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LaLa7外伝~碧海の台風~  作者: 長良 橘
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Ⅰ 寄せ集め艦隊

藍原あいはらが『綾瀬あやせ』でもっとも頼りにしたのは、副長の擂鉢山すりばちやま 裕直ゆうなお中佐だった。

藍原より一月ほど早く、前副長と交代した彼は、言い換えれば自身より一カ月、『綾瀬』に関しては先輩である。


加えて擂鉢山は物腰が柔らかく、常に人懐こい笑みを浮かべていて、なかなか好感が持てる印象であった。優秀かどうかは分からないが、少なくとも気が配れる人物であることに、間違いはなかった。


やたらと肌が白く、加えて日本人離れした長身の男が擂鉢山である。初対面の際、藍原は、「ホワイトアスパラのようだ」と失礼な事を考えてしまっていた。


藍原あいはら 冬斗ふゆと自身は、近年帝國海軍で幅を利かせ始めた派閥、“防空屋”の人間であった。空母が中心となりつつある帝國海軍において、肝心要の空母を護衛する巡洋艦や駆逐艦による防空システムの構築と向上を掲げる、専門の教育を受けた連中である。


その藍原が配属された通り、基準排水量7,000トンの巡洋艦である『綾瀬』は、『マーブルヘッド』時代より、容貌を大きく変えていた。

後に判明したことだが、此のフネは就役を始めていた防空巡洋艦のテストベッドとなり、高角砲や機銃を針鼠の様に装備し、使い道がないアメリカ製の主砲やら何やらは纏めてスクラップ行きになっていた。

そして日本製のレーダーを装備し、旧式巡洋艦とは思えぬ防空能力を獲得していた。



「そして、アレが、俺たちが守る空母か」



艦橋で藍原が呟くと、後ろに控えていた擂鉢山が笑顔で答えた。



「最新鋭の軽空母『伊吹いぶき』です。二番艦『笠置かさぎ』も、我が航空戦隊に配属されるそうです」


「噂の、巡洋艦改装空母か」



帝國は空母不足を懸念し、あの手この手で空母を量産していた。軍備増強計画の目玉、決戦空母と言うべき、基準排水量46,000トンの大型空母改大鳳(かいたいほう)型空母四隻が続々と就役している中、簡易量産型中型空母雲龍(うんりゅう)型四隻、そしてさらに量産性に拘った改雲龍(かいうんりゅう)型(海隼かいしゅん型)中型空母(基準16,000トン)一〇隻の建造を進めていた。

さらに、大和やまと型戦艦二番艦、三番艦を設計変更した超大型空母や水上機母艦、客船改装の空母の建造も、並行して進められていると聞いていた。


巡洋艦改装空母の建造も、そのうちの一つである。

伊吹型と名付けられた、基準排水量12,000トンの軽空母だった。カタパルトを装備し、最近主流になりつつある斜め飛行甲板(アングルド・デッキ)も装備している。

藍原の聞いた話によると、六隻が建造予定だという。






「しかし、何故我が部隊なのでしょうか? 我が部隊は、通商破壊を主任務とする、と聞いていますが」


「機密保持のため、表向きは航空支援任務の小型空母群と聞いているがな」



帝國海軍は、搭載機数が少ないが速力は確保できる小型空母に価値を見出すために、“防空空母”の研究を進めていた。

攻撃機は載せず、戦闘機だけを載せるのである。こうすれば、全体の搭載機数が少なくとも問題にならない。


速力の遅い小型空母は、対潜戦闘・船団護衛の要として海上護衛総隊に配属されたり、航空機輸送任務に就いていた。


しかし独立第一三艦隊に属している第四一航空戦隊は、輸送船や兵站線、敵潜水艦叩きのための専門部隊として組織されると、『綾瀬』の上級幹部たちは噂していた。

“独立”が付いているのも、其れが理由だ。長距離航海任務を単独で行うため、戦隊司令部にかなりの権限が移譲されているのである。つまり、連合艦隊司令部とは違う、独自の判断で行動できる。


