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愛し上手と愛され上手  作者: 薬丸
日常生活
8/8

07.一名様ご紹介

 チャイムが鳴るギリギリのタイミングで教室前までやってくる。

 静まり返った廊下を改めて見て、校内案内がやりやすそうだと安心して、はて?と首を傾げた。


「うちのクラス、静か過ぎやしませんか?」


 あんな突っ込みどころ満載の転入生様が来たのに、教室からは物音一つしていない。

 いくら授業前とはいえ、違和感がある。


「少し早いけどもう先生が来てる?」


 少し訝しみながら、ガラガラと教室のドアを開けてみれば、


「先生は来てない…っておいおい、まだ帰ってきてないのかよ」


 思わず小言で突っ込まざるを得ない状況。

 そこは10分程前と差ほど変わらない光景が広がっていた。

 未だトリップしたままのクラスメイト、俺が教室を出る前はぽーっとしていた委員長も復調しているようだったが、この状況どうしろっての!といった感じで天井を仰ぎ見ている。


「あっ、かーくん、遅いよ〜」


 ……

 とりあえず他に気になったことがいくつかあるので、ゆっくり、そうゆっくりと整理していこうと思う。


 一つ目はメインキャラである転入生が教壇に居ないという点。

 どこか勝手に移動したとかだと非常に面倒くさい事になるのだけど、それだとクラスメイトはご帰還なされるだろう。

 まあ実際どこにいるかなんてのは目の端にしっかりと捉えているので悩む必要はないのだけど、少しだけ、ほんの少しだけ猶予をください。


「ありゃりゃ、無視されてるのかな?お〜い、かーくんってば」


 …

 二つ目はクラスメイトの視点。

 前を向いていたのが窓際最後尾を向いているという点だ。

 まあ見る方向が変わっただけで、見る対象が変わったわけではないのだけど。


「かーくんってばなんで目を瞑って険しい顔をしてるのかな?」


 三つ目は俺の席に女生徒が座っているという点。

 頑張って先延ばしにしたけどここらへんが限界、まあ心の受け入れ準備はそこそこ出来ました。

 お付き合い感謝候う。


 窓際最後尾にてくてくと向かい、


「おいおい、何で当たり前って顔しながら俺の席に座ってるわけですか?」


 三つ目の変更点をそのまま疑問として吐き捨てつつ、迷惑行為イクナイ!と顔に分かりやすく出して訊ねてみる。

 そうすると満面の笑みを浮かべて、


「かーくんの席に座りたかったから」


 となんとも単純明快な理由を平然とのたまう美少女。

 単純明快とはいえ、俺にとってみれば意味不明で、他人にとってみれば意味深長なその言葉。

 途端に突き刺さる不信&敵意含みの視線。

 主に不信は女子陣から、敵意は男子陣からのモノだと思う。


 その分かりやすい転身具合に、お前ら呆然としてたんじゃねぇのかよ!と憤りが沸き上がるけど、しかしそもそもの原因が目の前にいるので、振り向いてまでそちらをどうにかするのは二度手間だろう。

 決して視線の重圧を正面から受け止めたくないとか、そういう訳じゃあない。


「座りたかったら人の膝の上にも宣言なしで座っちゃうのかお前は?

