクリとふるえた。

 リザは思わずふふっと笑いを洩らす。

『あたしもヤなこと、いーっぱいあるよ。貴族でもない、魔法使いの家系でもない、たんなる商人の子が、国からわざわざお願いされて王立魔法学院に入学しちゃったからねー。みんな、気に入らないみたい』

 アンタもかな、と独り言めくと、ぽつりと返された。

『リィザ・デンゼル?』

『そう。クラス違うよね、そっちは?』

『…………レティーフラウ・エメラスタ』

 しばしの沈黙の後、きちんと名乗り返してくれ、リザは嬉しくなった。

 王立魔法学院は、その学年度に十三歳を迎える身元がしっかりしている者で、一定以上の魔法力がなければ受験資格が得られない。そのうえ一学年六十名という少人数ゆえに、合格の門は狭い。卒業後の進路が王宮、軍、あるいは一流の魔法研究機関であり、王立だけに推薦状もまた強力で、上級職種はよりどりみどりだ。王立大学院へ進む道もあり、付属扱いと同じで大学受験はない。

 そのため毎年、受験者は募集人数の五倍を越える。うち二百名余は魔力量測定で切られ、百名ほどが筆記試験を受けられるのだが、さらに半数弱が落とされる難関だった。

 そのせいか、学院生は選民意識が高い。高等教育を受けられる貴族や知識階級の出身が多数なのも、理由のひとつだろう。

 リザのように、裕福な商人の子で入学している者も数人いるのだが、受験の経緯からして異色の扱いを受けた彼女は、皆から浮いていた。だから泣いているにも関わらず、ちゃんと名乗ってくれたことが、リザを喜ばせたのだ。

『……レティーフラウ。花みたいなキレイな名前。でも長いから、レティーでいい? あたしもリザでいいから』

 同級生は誰も、リザと愛称で呼ばない。まっすぐに話しかけてくることもない。これみよがしの悪口ぐらいだ。

 リザは学院に入ってすぐから、中級どころか上級魔法相当の魔法をも行使することができた。

 ふつうは魔法使いに師事していても、下級魔法を使うのが精一杯の年齢でだ。年齢相応の呪文しか教えないという方針のせいもあるが、その年で中級以上の魔法を使いこなす才能の持ち主もなかなかいないということが大きな理由である。たとえ王立魔法学院に入学できた素質ある子どもたちでもだ。

 ところがリザは、当時から呪文を使わないゆえに大技まで使えた。そのため、奇才惜しさに筆記試験では採点を甘くされたのではないかと、陰口をたたかれていた。受験で危うく最下位という順位だったからだろう。

 リザからすれば最下位ではなかったのだし、学院の生徒は入学前から質の高い教育を受けてきたのだから、順位がどう転ぼうと学力差はたいしてないだろうという感じだったが。

 学院内でこそ孤立していたが、通いのリザは家に帰れば家族が、近所には友だちがいくらでもいる。家族はリザが魔法使いになるのを快く思っていないからあまり居心地はよくないが、弟妹は味方だ。友だちも応援してくれている。

 そうはいっても、やはり長い時間を過ごす学院で話す相手がいないのは、やはり寂しかったのだと、自分の愛称を言いながら気づいた。

 レティーは何とも返事しなかったが、リザは無言は了解とばかりに呼びかける。

『ねえ、レティー。泣かないのなら、どうして泣いてたか教えてくれる?』

 リザが隣に座ったせいか、レティーは嗚咽も引っこめて、まさしくふたを閉めた巻き貝のように固まっていた。

 じーっと凝視すること数分。これは無理かと思いはじめたころに、ふいにレティーは身じろぎをした。

『家のことで、悪く言われたの……』

『家?』

『……祖父の時代に、エメラスタ家当主だった大叔父さまが、罪を犯したの。大叔父さまは国外追放、領地を国に返したから家は伯爵ではなくなって、子爵位を継いでいたお祖父さまがエメラスタの当主になった。どこかからそれを聞いてきた子が、爵位を降格された犯罪者の子孫が王立の学校に通うな、って……王立魔法学院に泥を塗る気かって』

 ヒクッと嗚咽がこぼれる。

 リザは束の間考えてみてから、盛大に顔をしかめた。

『はあ──? 何ソレ、なんでレティーが大叔父さんのことで責められなきゃならないのよ。だいたいきちんと罰されたんでしょ。そんな決着のついてるおじいさん世代の話を蒸しかえすって、意味がわかんない』

『……うん、ありがとう。よくいっしょにいる子たちも、慰めてくれたけれど、……どうせ将来はお嫁に行って家を出るんだから、関係なくなる、って。お父様もお母様も家のことは気にしなくていいから、良い縁談があったら嫁ぎなさいって言う。でも、わたくしの家のことなのに、子どもはわたくし一人なのに……そんなふうに、切り捨てるなんて……違う、気がして』

 嗚咽がいくつもこぼれはじめる。

 リザはレティーの黒髪を撫でながら、落ち着くまで黙って待った。そして、訊ねた。

『レティーはなんで、ここに入ったの?』

『魔法が、好きで……。お祖父さまのお友だちに、魔法使いの方がいらっしゃるの。その方に披露してもらった魔法が、おもしろくて、楽しくて……。頼みこんで、手ほどきまでしていただいた。でも、もっといろんな魔法が使いたくて……ここに来たの』

『ふうん、そっかー。あたしも好き! あたしはね、もうホントに小さなころから魔法を使ってたらしくてね。花瓶とか置物とか家とか、飛ばすわ壊すわで、家族やお手伝いさんは気の休まるときがなかったんだって。幸い人に怪我をさせたことはなかったんだけど、いつそういうことが起こってもおかしくない状態だったし、あたしが魔法を暴走させないよう腫れ物扱いだったの。それは危ない力だから使うなって、何度も諭されたわ。だけどあたしにとっては、手や足を動かすことと変わりなかったから、どうして禁止されるのかわかんなかった。なんだか自分まで悪いものなのかなって気までしてきて。けどね、この力で馬車に轢かれそうになった友だちを助けられたことがあって、それでわかったの。良いことに使えばいいんだって。いっぱいいっぱい良いことに使えば、あたしの力は良いものだって胸を張れるようになれるもの。まあ、それで何回か人助けをしてたら、学院の目に留まったみたいなんだけど……』

 いつの間にかレティーが膝から顔を上げ、双眸を瞠ってリザを見つめていた。

 リザはニッと不敵な笑顔で、レティーを覗きこむ。

『あたしはこの力が良いものになるよう、行動するって決めたの。この学院に入ったのも、そのひとつ。将来は国務官になって、それこそ魔法公が守護結界を張ったような、そんな良いことをみんなのためにする。あたしの力だもの、自分が行動するしかないもんね。レティーも同じなんじゃない? レティーの家のことだもん、切り捨てるのが嫌なら、自分ですればいいんだよ。大叔父さんの過去なんて霞んで消えちゃうくらい、レティーがすごくなればいいじゃない。大臣になるとかさ』

『──。──、──っ、したい。わたくしが、エメラスタ家を、胸の張れる家に!』

 口を開けて何度も言い出そうとして声にならなかった言葉が、途中から堰を切ったようにあふれだした。

『じゃ、競争ね。まずは学院(ここ)で、一番を目指そうか?』

 リザの提案に、レティーは大きくうなずいた。瞳が光り輝いている。

『ええ、負けないわ』


 どちらからともなく手を差しだし、力一杯に握手を交わした。花が咲きほころぶような笑顔で。


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