極論さえ言えば、ニューヨークに突撃かまそうが、現場の自由なのだ。責任が取れるのかという点は置いておくとして。


広大な太平洋、インド洋を駆けずり回り、縦横無尽、神出鬼没に暴れ回る。

輸送船なら、戦闘機がやっと搭載できるような小型爆弾でも十分致命傷になる。航空機は広大な航続距離を誇っているうえに、高速だ。輸送船は逃げられるわけがないし、普通は輸送船に戦艦や大型空母などの大層な護衛は付かない。


仮に戦艦部隊や空母艦隊に出くわしても、偵察機によって早期に発見さえできれば、尻尾を巻いて逃げることも不可能ではないし、友軍に支援を要請することもできる。


基地航空隊の強力な航空支援エアカバーがあれば、小型空母部隊で正規空母相手に立ち振舞えることは、すでに先の海戦で実証されていた。

もっとも、軽空母『祥鳳しょうほう』が失われたが。


言葉は悪いが、好きなだけ“弱い者イジメ”ができるというわけだ。

そして表の艦隊である第三艦隊の大型空母群が、米空母群とせめぎ合っているのを尻目に、通商破壊専門部隊が米国や英国の兵站線を叩きまくる。


そして相手が弱ったところを、守勢に回っていた帝國軍の本陣が一気に押し潰す。


そんなプランが立てられ、実行に移されるという。それが、横須賀で密かに噂されていた。



「其れだけ聞くと、勇壮なのだがな」



だが、其れは言い換えれば、輸送船しか(・・)叩けない二線級の艦隊だということだ。

当然そんな任務に大型空母は配備されない。いや、必要ない。

そして、新鋭の防空巡洋艦や駆逐艦も、主力艦隊に持っていかれる。


必然的に、藍原たちの部隊は、第一線を退いた(或いは退かざるを得なかった)艦艇が軒を連ねる羽目になる。

もっとも、それは主力艦隊(第一、第二、第三艦隊)以外の水上艦隊全般に言える話だ。


言い換えるなら、小型空母とはいえ、立派に艦隊に随伴できる速力を持つ伊吹型は、本来なら其方・・に引っ張り出されるのが普通なのである。



「……なぁ、聞いているか? 副長」


「何をですか?」


「本戦隊の陣容だよ」


「未だ、編制中と聞いていますが……」


「いや、実はもう確定している。正式な発足はまだだが……」



そう言って藍原は資料を渡した。

其れを一瞥した擂鉢山は、珍しく笑顔を歪め、うめき声をあげた。



「此れは……いやはや」






・独立第四一航空戦隊

 空母部隊『伊吹いぶき』(旗艦)・『笠置かさぎ』・『龍驤りゅうじょう』・『瑞鳳ずいほう

 巡洋艦部隊『綾瀬あやせ

 駆逐艦部隊『叢雲むらくも』・『東雲しののめ』・『おぼろ』・『さざなみ






「……なんとも、まぁ。まさに、“帝國中から使えるフネを掻っ攫ってきた”ようなものですな」


「あぁ。新鋭艦は『伊吹』と『笠置』のみだ。『龍驤』は空母黎明期の旧式空母で、『瑞鳳』は潜水母艦改装空母。

『綾瀬』にしても旧式のオマハ級だし、駆逐艦に至っては吹雪ふぶき型ときた。嘗ては“小型雷装巡洋艦”とまで言われた特型(吹雪型)も、今じゃあ殆どは、海上護衛総隊に配属されている」



