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プロローグ

「お前……アタシのヒミツを誰かにばらしたら、ぶっ殺す!」


 学校帰りの商店街の路地裏で、雲岳(くもいだけ) 千里(せんり)は、クラスメイトの野木篠(のぎしの) 彩芽(あやめ)に胸倉を掴まれ、つま先立ちで持ち上げられていた。

 彼女の鋭い目つきは、まるで獲物を仕留める獣のようだ。長くウェーブのかかった髪が揺れ、制服のスカートを短めに着崩した姿は、不良グループ「紅鬼女」のリーダーらしい凄まじい迫力を放っている。だが、彼女の声には、ほんのわずかな震えがあった。


「ま、まって!?ヒミツってなんのことだ!」


 千里は必死に叫び、眼鏡がずり落ちそうになる。心臓がバクバクと暴れ、頭は混乱していた。


「お、お前、見たんだろ!あ、アタシが読んでたものを!!」


「えっ……あっ!?」



 遡ること数分前。

 千里は、今では珍しい個人商店の古びた本屋に立ち寄っていた。用を済ませ、店を出ようとしたその時、奥の棚に隠れるように立ち読みする彩芽の姿を見つけた。


 彩芽がレディースの頭であることは知っているので、関わらないようすぐに去ろうとしたのだが、いつもと違う彼女の様子が気になった。彩芽は、何かの本を持ち、中身を確認しながら、頬を微かに赤らめ、目をキラキラさせている。その姿は、いつもの威圧的な「紅鬼女」の総長ではなく、ただの夢見る少女だった。


 その時、古くなっていた店内の電球がチカチカと瞬き、彩芽はうっとうし気に顔を上げた。そこに、隅に隠れていたはずの千里の姿があった。


 彩芽の手がビクッと震え、反射的に持っていた本を隠そうとする。その勢いで、彩芽のカバンが積み置きされていた本にぶつかり、大きな音を立てて雪崩のように崩れた。


「っ!」


 慌てて散らばった本を拾い集める彩芽。さらに千里の視線が自分に向けられていることに気づき、彼女は焦燥に駆られる。彩芽は、レジ横に置いてあった大き目のバイク雑誌と、棚に積んである適当な小説を、表紙も見ずに摘んで、自分が読んでいた「それ」を覆い隠すように抱え込んだ。


 しかし、時すでに遅し。千里の目は、彩芽が抱えていた本の何冊かをしっかりと見ていたように、彩芽は思う。

 明らかに彼の目が大きく見開かれたのが彩芽にもわかる。だが、彼は彩芽と関わりたくないのか、そそくさとその場を離れようとする。


 彩芽は「ちょ、まっ……」と言いながらも、散らばった本を几帳面に拾い、揃えて元の場所に戻してから、千里を追いかけようとする。しかし、「それ」だけはそのままにできず、レジに衝動的に代金を叩きつけて会計を済ませると、急いで彼の後追って路地裏で千里を捕まえたのだ。


