05.出会い
西野先生が出欠確認を済まし、今日は連絡がないからとりあえずこのまま待機といった途端、ざわめきの音量が一気に増した。
転入生が来るだけでも相当のイベントなのだが、そこに大きな謎な含まれているのだ。
これで騒がないなんて真っ当な学生じゃない。
「しっかしマジか!こんな時期に転入とかめっちゃ興味そそられるんだけどどうしたらいい!」
後藤君、大興奮である。
「あんまり詮索とかしちゃ駄目よ。
校長先生の勧告は気にはなるけど、これから一緒に学んでいくクラスメイトなんだから、気遣いを忘れちゃいけないわ」
委員長、至極冷静である。
「やっぱりこういう時の定番って美少女転校生だよねぇ!俺クラス委員長として頑張っちゃうよぉ〜」
ヘタレ伊達男、近衛修である。
「はぁ?美少女転校生とか漫画やアニメの読みすぎで気持ち悪いし、しかもその興奮ぶりが輪をかけて気持ち悪いし」
我がクラスの女王様、月輪伊紗良である。
と、何故唐突にクラスメイトの紹介がぶっこまれたのかと言うと、彼らの声が一段と大きく、間が良かったというだけの事である。
「キモチワルイは酷すぎないかい?!伊紗良さん!!」
「下の名前で呼ばれるほどアタシとアンタって仲良かったっけ?」
「調子乗りました、すいません月輪さん」
「つーか委員長がいるのにクラス委員長名乗っちゃうのってどうなの?」
「えっ、いや、僕は歴としたクラス委員長なんだけど?」
「あぁ?誰がそんなの認めてんのよ?」
伊紗良の恫喝はものすごい様になっていて、見る度に惚れてしまいそうになる。
「すいません、何でもないです」
近衛の折れやすさも見ていて清々しい気分になっちゃうね。
「転校生が女なのは嬉しいし、顔の良いのが来たら更に嬉しいわねー。見てる分に楽しいし。
けどシュウみたいに調子に乗ったやつは最悪、もしそんな奴が来たらクラスの転属はそいつにさせるし」
無茶を平然と言ってのける伊紗良の態度は堂に入っている、つまりこれは冗談の類じゃない。
本当に気に食わない人間が来たのなら、彼女は暴力すら伴って異分子を排除する。
そう言ってしまうとあまりに物騒で節操がないように聞こえてしまうが、彼女の名誉の為に強い否定をしておく。
彼女は気に入った人間以外を排除するのではなく、気に入った人間に明確な害を為す人間を攻撃対象とするのである。
その行動原理を知ったのは少し前のことだが、長くなりそうなので割愛させてもらう。
今はとりあえず、クラスの実質的トップである肉食系ツンデレ美少女とでも覚えておいてもらえると良いかな。
「そこらへんは受け入れ方次第だと思うんだけどねー、後自然に僕をディスってくるのは何でなんだろうね?結構傷つくんだけど…」
近衛修はチャラく軽く見られがちな外見からは想像がつかないほど繊細な中身をしている。
いや、傷つきやすいからこそ外見を軽くしているんだろうか。
とにかく近衛修という人間は立ち回りのうまい男である。
優男風な容姿端麗を活かすように校則に引っかからない程度のアクセサリーを身に付け、流行りの話題に乗り、強い者には巻かれ、何事もほどほどの結果に修まる。
見事な世渡り術を持っていると言わざるを得ない。
それを十年余りの年齢で持ち得ているというのは、一体どういう事なのだろうか。
どういう経緯でそんな生き方を決めて、技術を磨いていこうと思ったのか、興味は尽きない。
まあそれも年齢に相応しく、まだまだ道半ばの技術らしいというのは救われる。
校長西野ペアが入ってくる少し前に、会話の切り上げ方云々の注意事項を思い返していたのは、近衛が思いっきりそれを失敗していたのを視界の端に捉えてしまったからである。
近衛は器用な生き方をしているが、勿論失敗もする。
ミスしている場面を幾度となく見ていたが、しかし幾度となく目にするということは、挫けない芯を持っているということで、向くほうが正しければ素晴らしい成果を実らす事が出来る人間だと理解が出来る。
「毎度のことだけどよ、本当にあいつら仲良いよなー」
「あれを見て仲が良いと言える後藤君は眼科に行くか脳神経外科に行った方がいいわ。
