04.出欠確認
当たり前の話だが、HRや授業は教師が来てから始まる訳で、それまでは自分の席周辺の学友と交友を深めるのが相場である。
ごくごく短い時間ではあるが、そんな短い時間だからこそ光る話術はある。
長く続きそうな興味深い話題をあえて選び、良い所で切り上げて次回に繋げるとか。
あまり話しかけない人間にアタックし、もし会話が途切れそうでも担任の到着にかこつけて気まずさを感じさせずに切り上げたりとか。
次の休み時間の話し種、撒き餌、伏線となるのだから、短いながらも決して無駄にしてはいけない時間なのである。
が、
「それにしても西野先生遅いわね」
「だなー、しっかしあの真面目な先生が五分遅れるって相当珍しいよな」
「チャイムが鳴って30秒以内にはいつも来てる人だから・・・何かあったのかもな」
こうも長い時間待たされてはいつも通りの会話になってしまうわけで、俺は委員長と後藤君の三人で朝の延長を続けていた。
そういえば先ほど言った話には注意事項が一つある。
それは強制力をチャイムという明確なリミットに求めるのではなく、教師到着という他人に委ねる形にした場合、着地点の修正が追いつかない事態が起こりうる。
そうした場合の迅速な判断力、対処法を前もって培い用意しておく必要があり、それでもなお火傷を負う可能性がある事を忘れてはならない。
誰ともなく脳内補完して戒めとく。
「休みや急な用事だったら別の先生を寄越すはずだし、些事だとは思うんだけど・・・呼びに行った方が無難よね」
言うと同時に腰を上げるその使命感と行動力よ。
だから一応、
「さすが委員長、この世の誰よりも委員長してると自負しているだけはある!」
「自負してないし副委員長だっての!それにこういうのは気付いて思い立った人間が行くものよ、役職とか関係ないんだから」
お決まりのキャッチボールが済み、完全無欠の優等生発言に満足した俺も委員長に合わせて立ち上がる。
「一人だと味気ないだろ、一緒にいちゃいちゃしながら行こうぜ」
すかさずの追撃である。
「絶対付いてくんな!絶対付いてくんなっ!」
二度も念を押されてしまったのでイチャラブは断念。
と、いつも通り+αのやり取りが終わると同時、教室の前の扉がガラガラと開いた。
噂をすれば影だな、と視線を交わして苦笑しあい、俺と委員長は席に着く。
そして視線を前にして驚いた。
「えっ、なんで?」
誰ともなく言ったセリフは、しかし誰のセリフでもあった。
入ってきたのはいつもやけに若々しい中年教師である西野先生だけでなく、異常なまでのダンディズムを醸し出す全校集会の挨拶の人、校長もいたのである。
校長は教壇の前に立ち、騒めく教室を見渡して、
「すまないね、少しだけ時間をもらうよ」
入学式で聞いて衝撃を感じていたが、凄まじいまでのバリトンボイスだな!
こんな声で語りかけられたら無条件で粛々と話、聞いちゃうよね。
「ごく限られた時間しかないので要件だけ伝えよう」
その言葉が既に勿体ぶっていると言ってはいけない。
人に聞く態勢を作らせる良い引きつけ方だと思う。
ノリの良い後藤君なんてごくりと唾を嚥下する分かりやすい反応を見せてくれている。
「急な知らせになるが、このクラスに転入生がやってくる事になった。
次の一時限目が始まるまでの時間を転入生の紹介に充てる事にする」
再びざわざわしだす教室。
まあ仕方ない。転入生イベントと聞いて騒がない学生はいないんだから。
男子なのか女子なのか、どこから来たのかどこまで出来る奴なのか、聞くべきことを整理しながら話は弾んで弾けて飛んでいく。
ざわざわという環境音がはっきりとした音声となる前に、それを止める人間は勿論居るわけで。
「はい皆、もう少しだけ我慢して。それで何で校長先生が来たのか聞かないと」
二度手を叩き、静聴を促すは委員長である。
校長がコホンとする前に、西野先生が制止をかける前に動けるのはこの人しかいない。
条件反射のようにはーいという声が上がり、すぐさま聞く態勢に入る。
それを見てようやくコホンと息を整える校長。
「このクラスで良かったと感じることが出来たのは私達にとって僥倖なのだろうね。
詳しく説明は出来ないのだが、至急言っておかなければいけない事が一つある。
それは転入生に失礼のない様にしなさい、という事だ。
私達の事情や背景もあるが、何よりも君達の為に」
重苦しい口調に見合った驚愕の内容だ。気になる点しかないとか何事だろう。
校長の言う私達とは?詳しく説明できない?転入生に失礼しちゃうと俺達がどうにかなる?等など。
色々な疑問が湧き出る説明は、まだ終わっていない。
「彼女自身については優秀であり、人格者でもある。
彼女からは多くのことを学べるだろうし、切磋琢磨しあえれば人生の大きな糧になるだろう。
だから大きな問題に発展する可能性は低いと思う、だが念の為にもう一度だけ言う。
和を持って彼女と接しなさい、私からは以上だ。唐突にすまなかったね」
そう言って校長は切り上げ、クラスの面々を優しげに見渡した後にすたすたと去っていった。
早々に切り上げたのは疑問詰問からの回避なのか単に仕事がおしていたのかわからないが、とにかくクラスメイトのほとんどに多くの疑問符を植え付けて校長は消えてしまったわけで、その解消に西野先生と件の転入生に皺寄せが行くのは目に見えている。
・・・というわけでもないのか、転入生に変に深いことを聞いて気にでも触ったならクラスの転属、果ては転校の可能性まであったりするかもなわけだから・・・。
クラスメイトの目が一斉に西野先生に向く。
人の良さそうな中年教師はいつもの溌剌とした雰囲気を潜めて、頭をかきながら苦笑。
「すまん、俺も今さっき話を聞いたところでな。その転入生にもまだ会ってない状態なんだ。
簡単なプロフィールは資料として貰ったが、内面はどういう生徒なのか、どういう理由で、どこから来たのか、どんな背景があるのか、詳細は載っていないから追追ということになる。
とりあえず簡単なプロフィールだけでも先に言っておくと、年はお前らと同じ12歳、性別は女子。
イギリス生まれのアメリカ育ちで、某名門大学を二年で主席卒業、その後いくつもの研究機関、開発室を渡り歩いては各所で実績を挙げ、大学の名誉教授として迎えられたり、有名な研究チームに名が載ったりしている。
・・・読んでいて現実味がないな。
しかしまあどういう事情があろうが、どんな奴であろうが、お前達と同じ一生徒としてやってくるわけだ。仲良くするか距離を置くかはお前達次第だ。
なに、何かあったら責任は俺が持つから、気楽に行こう」
そういって西野先生は快活に笑った。
自身も俺たち以上に色々と言われている立場だろうに、その不安や怖れを感じさせない教師魂には感嘆とする。
「それじゃあ出欠確認だけやるぞー」
少し大きめの声を出しながらタブレット端末を取り出し、何時ものように名前を読み上げていく。
その何時も通りの行動に日常が帰ってきた気がして、生徒たちにも活気が戻ってくる。
ざわざわと小声で話し出すクラスメイトに苦笑しながらも注意はせず、西野先生はゆっくりと出欠確認を済ましていくのだった。
次回メインヒロイン登場。