此の時は藍原も知らなかったが、伊吹型二隻が独立第四一航空戦隊に配備されたのには、実に笑えない喜劇が絡んでいた。


ここ数十年、帝國は米国を仮想敵国として、艦隊増強計画を立てていた。そしてそのうち、オーソライズされたものが現在発動しているわけである。

が、此処で良い意味で計算違いが起こった。

喪失艦の少なさである。


帝國海軍省や軍令部は米国との戦争で多くの艦艇が失われ、その補充もしなくてはいけなくなることも前提において、増強計画を立案していた。


ところが蓋を開けてみると、帝國が守勢に回ったこともあって(そして基地航空隊の予想以上の奮戦もあって)、想定以上に喪失艦、特に空母の喪失が少なかったのである。

そのため、就役を開始した空母、特に使い道が限定された高速小型空母が余り始めるという、予想外の事態が発生していた。大量建造が進められている小型空母や護衛空母では、空母より寧ろ其れを護衛する戦力の方が間に合わない、という笑えない事態も起こっていた。


また、空母建造計画が予定以上にスムーズに進んでいるという(本来なら嬉しいはずの)誤算も起きており、帝國上層部も、戦力が足りないことなら覚悟していたが、余るという事態に頭を抱えた。

しかし、それでも米国に打ち勝つには航空戦力が多いことにこしたことはなく、今更戦時量産計画を大幅に修正する時間もない。結果、伊吹型空母は就役したのは良いものの、いきなり配属先がないという事態に陥ったのである。


そんな中、通商破壊専門の航空部隊設立が現実味を帯びて(というより実行されて)、海軍上層部は此れ幸いとばかりに、伊吹型二隻を第四一航空戦隊に預けたのである。






しかし、残る配属艦はまさに“掻き集めた”と表現するに相応しい艦艇揃いだった。

鹵獲艦である『綾瀬』は、その最たる例である。


軽空母『龍驤』は、小型空母の泣き所である搭載機の少なさの解決のために、アレやらコレやら振り回された艦であった。


巡洋艦改装空母を含む小型空母の泣き所の一つは、被弾の弱さである。しかし、大型空母と違い船体が限られている以上、矢鱈めったら重装甲にできない。しかし、空母の“防御力”は装甲だけではない。

搭載機である。


戦闘力の向上は、防御力向上に等しい。一機でも多くの航空機を載せれば、防御力はそれだけ向上する。

そのために、小型空母でもより多くの艦載機が載せられるよう、研究がなされた。

帝國海軍のそんな血の滲むような試行錯誤の結果が、空母『龍驤』であった。


とは言え、限度もある。あまりに載せすぎると頭でっかち(トップ・ヘビィ)となり、復元性が悪化する。載せすぎて転覆など、笑い話にもならない。


改装の結果、基準排水量13,000トンとなった『龍驤』は搭載機数こそ増えたものの、逆に不安定なフネとなってしまったのである。そのため、御世辞にも使いやすいフネとは言えなかった。


一方『瑞鳳』は、潜水母艦改装空母である。

帝國海軍は、戦争に備えて水上機母艦や潜水母艦を、迅速に空母に改装できるように設計していた(そのためコストは高くなってしまったのだが)。基準排水量11,000トンとなった『瑞鳳』もまた、そのうちの一隻である。同型艦に『祥鳳』があるが、其方はすでに戦没していた。


“相棒”を失ってしまったため、此方に回されてきたのだということは、容易に想像がついた。


そして吹雪型駆逐艦は、基準排水量1,600トンの駆逐艦である。旧式艦ではあるが、今回の配属に当たり、空母部隊の護衛役としては、防空・対潜能力が不足と判断され、大改装を受けていた。

当時としては最高峰の駆逐艦ではあったが、現在は古めかしさが否めない。しかし、大改装を受けている分、期待が持てた。



「まさに、寄せ集めだな」



そう呟いた藍原の表情は、何処か楽しげだった。






・綾瀬型軽巡洋艦『綾瀬あやせ

 基準排水量7,000トンの軽巡洋艦で、元合衆国籍軽巡洋艦『マーブルヘッド』。鹵獲後に大改装を受け、防空艦として就役した。防空能力だけなら、帝國の新鋭防空巡洋艦にも引けを取らない。



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