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愛し上手と愛され上手  作者: 薬丸
日常生活
3/8

02.朝時間

 余裕を作り、環境に順応していくというのは新生活を始める上で非常に重要である事は言うまでもないことだろう。

 そして自身に対する信頼を築けていない思春期門徒である我々はまず何をしなければいけないか。

 それは自分はうまくやっていけるのだ!という希望と自信を作り出すための土台作りである。

 差し当っては今までの行動をなぞり、同じ小学校のコミュニティで固まって様子見。

 入学式から一週間頃に余裕が出来たら友達づくり、というのが普通の学校に通う生徒の基本ルートであろうと思う。

 そう、普通の学校であればの話。


 この桜籐第一学園は生徒数は3000人、一学年1000人を抱えるマンモス校であり、その八割強は他県から来ている。

 俺は他県ではないのだが、同県でありながら正反対の位置にある学校から来ており、むしろ隣県の方が近いよ!という有様である。ついでに言うなら同年代同学校の人間は一人もいない始末。


 まあつまりここで何が言いたいのかというと、スタートラインが厳しい事についてだ。


 新世界に対するクッションがないので、周囲を固めてから自分を作って新たな舞台の実感と相成るには少しばかり時間がかかる。

 が、手間をかければいいというわけでもなく、チャンスを見誤ればクラス内のコミュニティに所属できない事も充分に有り得る。

 そして学校開始二週間目ともなれば、コミュニティが出来始める時期である。今を逃して遅きに失すれば、人間関係において挽回が厳しくなる事は想像に難くないだろう。

 そんな悲惨な道を辿ることを本能的に皆理解し、忌避しているので、今現在でもぎこちないながらも必死に友達作りをしているというのが現状だ。


 故に一時間目が始まるまでの時間は、戦場となる。

 登校中、教室に入ってから、授業の準備をしだすまで第一戦は続く。


 まあ散々重要であり肝要でありと話してきたけど、やるとなれば余裕の無い状態を更にあっぷあっぷさせねばいけないわけで。

 空回りしてしまったり、怖気づいてしまったりとどうにも上手くいかない人間は多い。

 が、


「あっ、糸くず制服についてるよ、取ったげるー」


「おっ、サンキューエイミー」


「いえいえどーもー、そういえば昨日のMS見た?」


「おう見てたぜー、そういやエイミーが言ってた好きなアーティスト、昨日のMS出てたよな?」


「うん、だからずっと見てたよ!けど好きなアーティストが出るの後半でさ…もう!酷い引き伸ばしだ!ってちょっと怒りながら見てたよ」


 とかなんとか楽しく言葉を交わし、カクカクシカジカで会話を切り終え、互いに手を振って別れる俺と元気っ子エイミー。

 そのまま彼女は別のクラスメイトの元へ行き、談笑が始まる。


 この学校に通う人間って社交的な人多いよなーと思う瞬間である。

 しっかし元気っ子のエイミーと文科系クールビューティな北見さんの会話ってどんなんだろう?

