Ⅲ 最悪の邂逅
独立第一三艦隊司令官小笠原 礼中将は、旗艦である軽巡洋艦『球磨』にて作戦会議を行った。
現在、此の艦隊の戦力は以下のとおりである。
☆独立第一三艦隊
・司令部戦隊
巡洋艦部隊『球磨』(旗艦)
水上機部隊『山汐丸』
駆逐艦部隊『江風』・『山風』・『夕立』・『村雨』
・独立第四〇航空戦隊
空母部隊『利根』(旗艦)・『筑摩』・『千歳』・『千代田』
巡洋艦部隊『由良』
駆逐艦部隊『夕霧』・『天霧』・『暁』・『雷』
・独立第四一航空戦隊
空母部隊『伊吹』(旗艦)・『笠置』・『龍驤』・『瑞鳳』
巡洋艦部隊『綾瀬』
駆逐艦部隊『叢雲』・『東雲』・『朧』・『漣』
予定では、後に一個潜水戦隊が加わるようだが、今のところは潜水艦が大増産中であることと、米国との戦闘で多数が失われていることもあり、見通しのめどは立っていない。
「主力の第三艦隊は、順調に戦果をあげている。すでに『大鳳』・『白鳳』は復帰し、第三艦隊には大型・中型合わせて一四隻の空母が揃った。
彼らは基地航空軍と共に、南太平洋や中部太平洋の残存戦力を撃滅している。
米軍は多数の空母任務部隊を投入し、我が軍の撹乱を図ったが、すでにエセックス級三隻とインディペンデンス級二隻を、交戦の末に撃沈した」
表情筋を全く動かしていないと言わんばかりに無表情の小笠原提督の訓示は、その言葉より始まった。
その海戦が起こったのは、今から二週間前の話である。
後に判明したが、此の撃沈されたエセックス級空母は『バンカー・ヒル』・『イントレピッド』・『シャングリ・ラ』、そしてインディペンデンス級軽空母は『ベローウッド』と『バターン』であった。
五隻はサウスダコタ級戦艦四隻と護衛空母七隻と共に、クェゼリン岩礁への攻撃を行ったが、クェゼリンの航空戦力をあらかた削いだ代償として、海の底に沈んでいった。
此の時、米艦隊はクェゼリン航空隊に攻撃された後、第三艦隊所属の空母四隻の航空隊に追撃を受けた。多数の戦闘機を失った米艦隊に此れを防ぐ手立てはなく、炎上しつつも逃げのびていたエセックス級とインディペンデンス級はとどめを刺されたのである。さらに、護衛空母も三隻沈没した。
さらに、戦艦『アラバマ』と重巡洋艦『ボストン』が潜水艦に雷撃され大破し、残りの戦艦と逃げのびた護衛空母四隻を含む友軍艦艇に護られ、脱出した。
ノースカロライナ級二隻と『アラスカ』の喪失に加えて、新鋭エセックス級空母三隻、軽空母二隻、護衛空母三隻の喪失は大きく、太平洋艦隊はヒット・アンド・アウェイ戦法を切り上げるほかなかった。
もともとこの戦法は、戦果を焦るホワイト・ハウスの強引さに負けた結果、行われたと言っていい。
確かに米軍は、クェゼリンの航空軍の大半を擂り潰すという戦果をあげた。そしてその代償として、米国はまたしても、貴重な艦艇を失った。
しかし、帝國もクェゼリンの要塞化がさらに遅延し、現地の司令官を激怒させることとなったのだが。
クェゼリンは中部太平洋屈指の良港であり、此処の要塞化が遅れるのは痛い。
「しかし、米国もまた侮りがたいものがある。すでに、新型巨大空母ミッドウェイ級六隻が就役を始めているとのことだ。其れに、エセックス級もまだ多数残っており、さらに増産されていると聞く。油断はできない」
相変わらずの無表情で、小笠原中将は淡々と述べた。
「其れに英国の動向もある。しかし、表の艦隊ばかりに戦果は取らせん。
我が艦隊も死力を尽くす。独立第四〇航空戦隊は、すでに多数の豪州向け輸送船団を血祭りに上げている。豪州が音を上げるのも時間の問題だ」
其れにとどめを差すのが、独立第四一航空戦隊と言うわけである。
狙うは、豪州行きの船団であった。
準備を終え、戦隊は出撃した。
独立第四一航空戦隊を預かっているのは、『伊吹』に座乗している転寝 花修少将である。