 まあいいや、ほら、鍵取ってきたからさっさと行くぞ」


「うん、それじゃあ行こう!あっ、一応言っておくけど、かーくん以外にはこんな事しないからね?」


 そう言って俺に微笑みを一つくれて椅子から立ち上がり、俺の手を取って廊下に向かう転入生。

 ごく自然に行われた一連の動きは淀みなく早くて、完全に虚をつかれた俺はなすがままに連れて行かれる。

 まあ抵抗するものでもないかと思い、引っ張られる感覚のまま廊下へ出る。


「そんじゃあ委員長、先生によろしく言っておいてくれ」


 妙に苦々しい表情を浮かべる委員長に言付けを頼み、扉を閉める。

 途端に騒がしくなる教室。


「サーシャちゃん可愛すぎるだろ!!」

「リアルにアイドルとか目じゃねえぇ!」

「ボクっ娘きた!リアルであんな美少女に出会えるとかぱねぇぇ!」

「またこのクラスの容姿偏差値が上がるのか、俺…このクラスになれてよかったよぉ」

「あんなの嫉妬とか以前のレベルでしょ、あー中身で勝負するしかないなぁ」

「本当に人形みたい!是非服飾部での着せ替えモデルになって欲しいっ」

「モデルやったら美術部優先やろ!」

「貴女の腕であの美しさを描ききれるのでしょうか?それよりもやはりまずは友好。わざわざ日本に来られたのだから日本特有の某かに興味があるはず、ですから古来の伝統である茶道部へですね!」

「というかなんであいつだけあんなに好かれてんの?意味わかんねぇ!!」

「かーくん…かぁ、んー私たちも何かあだ名とか付けられてるのかなぁ?なんかチョー楽しみだねっ」


 おいおい、垂れ流しは俺達が離れるのをもう少し待ってだな…。

 まあここで一度気分を晴らせれば、次の休み時間はモチベーションを上げれてぶつかれるし、こいつのオーラ的なものに呑まれる事もないだろう。


「人気者だな、お前」


「転入生だからねっ」


 満面の笑みで応えてくれる転入生。

 なんというか笑顔のバーゲンセールだな、俺今の所こいつの笑顔しか見てないんですけど?


「元気いいなー、そんじゃまとりあえず備品室に向かうとしますか」


「うん、お願いするよ」


「あー案内って言っても、向かう道中でこの学校の説明ぐらいしか出来ないからそのつもりで」


「え〜それは手抜きだよ〜」


「しないじゃなくて出来ないんだ。

 この学園は馬鹿みたいに広い、授業と授業の間の休み時間が毎回15分取られてるのは伊達じゃないんだよ。とてもじゃないけど1時限の授業中だけで回りきれるもんじゃない」


「そうなんだ?」


「お前この学園のパンフレットとか見てないのか?」


「ボクが取り寄せた資料はかーくんの物だけだったしね、この学園についてはほとんど知らないよ」


「今すげー気になる発言が飛び出したし、そもそも何故俺をかーくんと呼ぶのかも問いただしたいけど、先に頼まれた説明を済ませる」


「かーくんは大人だねー。

 うん、よろしく頼むんだよ」


一息ついて感情を抑え込み、更に深呼吸を二度やってようやく説明に入る俺なのだった。




 それじゃあ何から説明するか。

 何も知らないって言ってたし、この学園の事よりもまずこの都市について説明しとくか。

 といっても大雑把にしか説明できないけどそこは勘弁、普通の一生徒がこのやたら広大な敷地内全部を説明できる筈ないしな。

 ……いや、委員長なら完璧にやってみせるんだろうけど。


 と、少し話がずれたな。

 ともかく、この四季が峰学園都市って所を簡単に説明しようと言葉にするなら、名は体を表すだ。

 学園都市、そう学園都市なのだ。

 中等部の学舎が三つある桜藤学区。

 高等部の学舎が二つある令法学区。

 大学の学舎が二つある紅葉学区。

 この三つの区画からなる都市には、それぞれの敷地には学園、図書館、寮、店舗、行政施設、駅が存在するだけであり、街中に普通に目にするであろうオフィス、雑居ビルといった多くの建物が存在していない。