 あんまし接点が見当たらないんだけど、楽しそうに笑ってるしなー。


 混ざりに行こうかなと腰を上げ、しかし話題が合わないと辛そうだと思い、素直に断念。

 けれど上げた腰を素直に降ろすというのは負けた気がして嫌なので、背筋を伸ばしながら周囲を見渡す。

 まだちらほらとしか来ていないクラスメイト達。

 まあ出欠確認開始まで20分あるから当然といえば当然で、通学の時間配分もつき始めてるし、10分前ぐらいにならないと教室は騒がしくならない。


 という事で手持ち無沙汰の暇人です、立たせた体を持て余してます。

 なので悪いなーと思うけれど、窓際最前線の席にて、日直の仕事を早々に終わらせて寝こけそうになっている理央にちょっかいをかけに行く事にする。

 机に身体を預け、右頬を天板に引っ付かせて目を瞑り、陽の光を存分に浴びて全力で弛っている理央。

 そしてその目を瞑った美少女に寄りきりの美少年に顔を近づけ、その耳元で囁いてみる。


「理央ー寝た?」


「ふふっ、くすぐったいよぉ」


「その反応は狙ったかのように素晴らしいな!けど起きてるのが残念だ…」


「ん、寝てたら何されてたのかな?」


「いんや、寝ても起きても俺のやることは変わんないよ?」


「ふふっ、なにそれ、けど寝てても起きてても変わらないなら抵抗は意味ないねー」


「そそ、抵抗は無意味だから大人しくしてなさい。

 しかし、完全に寝てると思ってたよ」


「ん〜半分寝てたかな。

 熟睡しないように頑張りつつ、気持ちいい微睡みを維持してるんだよ」


 1ーEのまったり和み系マスコットたる由縁が遺憾無く発揮されている事実におののきつつ、人の悪い笑を浮かべてみる。


「そうか、なら俺も熟睡しないように手伝おうじゃないか」


 とりあえず無防備な左頬をさわさわしたり、軽く摘んでみたりする。

 めちゃくちゃスベスベで柔らかい。

 さわさわ、つねつね、ふにふに。

 至高とか至宝とか言うありきたりな単語じゃこの一品がどれだけ素晴らしく、また希少価値が高いかを伝えることは出来ないし、ならばと手触りを思いつく限りの言葉で余すことなく正確に説明しようものなら日が暮れてしまうことは想像に難くない。

 ぴたりと言葉を言いはめる事が出来ない貧弱な語彙しか持ち得ない自身に軽い絶望を覚える。

 だからここはもう考えることを放棄して、珠玉の一品に酔いしれる事にする。

 さわさわ、つねつね、ふにふに。


「理央よーなんで止めないんだー永久に続けるぞ?」


「別に優しいし気持ちいいからいいよぉ。でも時間的に無理なのが残念だねー」


どうやら微睡みの気持ちよさで何もかもがどうでも良くなってしまっているらしい。

それじゃあ遠慮なしにチャイムが鳴るまで堪能させていただきますか。

そんな決定を下したところで後ろに気配を感じた。


 後ろを振り返れば北見さんが立っていた。

 簡略に事実を言えばそれだけのことであり、クラスメイトなんだからありふれた切っ掛けで教室のどこにいても何もおかしくはなく、状況だけ見ればクラスに置ける日常風景でしかありはしない。

 まあここでこんな説明を挟んでくるという事は、それはそういう事なわけで。

 簡潔に申し上げますと、異常事態です。


 普段表情をシニカルめな微笑で被っているクールビューティ北見さん。

 現時点においても怜悧な美人さんであり、ただ普通に会話しているだけでもその美貌と微笑みで奇妙なプレッシャーを男子女子問わず抱かせてしまう彼女。

 だけど大好きな読書を邪魔しない限りは普通に良い人なのである。

 世話好きで面倒見が良く、周囲を見渡せる冷静さを持ち、見識の高さと理解力の高さを伺わせる見事なハイソサエティ具合である。

 が、一つ欠点として不器用さが挙げられる。

 例えば表情を作るのが苦手であったり、声に感情を乗せるのが下手であったり。

 卒なくこなしすぎて親切が気づかれなかったり、気づかれたらむしろちょっと怖がられたりと不憫な人生を送ってきたそうだ。

 だけどそれを乗り越えようとしている芯強い少女であるし、その努力の成果もエイミーと気軽に話せていた事から報われつつあると言えよう。

 と、ここまで唐突な説明すれば分かるだろう。

 異常事態の原因は彼女です。


 見た目いつもと変わらないように見えるが、シニカルな笑みの端が少しだけピクピクしていたり、氷のような怜悧な視線が少しだけ熱を帯びて圧力を感じさせていたり、ちゃんと呼吸してるのか?と思うほどの冷静さを持つ呼吸機関が少しだけ荒々しかったりと、身体の部分部分が細微にておかしい。