藍原が見た限りでは、兎に角無表情で、ともすれば冷徹とも言える雰囲気を放つ小笠原司令官とは真逆で、穏やかな印象を与える、物静かな人間であった。また、実年齢は知らないが、第一印象はかなり若かった。
そもそも、此の艦隊にはどのような人材が集められているのか。艦艇は寄せ集めだが、人員はどうなのか。藍原としては、気になるところであった。
藍原自身は、艦長職こそ今回が初めてだが、嘗ては戦艦の副長や海軍省職員を経験している。優秀だと自惚れるつもりはないが、そもそもある程度優秀なものでなければ、大佐にはなれない。
藍原は大佐昇進と同時に『綾瀬』艦長に任じられたから、つまりは期待されていると言うところだろう。
ヘマをやらかした覚えはないし、懲罰人事ではなさそうだ。
副長の擂鉢山にしても、正直、主力艦隊に配属されてもおかしくない人間だった。常に藍原をサポートし、部下を掌握する術にもたけている。副長と言う職は、艦の事を掌握し、部下を締め上げる気概が必要なのだが、彼は然程血の気が多くないらしい。
「流石は第三艦隊、やってくれますね」
擂鉢山は第三艦隊と基地航空群の戦果に沸く部下を見ながら、微笑ましげに呟いた。
「あぁ。装甲空母『大鳳』、改大鳳型空母は凄いらしい。爆撃ではびくともしなかったそうだ。
其れに、魚雷防御もかなりのものだと聞いている。集中攻撃を喰らったが、何とか沈まなかったのだからな」
「噂では、“超大型空母”の建造も進んでいるとか。制空権がある限り、我が艦隊に敵はいませんね」
「だが、俺たちの仕事場はそうもいかないな。豪州周辺は、まだ完全に帝國の支配下にはいっていない」
藍原の言葉に、擂鉢山は神妙そうに頷いた。
「我々の空母は『大鳳』ではありません。爆弾一発魚雷一本でも致命傷になりかねない、小型空母です」
「いかにして空母を護るか。防空屋の俺としては、腕の見せ所だな」
「潜水艦にも目を光らせねばなりません。米国のガトー級がウヨウヨいます」
「あぁ」
藍原と擂鉢山が話していると、後ろから声がかけられた。
「艦長、予定通りですと、明日にはトラックに入港します。補給と整備が終わり次第、「流」号作戦が再開されます」
浅黒い顔に白い歯を輝かせたのは、航海長の有珠 航一少佐だった。藍原よりも少し年上で、まさに歴戦の船乗りと言った風格を持つ男だ。
ちなみに「流」号作戦は、豪州周辺の通商破壊及び航路断絶作戦である。
「そうか。敵潜は現れないな。ツイていると言うべきか、我が軍の対潜掃討が効いているのか」
「両方でしょう」
「両方だな」
有珠に微笑みかけ、藍原は、再び艦橋から見える海を見つめた。
「かえってきたな」
上空を、無数の航空機が埋め尽くしている。
予定通り豪州周辺海域にて通商破壊戦を実施していた藍原たちは、順調だった。
独立第四一航空戦隊に展開した航空団の装備は、艦戦(艦上戦闘機)が“紫電”四一型(紫電改)、そして艦攻(艦上攻撃機)が“天山”一二型であった。
このうち、天山は哨戒機を兼ね、紫電は戦闘爆撃機として運用される。
現在、第三艦隊主力空母群に展開する航空機は、重戦闘機“烈風”シリーズやターボ・プロップ機“陣風”シリーズ、艦上攻撃機“流星改”シリーズが主となっている。
其れに比べると、紫電改は主力の座を降りかけている航空機だが、それでも十分活躍できる航空機である。天山もまた同様だ。
烈風や流星改は小型空母に載せるには大きすぎて、返って扱いにくい。それに、中型戦闘機でありながら、烈風シリーズを上回る傑作機である陣風にしても、まだ生産数は多くない上に、ヴェテランの航空団に集中配備されていた。
四一航戦(独立第四一航空戦隊)展開の第九七七航空団は、まだ新設されて間もない部隊だった。
しかし、相手が商船なら何の問題もない。