 正しく本物の学園都市ってわけだ。


 令法と紅葉は詳しく知らないからスルーで、とりあえず俺達の桜藤第一学園のある桜藤学区について触れるか。

 この学区はさっきも言ったとおり第一から第三までの学園があり、どこもこの学園と同じように最先端技術と広大な敷地を持っているらしい。

 けどそれぞれ学園の内部は結構違ってるらしいな。

 学園の割り振りは教師やら教育委員やら役人やらが決めてるらしいし、色を出させてるのかね。

 まあでも他の学園に行ったことがあるわけでも伝手があるわけでもないから、真偽の程は分からん。

 とりあえずこの学園の分かりやすい特色は、特待生数、留学生数以外は平凡って所だな。

 平凡を高水準で保つとこうなるよ!って感じ。それを平凡というのかという問題はさておきだけど。

 というよりほか二つの学校がおかしいのだ。自由すぎるか、厳しすぎるか。極端すぎる。



「って感じで十分ほど説明垂れ流しだったわけだけど、今までの所で何かあるか?」


 説明の途中で一時限開始のチャイムがなったが、校長公認のサボりなので大手を振って廊下を闊歩する。

 そして最低限案内の必要な場所を効率よく回り、それを補うように口頭で色々な場所の説明を行った。


「んー特には無いよ。かーくんには悪いけど、学園都市そのものに興味があったわけじゃないし、はーなるほどぉって他人事感覚かな」


「まあ俺も半分以上関係ない話してるな〜とは思ってたけどさ、そこまで関心薄いって何よ?

 そもそもお前何で来たんだよって話になるじゃねぇか…」


「言ったでしょ、ボクはかーくんに会いに来たんだよ」


「マジかよ、あれ空耳とか幻覚とか自意識過剰とかじゃなかったのかよ…」


「逆にかーくんはボクに聞きたいことが出来てるんじゃないの?」


「一切無いな、案内以上はこれからも関わりたくないので、そこの所よろしくお願いします」


「ボクってかーくんにすっごく嫌われてる?拒否拒絶されるのって初めてだから、良くわかんないけど、ボク、かーくんに何かしたかな?」


 隣を向けば俯き加減で表情を隠し、声音に緊張を込めて問う転入生の姿。


「拒否されたことないってどんだけ愛され上手様なんだよ……。

 とりあえず答えは二つともNOだ。嫌ってないし何もされてない。

 俺はね、お前に対しては無関心を貫きたいの。好きにも嫌いにもならず、何もせず何もされない、そんな関係でありたい」


 そこで言葉を区切り、職員室で受け取った鍵を取り出す。

 生徒職員玄関、職員室、保健室、特殊教室などが詰め込まれた第一棟の四階奥の奥。

 目的の場所である第二備品室の扉をガチャりと開ける。

 教室と似た作りの室内は少し埃っぽく、厚めのカーテンが日光を遮ってやたらと暗い。

 転入生に先んじて部屋に入り、扉の傍にあるスイッチをパチリと押して蛍光灯に明かりを灯す。

 白っぽい光で教室が照らされると机、椅子、カーテン、黒板消しといった教室内で必要な備品が山と詰め込まれているのが見えた。

 机と椅子の山に近付き、適当に見繕って埃を払う。

 すると一言声が掛かった。


「かーくんはなんでそこまでボクを突き放そうとするのかな?」


 それは多分当然の問いかけだ。普通の人間なら無関心でいたいと言われたら拒絶されたと感じるだろう。

 後ろを振り返り、未だに顔を俯かせた天使の如き少女を視界に収めつつ、答える。


「ああ確かに、普通の人間ならそう受け取るだろうさ。

 けど、お前は違うんだろう?

 何で俺に目を付けて構ってくるのか、気になるような言葉を掛けてくるのか、勝手な愛称を付けてくるのか、全然予想もつかない。

 お前については分からん事尽くしだよ、本当に。

 だけどお前が俺に何を求めてるのかぐらい分かる」


 色々話しかけてきて情報は盛り沢山だったからなー、と気を抜いて言う。

 転入生の肩がぷるぷると震え出す。


「かーくん、君はボクの求めてた人間かもしれない。

 なんというかもうさ、大声で叫ぶように笑いたいけど、今は授業中だし抑えなきゃいけないのが辛い」


 返ってくるのは歓喜。

 お前が俺に向ける喜怒哀楽って喜しかないのか?