 とりあえず目を閉じてすやすや幸せを享受している理央の邪魔にならないように、小声で北見さんに話しかけてみる。もちろん話しかけても俺の手は理央の幸せの手助けと自身の欲求の為に休まず働かさせているが。


「羨ましいでしょ」


 どうしたの?という心配する言葉ではなく、したり顔で自慢する言葉を選ぶ。

 普段の北見さんであるなら、

 別に。そんな事よりだらしないにやけ面で醜態を晒している貴方の能天気さの方が羨ましくなるわよ。

 ぐらいの台詞を、心を切り裂く侮蔑の笑みと背筋を凍らせる軽蔑の視線を容赦なく飛ばしてくるはずである。

 勿論、別に。から後半の台詞と表情云々は真っ赤なウソだけど。


 北見さんの実際の反応はというと、顔を少し近づけて口に軽く手を当て小声で、


「お願い、少し代わってくれないかしら?」


 ほのかに赤くなった顔と羞恥と期待に震える声で、クールビューティを現在進行系でぶっ壊している北見さんは言った。

 ので、


「嫌だよ」


 と小声にて朗らかに応えてあげた。

 あからさまにガーンとショックを受け仰け反る北見さんに思わず笑みが零れる。

 とりあえずその様子に満足したので、


「ごめんごめん、嘘嘘、理央ファンクラブの副会長に権限を譲渡します。

 けど交換条件。さっきエイミーと何を話してたのかを教えてくれるかな?言える範囲で構わないよ」


 今度は分かりやすく喜色満面の笑みを浮かべて、何度も頷いている。

 その側面を俺と理央以外の人間の前でも、上手く扱えるようになってもらいたい。そうすればもう一段上のステージに彼女は立てると思う。

 まあそれは理央とおいおい詰めていこう。

 ああそうだ、必要のない知識ではあるが、一応理央ファンクラブとは何かを説明しておくと、理央以外のクラスメイト全員が所属する理央を温かく見守ろうという有志の集まりである。適当で緩いファンクラブではあるが、理央を弄りすぎて困らせたりする御法度行為がなされた場合の団結力は目を見張るものがある。

 実例として調子が乗りやすい後藤君がパンイチで土下座をさせられるというトラウマ必至の事例があるが、愛するからこその愚行であったと誤解なく許容され、互いになんの後腐れなく今日に続いている。

 そしてそのファンクラブの二大巨頭であるのが俺と北見さんなわけである。


「別に気遣う話でもないわ、普通に音楽の話だったから」


「へぇー音楽かぁ、エイミー音楽好きだしおかしくないけど、音楽の趣味合うの?」


「英美はPOPカルチャーだけじゃなくて音楽全般が大好きな子だから。

 クラシックをよく聴くって話したら話が弾んで、今度おすすめのCDを貸し合いする約束もしたわ」


エイミーの趣味のもう少し踏み込んだ部分と、北見さんの成長具合を知れてそこそこの満足感。


「そっか、良い感じだね。

 もし良かったらだけど、お腹の底に響くようなのでお勧めなの聞かせてよ」


「ええ、それぐらいはお安い御用よ」


「では権利の移譲といきますか」


 笑顔で特等席を譲り渡す。

 恐る恐る指を伸ばし、触れた瞬間に幸せの境地にいるかのような表情を浮かべる北見さん。

 ぴくりと少しだけ理央が反応する。


「あれぇ、何か触り心地が変わった?」


「右手から左手に入れ替えたんだ」


「ああ、そうなんだぁ」


 そういって再び微睡みの奥地に迷い込む理央。

 ちょろすぎる。

 まあこの純真さが北見さんを救ったんだから、ケチをつける気はさらさらないんだけどな。

 それじゃあと北見さんに手を振り、席に戻る。



 また断言しようと思う。

 この時の俺はまだまだ安寧の内にあったと。

メインヒロインの登場はもう少し後。

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