決断のとき
人には、決断の瞬間が大小様々あります。時にそれは、思いがけない結果を招くものです。その瞬間に身を委ねるとき、そこにはなにが待っているのでしょうか。
ゆうな
「トイレ」「ケーキ」「ありんこ」
「ありんこー!!」
「あんまり遠くに行ってはいけないよ」
「はぁい」
「かわいい娘さんですね」
「ありがとうございます」
「今日はお二人で公園に遊びに来たんですか」
「はぁ、家が近いもんで」
「優しいお父さんで羨ましいわ」
「たまの休みくらい遊んでやらないとね」
「最近、幼女誘拐殺人事件てのが流行ってるでしょう」
「物騒ですね、…あれ私の子はどこへ行ったんだろう」
「あなたもお気を付け下さいね」
「あ、あんな所にいたいた。ハハ、うちは大丈夫ですよ」
「ねートイレ行きたいよ〜」
「じゃそろそろ帰ろうか」
「おとなしくしてたらケーキいっぱいくれるって本当??」
「あぁ本当だよ。おとなしく私の家までついてきたらね………」
幼女連続誘拐殺人事件の犯人の男は、見知らぬ少女の手を引きながらにたりと笑った。
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ともゆき
「天気」「理想」「飛行機」
私はその飛行機で彼女の元に向かっていた。
そう、今日私は彼女にプロポーズをするためにその飛行機に乗ったのだ。
おそらく彼女からはYESの返事をもらう事ができるだろう。私にとっては彼女は理想の女性だったし、彼女にとっても私は理想の男性であろう。
彼女とは幸せな結婚生活を気づきたいものだが、結婚生活と言うものは決して順風満帆と行かない事だってあるだろう。
今日の天気と一緒だ。地上は雨だというのにこの雲の上は穏やかな晴天である。しかし、終わらない雨はないはずである。必ず彼女と幸せな、理想的な家庭を築きたいものだ。そう考えると自然と笑みがこぼれてきた。
「…お客様、間もなく到着ですよ」
客室乗務員が私に話しかけてきた。
その顔を見た私は言葉に詰まってしまった。
「…どうかなさいました?」
「い、いえ、何でもありません」
その客室乗務員が彼女に似ていたのだ。
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ゆうな
「白紙」「大会」「滝」
約束を交した。この大会で俺に負けたら、奴は二度と彼女に手を出さないと。
約束を交した。この大会で奴に勝ったら、彼女はもう一度俺を信じてくれると。
「今の私は貴方を信じきれない」
俺は彼女が好きだから、走る。
「白紙に戻しましょう…」
奴なんかに邪魔はさせない。
「けど貴方が好きな気持ちは変わらないから…」
滝のように吹き出す汗、絡まる足、息も上手く出来ない。けれど俺は走る。彼女ともう一度笑い合うために…
すぐ隣では奴が走っている。絶対負けない!!その強い思いを抱えたまま、俺は最後の直線を突っ切った。
大の字になり必死に呼吸し空を仰ぐ俺の視界が、彼女の影で遮られた。死にそうな俺を覗き込む彼女は、輝く満面の笑みでこう言った。
「貴方が一番よ」
―――八歳、青春真っ只中のマラソン大会。
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マグロ頭
「鉛筆」「テレビ」「ピアノ」
実家に帰って掃除をしていたら、中学の頃の文集が出てきた。個人で自由に使っていい頁には、自由きままに、夢とか想いとかが綴ってある。懐かしいみんなの事が思い出された。
鉛筆で空を描いてやる!
そう書かれた頁で手が止まった。背が高くて筋肉質で、でも絵が抜群に上手かった花山くん。彼との思い出はいつもオレンジ色だ。今もどこかで空を描いているのだろうか?
『始めっから諦める必要なんてないんだ。誰がなんと言おうとも自分が納得した道を歩けばいい。オンリーワンが良いわけじゃないけど、それも素晴らしいと思うよ』
私が全く身動きがとれなくなってしまった時、何も言ってないのにそう言ってくれた。夕暮れに染まる道に私の涙が溢れたこと、頭に置かれた、いかつくて大きくて温かかった花山くんの掌。どちらもはっきり覚えてる。
はっきりここにあるから、私は前を向いて歩いていける。
幼い頃からずっと触れてきたピアノ。そして今の私の原点。誰かに伝わる音色を目指して私は歩き続ける。
花山くんに負けないように。
ずっと点けていたテレビを消して外を見た。鮮やかな夕焼けがとても綺麗だった。
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ゆうな
「炎」「仕事」「ラジオ」
私が仕事ばかりして家にいないのはお前達家族のためだ。それも解らず、やれ子供の世話をしろだの、やれ遊園地に連れて行けだの言うんじゃない。
今日も急いで会社に戻らなくてはならず、めったに運転しないのにこうやって車をハイスピードで走らせている。すでに深夜0:00を回っていた。こんな時間に、とグチグチ文句を言っていた妻子も、もうとっくに眠ったことだろう。私はラジオでニュースを聞きながら、頭の中では仕事の事でいっぱいだった。
だからだろうか。今、そのラジオから信じられない言葉が聞こえたような気がしたのは…。
たった今火事が発生した。二階からは女性と子供が助けを求め叫んでいる。
―――住所は…私の家だ!
そんな馬鹿な!!
頭が真っ白になったその瞬間私は、前から来ていたトラックに気付かず、真正面から突っ込んで行った。
炎に包まれた車内で、まだかろうじて情報を吐き出していたラジオが、妻子が無事救出された事を私に伝えた。
安心した私は、微笑み静かに目を閉じた。