「そりゃ気遣いに感謝だな。

 外れた位置にある部屋とはいえ、大声はさすがに聞き咎められるだろうしな。

 んじゃ、そろそろ戻りますかね」


 そう言って、身体を再び机に向けようとして、声が掛かった。


「うん、それじゃあ最後に一つだけかーくんについて聞かせて欲しいんだけど、良いかな?」


「学校に関しての質問より俺に対する質問の方が多いとか何事なんだよ…。

 いーよいーよ、なんでもいくらでもどーぞ」


「ありがと、でもいくらでもはいらないかな。多分一つだけで済むと思う。

 君にはボクがどう見える?」


「言ってる事が抽象的すぎてよくわからんが。印象的なもんか?

 あーと、そうだな、お前はきっと猫みたいな奴だよ。

 綺麗な容姿と雰囲気に恐れ多いと遠ざければ気安く近づいてくるのに、なんだ容易な奴だと近づけばツンと澄ましてこちらを見ない。

 つまり、好かれすぎるのも嫌われすぎるのも嫌い、そういうありがちで分かりやすい奴だと、俺は睨んでる」


「あははっ、うん、そう!大正解!

 どこにでもいる普通の少女がボク、サーシャ・オルテンシアだよ!」


 この笑顔と言だけで彼女が送ってきた半生が手に取るように分かる。

 類い稀な頭脳、誰もを魅了する容姿、真っ当で真っ直ぐな性格。

 この他に類を見ない程完璧な少女は、誰にでも愛されて止まない愛され上手様だったんだろう。


 けれど、俺はそれを想像して、怖くなる。

 愛を普通に享受できていればいい。

 互いが互いを愛し支える状況が健全で理性的あれば最高の環境と言って良い。


 俺が怖いのは、愛が歪んでしまった場合だ。


 まず相手、愛してくる側が変化した場合。

 愛が深すぎたり歪んだりした人間は一線を超えるてしまう事が多々ある。

 そうなった場合、自分や周囲を巻き込んで血を見る争いになる可能性は十分有り得る。


 次いで自身、愛される側が変化した場合。

 誰も彼もが愛してくる、つまり誰も彼もが同じように自分に接してくる現状。

 愛されることが当然であり、愛される事に幸せも何も感じなくなる。

 愛に鈍感になった人間の末路はきっと悲惨なものになるだろう。


 そしてもし、この二つが重なった場合。

 極端な推論だが、万人が自身に危害を加える人間に豹変する可能性が有り得る、と思えてしまうのでは?



 目の前にいる溌剌とした少女を見て、そこまではまだ至っていないと考える。

 だけど無防備な笑顔を見て、俺の想像の近い所まで行っているかも知れないと考える。


 ただの推論だ、妄想の類と言ってもいい。

 けれどもし俺の予想が当たっていて、彼女の人間不信に陥るか否かの最後の砦になるかもしれないと思うと、正直気が重い。

 だけどまあ、


「路傍の石のごとく無関心ってのは無理でも、青春モノっぽい好きと嫌いを行き来するような、ありがちな対応ぐらいはしてやろう」


「たはは、かーくんには全部お見通しなのかな?

 でもおあいこだよね!ボクもかーくんの事を十全に理解したから!

 かーくんは本当の本当に僕が求めてた理想像だったよ!!」


 喜色満面とはこの事か。

 無防備な笑顔にトンデモない色をつけて大声で歓喜する少女がいた。

 理解者に巡り合えたと喜ぶ彼女に俺も近づいて、素直に対応する。


「大声出すなつったろうがっ」


 微妙に加減をした拳骨一発を転入生の脳天に入れて、俺はこの場を締める事にした。


 どうやらこの子の愛し方は、愛し過ぎないことが大事なようだ。

時間が凄く飛んだ気がした。

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