一つの終わり
盛岡行きの新幹線は休日にもかかわらず空いていた。
俺は前のシートに備え付けられている折りたたみ式のテーブルに左肘で頬杖を突きながら、自由席でも良かったなと苦笑した。
のんびりと眺める窓の向こうには、奥羽山脈の頂に沿って降り積もった雪が例年より早い冬の到来を告げている。
遠くに見える自然はゆっくりと過ぎ去り、せわしなく行き交っているのは人工物ばかりだ。その風景はまるで時の流れを投影しているようにも感じる。
ありきたりすぎると思い直し、俺はさらに苦笑した。
そこへ、鉄道関係者特有の訛りが入ったアナウンスが流れる。どうやら盛岡に着くのは三十分後のようだ。
「もうすぐ帰れるぞ、正治」
冗談交じりにつぶやいて、懐から丁寧にたたまれた紙を取り出して開く。そこには達筆な字が整然と並んでいて、驚くほどきれいにまとまっていた。
とても、死ぬ間際に書かれたものとは思えない。
俺が盛岡に来た理由、それは無二の親友の遺灰を生まれ故郷の土に返してやることだった。
「なぁ、正治。人間は何のために生きているんだろうな?」
俺はいつか正治にそう聞いた覚えがある。
「なんだよ、藪から棒に」
振り返った正治は、うさん臭そうにこっちを見た。
「物語の決まり文句で愛だとか恋だとか聞くけど、本当はなんだろうと思ってさ」
やれやれと正治は首を振る。
「そんなの、人によって違うだろ」
俺は少し考え込む。
「じゃあ、正治は何のために生きている?」
「当然の事を聞くな」
あの時の正治は微笑さえ浮かべていた。
「俺は、死に場所を見つけるために生きている」
その三ヵ月後、信号を無視して直進したトラックにはねられて正治は死んだ。
病室の一角に横たわる正治の誇らしげな死に顔と俺に宛てられた遺書は、正治の全てを語っていた。俺は正治の言葉を悟った。
この世界に正治はいない。だから、正治の抜け殻は自然に帰すべきだと、いかにも正治らしい言葉で綴られた遺書と遺灰を俺が持ち帰るのに、正治の遺族は何も言わなかった。
恐らく、正治の死を一番受け止められなかった俺に、心の整理をつけさせようと考えてくれたからだろう。
正治は、きっと死に場所を見つけたのだ。大きく言えば世界で誰からも愛されて死ねる場所を。
本当に、幸せな奴だ。
新幹線はゆっくりと減速し、盛岡駅の人がまばらに立っている構内で完全に止まった。俺は遺書を懐に戻して、遺灰の入ったリュックサックを背負って立ち上がる。
「正治、お前の見つけた死に場所へ帰ろう」
俺は、否、俺達は北風の中を走り出した。
お初投稿です。工藤まりもです。
今回の作品は別のサイトに投稿した作品を少し書き直したものです。割と現代を意識したつもりでしたが時代背景があやふやなのは悪しからず。