魚雷を装備できる天山は大型艦艇が出た時の保険、そして哨戒機として運用され、普段の通商破壊戦は紫電改が担う。紫電改は二五番(二五〇キロ爆弾)通常爆弾を二発搭載できるから、船団相手なら十分通用する。流石に護衛空母や大型タンカーは厳しいが、輸送船や護衛駆逐艦程度なら、其れだけで航行不能、沈没へ追い込むことも不可能ではない。
その期待通り、第九七七航空団の紫電改は、敵船団に大打撃を与えていた。
米国は未だに、豪州を足がかりにしてのフィリピン奪還と日本列島への侵攻を諦めていない。そして、豪州の不信を買い、戦線から脱落されるのも困る、として、大量の輸送物資を運び込んでいた。中には、B29爆撃機を分解して満載した輸送艦もある。
其れを叩かない手などない。
まず、四方八方に天山を飛ばし、敵船団を発見次第、攻撃隊を発艦させる。
殆ど見かけないが、単独の商船(無論連合国籍の商船)の場合は、『綾瀬』か随伴する駆逐艦が砲撃で仕留める。
そして日本帝國軍は、大量の潜水艦を南太平洋に回し、そんな好餌を喰い尽くそうとしていた。しかし、護衛空母の哨戒や駆逐艦の護衛もあり、大きな戦果をあげる代わりに、少なくない潜水艦を喪失していた。
それに、四一航戦が加わるのだ。藍原達が見守る中、空母から発艦した航空隊は、船団を次々と鬼籍に放り込んでいった。
軽空母四隻分の航空戦力は、かなり大きな兵力といえる。護衛空母が数隻ついていても、彼女らの任務は対潜護衛であり、防空戦ではない。戦闘機の数は然程多くなく、中には輸送任務のために航空機を甲板に並べ、発艦自体ができない艦もあった。
航空機を飛ばせない空母は、唯航空機と燃料を積んだ鉄の塊に過ぎない。
小型爆弾の雨の前に甲板の航空機が誘爆を起こし、炎の大蛇が暴れたかのように、甲板を焼き尽くした。
其処に天山艦攻が魚雷を投下する。商船構造の護衛空母は、あっさりと沈没した。
後は好きなように料理できる。護衛空母さえいなくなれば、対潜能力は大幅に落ち、潜水艦も近寄る隙が生まれる。
『綾瀬』艦橋に、通信長が駆け込んできた。
「旗艦より通信、[我ガ航空隊、護衛空母二隻、護衛駆逐艦多数撃沈、輸送船団ニ打撃ヲ与エリ]!」
「そうか!」
艦橋に歓声が上がった。
「通信長、直ぐに艦内放送で、戦果を告げよ。艦内士気の向上に繋がる」
「諒解」
藍原の指示に、勤めて無表情にしながらも、頬を興奮で染めている八重垣 文紀通信長は小さく首肯し、直ぐに通信室に引っ込んだ。
その後、艦内放送が流れる。
どうやら、八重垣大尉自らマイクを握っているらしく、彼の男性としては少々高めの声が、巡洋艦の中に響き渡った。
しかし、其れから一時間と経たずに、八重垣は血相を変えることとなる。
[天山ヨリ連絡、『我敵艦隊発見、艦隊ハ戦艦ト空母ヲ含ム』]
もっとも遭遇したくない相手と、四一航戦はいきなり、相見えることとなった。
「敵偵察機に見つかったと言うのか」
戦艦『テネシー』に座乗していた米合衆国海軍TF27(第27任務部隊)こと“豪州救援任務部隊”司令官ベン=F=ウィリアムズ少将は、部下からの報告に思わず寒気を覚えた。
彼は、TF27の出撃に反対していた。そして、それは太平洋艦隊司令部の総意でもあった。
開戦以来、米軍は日本帝國の航空戦力の恐ろしさを、嫌というほど味合わされた。特に先日エセックス級三隻の喪失、そしてノースカロライナ級と言う新鋭戦艦を、航空機の攻撃のみで失ったことは、米軍上層部を恐慌状態に陥らせた。
少なくない数の兵力を投入したにも関わらず、ほぼ壊滅してしまった。
旧式戦艦群も航空攻撃で沈められたが、その時は「旧式艦だから」という言い訳――――現実逃避とも言う――――が成り立った。しかし、ノースカロライナ級二隻『ノースカロライナ』・『ワシントン』は紛れもなく米軍期待の新鋭艦であり、其れが航空攻撃のみで沈没したのは大きなショックだった。
新鋭のサウスダコタ級やアイオワ級も、あの憎々しいハゲタカの猛撃の前に、無事でいられる保証はない。超巨大戦艦であるモンタナ級は、未だ計画段階である。
