03.五分間
ほど良く時間が過ぎており、HRの開始まであと5分という所まで来ていた。
理央を撫でている間、手だけではなく頭の方もちゃんと働かせており、登校してきたクラスメイトに挨拶したり話したりと周囲の様子を伺っていた。
だからほとんどのクラスメイトが教室に着き、騒がしさの要因になったり要員になっている中、二人のクラスメイトがまだ教室に顔を見せていない事に気づいてはいた。
前の席であるクラスメイトは遅刻ギリギリ常習者なので気にも留めないが、隣の席が空いている事はかなり珍しい。
気もそぞろで自分の席に座り、気付けば隣の机を数秒ほど見つめていて、呟いてしまっていた。
そんな一連の動作がとても間延びしたものになるのは仕方がなかったのだ。
「委員長が遅刻とは・・・もう世界が終わるのか。短い人生だったな」
「なに馬鹿なこと言って」
「くそっ、委員長に告白しておけばよかった・・・」
「なぁっ」
「そこら相談に乗ってくれないか、委員長?」
視線を上げ、顔を赤くして固まっている委員長を見やる。
自分の席に座ろうという段階で委員長が教室に入ってくるのは視界の端に留めていたので、少しだけ演技をしたというわけだ。
硬直から立ち直った委員長はからかわれたと気付いたようで、こほんと小さく仕切り直しをする。
「何度も言うように私は副クラス委員で委員長じゃない」
俺と彼女の定型文の一つである挨拶を繰り出し、一区切り。
俺も満足したので突っ込まずに話題を出して場を進める。
「でもどうしたんだ?委員長がギリギリに来るって珍しいだろ」
「んー以前でも普通にあった事だけど、やり始めると止まらないたちは戒めないとだわ。
図書室に行って調べ物してたら夢中になっちゃって、気づいたらこんな時間」
やれやれだわ、とため息混じりに呟いた様が自然に決まりすぎて委員長マジ委員長という感じ。
で、そして委員長と呼ぶ云々のくだりを二回続けない所でも出来る女子っぷりを遺憾なく発揮していると言える。
実際委員長は出来る人間で、入試をトップで通過した才女であり、度量の広い器だが締めるところはきっちり締めれる人情家、義理堅く約束を違える事のない誠実な人となりを持ち、清濁が背中合わせであることを理解し、されど清廉で義侠心に溢れた心を忘れない高潔な人物である。
「そうなろうとは思うけど、何も実績を見せてないでしょうが。
本当に、からかうのも程々にしてよね」
なりたいと思うではなく、なろうと思うと言う。
この心のあり方の差異は小さいようで大きいと思う。
「誰に聴かせるでもなく言った説明にきっちり突っ込む委員長の生真面目さは好ましいと思う。
それに今日は委員長自身のせいで委員長をからかう時間が遅くなったんだからさ、その責任は負うべきだと思うんだが?」
「前半の優しい笑みと発言が後半で台無しだ!
すごい妄言を偉そうな口調とドヤ顔で言われたんだけどどうして処理してくれようっ」
矢継ぎ早の応酬が楽しくてしようがなく、その反応もやっぱり面白く、このクラスに居れる限りは見続けていたいと思う。
・・・って、そうだ。居れる限りって言うか、もう転校もしなくていいんだから、気にする部分じゃないのか。
そう思い至って、笑みが自然と深くなる。
「なに聞き流して笑ってんのよ!はなしを聞きなさいってば!」
「聞く聞く、委員長の怒ってる姿可愛いし、声も好みだからいくらでも鑑賞させてください」
「っぁ!
・・・こいつは、するりと恥ずかしげもなく真顔で言うからたちが悪い」
顔を真っ赤にする委員長を心の底から可愛いと思い、もっと見たいと追撃をかけようとして、
ガララッ
「おっはよーっぅす、後藤大輔ここに見参!」
キーンコーンカーンコーン
自己主張の激しい三重奏が響きわたり、シーンとなる教室。
まるでその一時の騒音に音を呑まれたような印象を受ける。
「あー一々HRで出席確認って面倒くせーよなー」
「俺も思う、クラス見渡せば誰がいないかすぐわかるのに点呼すんのな」
「それじゃあまた休み時間ねー」
「うんまたねー」
「あれぇ、北見さん?」
「いや、あの、これはですね、何かの策略でして、えっと、えーっと、とにかくそれでは!」
とクラスメイトが散りっていく。
我がクラス定番の光景です。
俺と委員長にとっては一時休戦の合図となっている。
俺に詰め寄っていた委員長もため息混じりにおとなしく席につき、HR後の授業の準備を始めた。
そして俺はというと前を向き、クラスメイトに挨拶をしながらやってきたやたら元気なムードメーカーである後藤君を迎える。
「おっはよー、最近調子どうでっかー儲かってまっかー」
「今日はまた古臭いノリ引っさげてきたな、とりあえずぼちぼちでんなー。
なんか時間かなり際どかったっぽいけど、今日も練習大変だったみたいだな」
後藤君は野球の特待生であり、仮入部もなにもかもをすっ飛ばしてもう練習に参加している強者である。
この学園の野球部はかなりの強豪で、厳しい練習を朝練終了時刻ギリギリまで行なっているらしく、その後の片付け、シャワー、着替えとなると教室に着くのが遅くなるのは仕方のないことである。
遅刻ギリギリは彼の怠慢ゆえではなく、むしろ皆より早く起きて厳しい練習を行なってる彼は賞賛に値する人物なのだと言っておく。
「そうなのよ、マジで千本ノックとか朝にしちゃうわけよ先輩方は。
あ、もちろん一人千本じゃなくて一球一球交代すんだけどさ、途中でこぼすとノルマが増えんのよ。
マジで身も心も疲れきるっての」
登校とHRまでの時間が他のクラスメイトの戦いの場となるが、彼の場合はHRでの会話が調子を上げるための前哨戦となるわけで、担任に怒られても懲りずに話しかけてくる。
とばっちりがたまに飛んでくるが、楽しいからいいやと割り切っている。
そんな風に後藤君と話しつつ、先生が来るまではたまに委員長がツッコミを入れてきてくれるこの風景もずっと見続けていきたいと願っている日常の一つであり、続けるための努力は惜しまない。
もちろん朝の短い時間でもこれだけ大切な時間があるわけで、この後の休み時間、昼休み、放課後の時間にもまだまだ大切な場面はある。
それを思い描いて心が震わせる自分がいた。
しつこいようですがまた断言しようと思う、この時間は平穏無事の幸せを甘受できていたと。
だからまだ断言する、そんな甘っちょろい時間はここで終わってしまったんだと言うことを。
前回と今回は一つだったのですが、長かったので分割しました。