 そして、話は冒頭に戻る。

 千里は、苦しそうに顔をゆがめながら、彩芽に言う。


「もしかして、ヒミツって……さっき拾っていたバイクの本のこと?ウチの学校がバイク禁止だから?」


 彩芽は一瞬、言葉を詰まらせた。


「……え、バイク?……あ、ああー、そうだよ、そ、そうそう。変に学校にチクられたらめんどくさいから――」


 彩芽が動揺しつつも、どうにか辻褄を合わせようとする。


「あとは、ちょっと野木篠さんにしては珍しい本を拾ってたけど――」


「見てんじゃねえか!いいか、絶対に言うんじゃねーぞ!!」


 彩芽の焦った叫びに、千里は事態を察する。


「……僕は君がたまたま落ちた本を拾ったとした思ってなかったんだけど……もしかして、君は()()()()()が好きだったの?」


「ぐっ……」


 そう、彼女が必死に隠そうとした本の中には、バイク雑誌のほかに、明らかに彼女の普段のキャラとはそぐわない本があったのだ。

 彩芽は、自分が千里にさらに力を込めて詰め寄る。


「お、お前、雲岳だよな? アタシの前の席の暗いヤツ、覚えてんぞ! いいから絶対に言うな。もし噂が立ってただけでも……お前をシメる」


「わ、わかった……もともとそういうことを言いふらす気はないから!」


 千里の必死な返事に、彩芽はここでようやく落ち着き手を離す。ようやく普通に地面に足をつけた千里は、何度か咳き込むと慌ててその場を去っていった。


 彩芽は、一人残された路地裏で舌打ちをした。周りに誰もいないことを何度も確認した後、カバンから一冊の本を取り出す。

 彼女が手にしている本の表紙には、いかにもな少女漫画タッチのイラストで、抱き合う男女の描写が載っていた。


「くそ、あんな奴に知られるなんて、今日は厄日だ……」


 野木篠 彩芽――レディース『紅鬼女』の二代目総長。

 好きな物――バイク、可愛いもの、そしてこってこての甘い恋愛小説。

 推し作品――空梨ちさと作:『星屑の誓いをもう一度』。


 彼女の秘密は、不良のリーダーらしからぬ、この少女趣味であった。




 しばらくして千里は、もたつく足を懸命に走らせて、家に帰ってきた。

 後ろを振り返るが誰もいない。さすがに追いかけてはこなかったようだ。

 玄関に入るその時まで、心臓が早鐘を打ち続けていた。


「まさか、野木篠さんが、なあ……」


 リビングでは、大学に通いながら小説家として活躍している姉の杏香が、すでに帰宅していて、ノートパソコンで原稿を書いていた。


「千里、おかえりー、母さんは少し遅くなるってさ」


「わかった。……あ、姉さん。今日、クラスメートが()()()()()()()()()を買おうとしてたみたいだよ。女の子なんだけど」


「えー……そうなん?珍しいね。まあ、最近じゃ珍しくないか。」


 そう、千里の姉である杏香は、小説家である。それもかなり売れっ子である。

 話を聞いた杏香は、なんとなしにノートパソコンの脇にある、最近出たばかりの自分の新刊を手に取った。

 そこに書かれていたタイトルは――


『【剣聖】の弟子だった俺が、なぜか魔法の才能を開花させて世界最強に至る~美少女亜人ちゃんハーレムを添えて~』


「……今回、だいぶ表紙も肌色強めなのにねえ……イラストの道産子ちんしゃぶろう先生、ノリノリだったから」


「表紙を見せつけるようにしながら大事そうに抱えてたから、相当好きなんだろうね」


 千里は、彩芽があの時、バイク雑誌と姉の小説を必死に抱え込んでいた姿を思い出す。

 彩芽が恋愛小説を隠すために、バイクの本と一緒に、とっさに手に取った小説――それが、千里の姉が書いている男性向けハーレムラノベであった。


 千里は、彩芽のあの必死な形相は、このハーレムラノベのような萌え系作品を読んでいるという、不良らしからぬ趣味を知られたくなかったからだと、深く思い込んでいた。可哀そうに、彩芽は千里の中では隠れ萌えオタと認識されてしまったのである。


「……それにしても、ファンは嬉しいけどファンレターが来るたびに複雑だわ」


「それは僕だってそうだよ」


「ああ、千里、心の窓出版の編集さんから連載用の原稿を早くって連絡あったよ。どうせまたメールみてないんでしょう」


「げっ」


 そして、千里もまた――高校生ながら小説を書いている、学生作家であった。


 彼は部屋に戻り、机の上のノートパソコンを立ち上げた。急いで残りを書き上げなければならない。

 ドキュメントソフトが立ちあがり、彼の書いている小説のタイトルが表示される。

 そこには、大きな文字で、こう書かれていた。


 【空梨 ちさと作 『星屑の誓いをもう一度』 第六十二話】


 と。

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