肝心要の空母は、乗務員とパイロットの鏈度が問題だらけであった。優秀なパイロットは大半が帝國軍と戦い、結果、帰らぬ人になった。
しかし、米大統領ヘンリー=A=ウォーレスは、はっきりとした戦果を出せない米軍に焦り、ハワイを督戦した。
政治家の我が儘に、太平洋艦隊司令部は、連邦政府の主に反対した。半端な戦力を送り込んだだけでは、返り討ちになって損害が増えるばかりだと。
しかし、その“半端な戦力”を“大戦力”に成長させるためには、時間も何もかもが不足していた。
米軍は一年後に大反攻を計画していたが、ウォーレスにその余裕はなかった。
欧州戦況は予断を許さず、英独軍が激しい攻防を繰り返していた。
合衆国は、すでにドイツと戦争状態にあり、其処にも兵力が必要だ。新鋭艦全てを太平洋に回すわけにはいかない。
合衆国内では、すでに厭戦気運が高まっていた。「ドイツだけ戦えばいいモノを、何故日本まで巻き込んだのか? 日本と講和し、対独宣戦に全力を注ぐべきだ」と彼らは主張する。
オマケに、帝國とドイツは同盟関係にない。つまり対日戦と対独戦は、全く別の戦争なのだ。
追い打ちをかけたのが、豪州とニュージーランドの動向だ。在オーストラリアの連合国軍司令部は、豪州人の厭戦っぷりをまざまざと報告してきた。
此のままでは合衆国は、アジアどころか西・南太平洋にもつけ入る術がなくなる。其れは容認できない。
そんな事情で、TF27は送り込まれた。
「しかも、艦上機だと? 敵空母が近くにいるのか」
しかし、碌な兵力は送り込めない。ハワイをカラにするわけにはいかないし、中部太平洋では日本艦隊が睨みを利かせている。其れに、何より艦隊の鏈度が低い。
結果、TF27は、辛くもニューカレドニアに脱出し――――そのニューカレドニアにも、現在は日本帝國軍が進出している――――修理を終え、サモアへと逃げのびた旧式戦艦『テネシー』と幸運艦である空母『サラトガ』、此れまた無傷で逃げのびた幸運艦、大型巡洋艦『プエルトリコ』他、巡洋艦二隻、駆逐艦一二隻という、かなり小規模な任務部隊である。
当然、歴戦の日本空母群相手にどうにかなる兵力でもない。
しかし、「戦艦と空母を含む艦隊が豪州に到達すれば、豪州人は『米国は豪州を見捨てない』という決意を知るだろう」というホワイト・ハウスの判断に、ウィリアムズは歯噛みするしかなかった。
――――では、最後の希望であるTF27が撤退、或いは全滅すれば、豪州人はどう思うか?
ウィリアムズ提督はそう思い、その結果の予測に寒気を覚えた。
「豪州展開のカタリナ飛行艇からは、何の音沙汰もないか?」
「ありません」
「――――敵は何者だ? 空母部隊か、まさか上陸部隊か? 彼らは何を狙っているのか?」
提督は呟き、頭を振った。
・雲龍型航空母艦『雲龍』・『紫龍』・『紅龍』・『黒龍』
基準排水量16,000トンの中型空母。飛龍型空母の改良型であり、攻守のバランスと生産性に優れた空母。搭載機五二機。アングルド・デッキ及びカタパルトを装備している。
・改雲龍型航空母艦(海隼型航空母艦)『海隼』・『濤隼』・『松隼』・『帝隼』・『嵐隼』・『月隼』・『桜隼』・『柳隼』・『碧隼』・『剣隼』
基準排水量16,000トンの中型空母。雲龍型をさらに改良した、中型空母の決定版と評価すべき空母。極限まで低コスト化と生産性に拘ったまま、高性能を維持し続けている傑作空母。搭載機五二機。アングルド・デッキ及びカタパルトを装備している。1946年6月時点で、六番艦『月隼』までが就役している。
・吹雪型駆逐艦
基準排水量1,600トンの艦隊型駆逐艦。登場当初は強力な水雷兵装を誇る駆逐艦であったが、現在は新鋭駆逐艦が多数就役し、殆どが海上護衛隊や二線級の部隊に配備されている。航空戦隊配属の艦艇は大幅な改装を受けており、防空能力・対潜能力が強化されている。