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第四節——開演——

 やがて炎が消えた時、辺りの光景は元いた神殿に戻っていた。襲いかかってきた怪物も、意識を失う寸前に見た姿そのままだ。プロメテウスの言った通り、さっきの試練は現実の世界では一瞬の出来事だったのだろう。

 瀕死の状態で倒れていた俺にとどめを刺そうと、怪物が腕を振り下ろす。さっきよりも、ずっと動きが遅く見える。転がりながら身体を起こし、一撃を回避した。身体が自分のものとは思えないほどの速さで動く。受けた傷もすっかり消えて、何の痛みも残っていない。


『さて……お前は試練を乗り越え、私の"演者"となった』

「演者……?」


 プロメテウスの言葉を聞き返すうちに、怪物から次の一撃が飛んできた。しかし、やはり動きは遅い。引き下がって躱すと、狙いの外れた拳は易々と神殿の壁を打ち砕いた。

 ふとプロメテウスが宿っていた残骸の方を見るが、そこから声が聞こえて来る様子はない。むしろ、自分の内側から声が聞こえているような気がする。


『莫迦でも分かるように教えてやる。私がお前に与えた力は二つ、炎と未来視だ』

「なっ……馬鹿って言うな!」

『いちいち些事に気を取られるな、話を続けるぞ』

「こいつ……!」


 試練を乗り越えても、プロメテウスの物言いは変わらなかった。彼の人間に対する嘲りや不信感が根本的に消えたわけではないのだろう。だが、現にプロメテウスは俺に力を与えてくれた。少なくとも今は、その事実を信じるしかない。


『まずは炎の使い方からだ。手から炎を飛ばすようを念じてみろ』

「えっと……こうか?」


 彼の言う通りに想像しながら手のひらを怪物の方へ向けてみると、炎が思い浮かべた通りの軌道を描きながら手のひらから飛び出して、怪物の身体に直撃した。


「ギアアッ!!」

「ほ、本当に出た……!」


 プロメテウスが力を与えるのを躊躇っていたのも頷ける。これは、誰もが正しく使えるような力ではない。怪物の身体に痛々しく残った焼け跡を見て、思わず息を呑んだ。


「ギ……イ、アアアアアアッ!!」

「何だ!?」


 怪物が唐突に絶叫した。木々が音を立ててざわめき、辺りに渦巻く空気の流れが変わったような感じがする。その違和感の正体を掴みかねて周囲を見回してみると、木々の間からおもむろに二つの影が迫ってきた。目の前の怪物が、三体に増えた。


「仲間を呼んだ……!?」

『ほう。一見理性などないように見えるが、集団行動もできるというわけか。見た目よりも知能が高いか、あるいは……』


 敵が増えたにもかかわらず、プロメテウスは悠長に考えごとをしている。ようやく少し対処できるようになった脅威がさらに膨れ上がっているのに、彼は焦る様子を全く見せない。


「おい、こんな時に何考えてんだ!」

『こんな時だからこそだ。目の前の状況に囚われて平静を失えば、たちまち身を滅ぼしかねない』

「確かにそうかもしれねえけど……」

『そして、あまり見くびってくれるな。あの程度の敵に私が遅れを取ることはない』


 プロメテウスがそう言った直後、一斉に飛びかかってきた三体の怪物を薙ぎ払うように俺の右腕が勝手に動いた。いつの間にか炎を纏っていた拳が、奴らの皮膚を融かしながらまとめて吹っ飛ばす。


「今のは……!?」

『炎は自らの身に纏うこともできる。そして、その熱が身体に影響することはない。毒虫が自らの毒に斃れることがないようにな』

「いや、それより……俺の身体を操れるのか?」

『不可能ではない、と答えておこう。本来は神の在り方に反するから気は進まんが、お前が私の力を信じていないようだったからな。証明してやらねばなるまいと思ったまでだ』


 別に、プロメテウスの力を信じていなかったわけじゃない。危険な状況の中でも構わず考えごとに耽っていたのが信じられなかっただけなのだが、妙なすれ違いが起きてしまっているようだ。しかし、それこそ今考えている場合じゃない。怪物が立ち上がり、再び襲いかかってくる。

 プロメテウスは容易く一撃で薙ぎ払っていたが、三体の相手による攻撃は複雑で、無策では回避もままならない。プロメテウスが与えたというもう一つの力に頼った方が良さそうだ。


「なあ、さっき言ってた未来視ってどう使うんだ?」

『これは私の名、先に考える者(プロ・メテウス)に由来する力だ。故に、この名そのものを発動の合図としている。未来を視る対象を念じながら、名を呼んでみろ』


 プロメテウスに言われるがまま、三体の怪物のことを思い浮かべてみた。心なしか、彼らの動く軌道がうっすらと線になって見えてきたような気がする。さらに目を凝らしてそれを注視するような想像をしながら、神の名を叫んだ。