私には明らかに一方通行のやり取りにしか見えない」
「ばっかだなー漫画でああいうやり取りやってるのは友達以上恋人未満って決まってんだよ」
「まあ漫画だと鉄板だわな。けど今のところそういう脈は無いっぽいかな」
「そか、お前が言うならそうなんだな」
「何か言えるほど二人とは、特に近衛とはあんまり喋ってないんだけどな。
機会があれば是非話してみたい…って、そろそろチャイム鳴りそうなんだが」
校長が出ていき、西野先生が出席確認を済ませてから10分ほどの時間が過ぎようとしていた。
このまま転入生がHR終了のチャイムが鳴るまでに教室に来ず、なおかつ別のクラスの人間に見つかりでもすると少しばかり厄介だ。
学年全員の顔を覚えている人間はほとんど居ないだろうが、さすがに隣のクラスの人間はちらりほらりと覚え始めているはず。
そんな中、見も知らぬ生徒がこのクラスに入ってくるとなれば、情報は拡散し伝播していくだろう。
転入生がクラスに馴染む前に他クラスの横槍が入るのは、互いにとって良くない。出来る限り避けたい事態だ。
更に言及するならば、近衛の言う見目麗しい美少女なんて来た日には騒がしいってレベルじゃなくなるだろう。
この学園の容姿偏差値は全体を通して高い水準に達しているが、我らがクラスの女子陣の容姿偏差値は学年、ひいては全学年でトップクラスなのである。
今でもクラスの前をうろちょろする、もしくはクラスメイトの誰かに話しかけつつ露骨に女子達を観察しだす生徒がいるのに、それに拍車をかけるのは面倒以外の何ものでもないわけで。
転入生が来たという事実はどうやっても隠し通すことは出来ないのだが、それまでに友情による防波堤の構築をしておかなければ、被害はどこまでも広がってしまうのである。
少し出ていって、テレビ中継などで見る犯人を連行する時みたいに、制服の上着で転入生を護衛しに行ってやろうか!とか思っていたら、ガラリと扉が開いた。
まずは緊張の面持ちで校長が入ってきた、あのトンデモない安定感を有した紳士が緊張を露にしている事に驚き、そしてその驚きがあまりに瑣末な度合いだったことを思い知らされた。
やってきたのは天使だった。
勿論比喩だが、比喩じゃないと思えるほど浮き世離れしていて、どうにも現実味がわかない。
そしてそのよく訳の分からない存在は教壇に立ち、教室を見渡して言った。
「ボクの名前はサーシャ・オルテンシア。これからよろしくね、皆」
転入生は百億ドルはくだらない笑顔を振りまき、流暢な発音で美声を震わせて、ごく普通の挨拶を済ました。その瞬間チャイムが鳴る。
チャイムが鳴ってしまった事による奇妙な間、オルテンシアってどこかで聞いたな…なんて気もそぞろに転入生を見ていると、目が合ってしまった。
ぞわりと背筋が凍りつく感覚。
柔らかい淡い金糸の髪に青い大きな瞳、すっと通った鼻梁に薄くて艶やかな桃色の唇、肌なんて雪のように白くて肩まで伸びた髪の対比で首とか色が映えてめっちゃセクシー。
こんな至高の芸術品みたいな綺麗な小顔を未成熟然としたシルエットに乗せるとか…神様はよほどこいつの事を好いているらしいな。
まあ、凍りついた背筋はこの世のものとは思えない美しさによっての物ではなく、ある致命的な予感からの物なのだけど。
この時点で俺は気付いてしまっていたわけだ。
どうやら俺のさっき感じた感覚は正常に働いた機能の結果で、凍る背筋を介して警鐘をガンガンに鳴らしてくれていたらしいと。
「ようやく会えたね、かーくん」
一瞬の間隙を縫うように小さく動いた転入生の唇、窓際最後尾にいる俺には音どころか見えるかどうかも怪しいそれを、何故だか俺は明確に捉えてしまった。
瞬間、急に降って湧いた現実味は、全身を硬直させ、大量の冷や汗をとめどなく分泌させてくれた。
「うぇるかむ、転入生」
不確定な将来に対するマイナス方面での絶対的確信を、気力を振り絞ってどうにか跳ね除けて小さく応える。
こうして今日この日を境に日常が終わり、どうしようもない非日常が始まったのである。
これからはメインヒロインとの絡みに重きを置いていきたいです。