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補遺——残火——

 ◇

「……リオンか」


 聞き馴染みのある声がして、ふと我に返る。辺りは耳が少し痛くなるほど静まり返っていて、ここが病室だと理解するのにそう時間はかからなかった。そして、目の前の寝台で横たわっているのが誰なのかということも。


「ああ。何回も来ちまって悪いな」

「別に構わん。ちょうど暇になったところだ」

「暇ってことはねえだろ。だって────」


 いつも、同じ部屋にいる子どもに神話を聞かせてやってるじゃねえか。そう思いながら彼の隣の寝台に目をやると、そこには誰の姿もない。ただ、強く握りしめられた跡のある毛布だけが残されていた。


「──────」

「昨日の晩だ。老若男女誰が相手でも、病気ってのは残酷なもんだな」


 この時になって、ようやく気が付いた。これは、つい最近の記憶だ。座長が亡くなるほんの少し前、こんな思いをした覚えがある。きっとその時の夢でも見ているのだろう。

 昔の夢だと分かったところで、無理に話の内容を変えたり、前とは違う行動を取ったりすることはできなかった。筋書きの決まりきった舞台のように、記憶と全く同じ会話が続く。


「……全く、俺は呪われちまってるのかね。家族を大事にしてこなかったからかもな」

「そんなこと……!」

「冗談だ。そんなに爺の戯言を真に受けるな」


 座長は老人というほどの年齢ではないのだが、その身体は衰弱しきっていた。見ている限りでは、話すのもやっとという具合だ。

 指先から身体が徐々に固くなり、動かなくなってゆく。それが、座長を襲った病気だった。医者の説明はよく分からなかったが、この時代では治ることのない難病らしい。この時は、顔と首のあたりだけが辛うじて動いている状態だった。素人から見ても、ここから回復する見込みがないことは明らかだ。

 初めて会った時、俺に差し伸べてくれたその手がもう少しも動いていないのを目の当たりにして、思わず目を伏せる。


「フォルスから聞いたぞ。お前、プロメテウスの役をやるんだってな」

「ああ。上手くできるか分からねえけど、精一杯やってみる。だから……」


 だから、座長も見に来てくれよ。途中で止めてしまったその言葉を最後まで言えていたなら、今抱えている後悔も少しは軽くなっただろうか。


「そう肩肘を張るな。月並みだが、楽しむことを一番に考えろ」

「……そうだな、そうする」

「ああ、そうしろ。緊張するだろうが、演劇は楽しいもんだ。ただ……夢中になりすぎるなよ。俺のようになっても責任は取れん」


 座長は自ら"灯火一座"を立ち上げ、つい最近病気が発覚するまでずっと演劇に打ち込んできた。自分が多くの人の喜びを生み出せることが嬉しくて、没頭し続けたのだという。しかし何年か経った頃、家族を顧みなかったせいで妻子に家を出ていかれてしまったらしい。彼はいつも自嘲するようにその話をしていた。


「何年か前、嫁の家族が殴り込んで来たことがあったな。そこで嫁の訃報を聞いて、息子もそれっきり行方知れずだ。生きてるなら、お前よりちょっと年上ぐらいか。本当に……我ながら碌でもねえな」

「……悪いけど、否定はできねえ」

「はっ、そりゃそうだ」

「でも……座長がそうじゃなかったら、きっと俺はここにいないよ」


 目の前にいる人を助けられない者に、多くは救えない。ただ、目の前にいる人を助けること────それが何よりも大切だ。傍にいた妻子を失ってから、座長はそう考えるようになったらしい。だから、行き場を失っていた俺に出会った時、彼は手を差し伸べてくれた。


「確かに座長を恨んでる人もいるかもしれねえけど……それでも、俺は感謝してる」

「……そうか」


 座長にとっては、ただの気まぐれだったのかもしれない。それでも、無力で孤独で、世界の全てが敵に見えていた頃、彼だけは俺の味方になってくれた。俺にとってはそれだけで十分だった。

 後悔ばかりの別れになって、それでも前を向けるのは、きっとこれだけは真っ直ぐ伝えられたからだ。

 強張った顔で微笑を浮かべる座長に追い出され、病室を後にした。そして————これ以降の筋書きは、俺たちには用意されていなかった。

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