「プロ・メテウス!!」


 一体二目体は三目右体は腕目胸はに俺の火に正傷を面傷に負がって立あってるいいるる。他正面傷のにの立怪ない物つ左のと腕状傷口で態に攻から反撃を撃す考をえる受たてけめもるにから、こち一、ら体の右側目を正の取面反ってから対く最る側の短がか距離自ら然で攻だ来る撃してはくるずだろだう。


「ぐああああッ!?」


 思考がぐちゃぐちゃに混ざりあって、雷で撃たれたように熱い痛みが頭に走る。目の前まで迫ってきた怪物たちの攻撃をほとんど反射的に避けながら、必死で引き下がって距離を取った。


「な……何なんだこれ!」

『未来視と言ったが、その実ただの思考にすぎない。当然、人間のそれとは比べ物にならぬ精度だが、その分負担も大きくかかる。人間の脳などに真っ当に耐えられるものではあるまい』

「それッ……先に言えよ!」


 さっきまでプロメテウスは俺の考えや行動の全てを先回りするように話を進めていたのに、ここにきて急に突き放されたような気分だ。しかも、状況としては最初よりもずっと危険なのに、一体こいつは何を考えているのだろうか。


『先に言ってしまっては、お前が今この力を試すことはないだろう。そして、この力のことを理解しないままこの場を切り抜けようとする』

「それは……もちろん、知ってたら使わないだろ」

『そして次に危機が訪れた時、今よりもさらに余裕のない状況の中でお前は実際に使ったこともない未来視を頼みの綱にする。違うか?』


 言われてみれば、確かに自分でもそうするような気がする。プロメテウスはその後起こるであろうことをあえて口にはしなかったが、彼の言った通りの未来を辿ったとしたら、俺はきっと無事では済まないだろう。


「……言いたいことは分かったよ」

『今は失敗しても問題ない。だから私は何も言わず、お前が自ら力を試すよう促した。だが……それもそろそろ十分だろう』


 プロメテウスがそう言うと、身体がさらに軽くなるのを感じた。目の前の敵を倒しにかかれということらしい。一度攻撃を受けたからこそ、はっきりと分かる。今なら、正面からぶつかっても勝てる。

 プロメテウスがしたように、拳に炎を纏う様子を思い浮かべた。彼のように上手くはいかなかったが、しっかりと炎が拳全体を包んでいる。それをそのまま怪物の身体にぶつけ、力いっぱいに殴り飛ばした。怪物は背後の木に激突した後、力尽きたのかその場で動かなくなった。


「よし!」

『ふむ、上々だな』


 勢いに乗じて、二体目の怪物に狙いを定めた。今度は遠距離から火の玉を飛ばして牽制し、徐々に距離を詰めてゆく。熱に耐えかねて怪物の防御が緩んだ隙に、炎を纏った拳を真っ直ぐ叩き込んだ。怪物の胴体に風穴が開いて、奴はそのまま力なく崩れ落ちた。自分の身体が燃えているのに、全く熱くない。そんな不思議な感覚にも、ようやく少し慣れてきた。


『リオン、後ろだ!』

「ッ!!」


 振り返ると、残った一体の怪物が腕を大きく振りかぶっていた。身体の動きだけでは避けきれない。咄嗟に目の前の怪物に向かって腕から炎を放ち、反動で後ろに引いた。少し落ち着いたところで、寸前まで迫っていた危機を改めて実感し、鼓動が速まる。


「あ、危ねえ……!」

『悪くない応用だ。だが、油断はするな』

「ああ、次で倒す!」


 一息に距離を詰め、怪物が振り下ろした腕を戻す前に胴体めがけて蹴りを叩き込んだ。想像を遥かに上回る速さで足が動き、時間の流れに対して錯覚を起こしそうになる。怪物がよろめきながら引き下がったところへ、畳み掛けるように拳を突き出した。炎を纏わせるまでもなく、風を切りながら放った拳は怪物の顎から上を消し飛ばし、その命を奪い去った。

 結局、俺はプロメテウスの力に振り回されたまま危機を乗り越えた。怪物を倒した実感が全く湧かず、プロメテウスが声をかけてくれるまでただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


『終わったぞ、次はどうする?』

「そうだ、皆のところに戻らないと……!」


 自分が助かっても、皆に被害があったら意味がない。俺を追いかけているフォルスと合流して、他の仲間や観客の無事を確かめなければ。そう思って劇場へ走り出した時、近くで小枝が折れる音がした。フォルスが追いついてきたのかもしれない。


「フォルスか!?」


 音のした方へ身体を向けると、無数の糸が凄まじい速さで飛んできた。回避する間もなく激流のような勢いで迫る糸を押し返すことはできず、近くの木に叩きつけられるようにして全身を縛りつけられてしまった。

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