第8話 辺境へ、新たな仲間
王都を発つ朝は、思ったより静かだった。
修繕の槌音はまだ響いているが、昨日よりも軽やかだ。市民が互いに声を掛け合い、子どもたちが小さな荷を運ぶ。瓦礫に花を挿す女たちの姿もあった。
俺は城門前で荷を整える。符束と薬草、乾いたパンと干し肉。ノコは尻尾を振りながら俺の足元をぐるぐる回る。
「出ていくのか」
背後から声がした。レオンだった。鎧は手入れされ、顔に疲労は残るが、瞳は以前より澄んでいた。
「俺には椅子はいらない。必要なのは布と針だ。次は辺境を縫う」
レオンは拳を握りしめ、短く頷いた。「必ず追いつく。俺も」
昔の彼なら虚勢だったろう。だが今の声は、仲間の誓いに近い。
俺は返事をせず、ただ頷いて門をくぐった。
*
北西の街道を進む。
道は森と丘を抜け、やがて湿地へ入る。瘴気はないが、獣の気配が濃い。
「辺境は危険が多い。あなた一人で……」
リュミナが不安そうに言った。
「一人じゃない。ノコがいる」
犬が吠えると、リュミナは少し笑った。
「それでも……私も行く。癒やし手の役目は戦場だけじゃない。旅もまた、人を癒やす」
彼女の声に、迷いはなかった。
俺は肯いた。「好きにしろ。だが、危険は多いぞ」
「補助師に比べれば、癒やし手も地味でしょう?」
冗談を返す彼女の目が、どこか強い光を帯びていた。
*
二日目の夜。焚き火の光の中、ひとりの男が現れた。
背に大きな荷を負い、頭巾を被った旅人。年は俺より若そうだ。
「怪しい者ではありません!」
慌てて両手を広げる。「学舎を追われた見習いです。行く先もなく……どうか、一晩だけ」
焚き火の影に照らされた顔は、真っ直ぐな瞳をしていた。
リュミナが首を傾げる。「学舎を?」
「魔導学院です。僕は……術式を作るのが得意でした。でも、派手な魔法を撃てない。先生たちには“使えない子”と言われて……」
その言葉に、俺は苦笑した。
またか。どこにでもいる。派手さに隠れて見えない“縫い手”の存在を、誰も知らない。
「名は?」
「カイルと申します」
「俺はアレン。補助師だ」
一瞬、彼の目が輝いた。
「補助師……! 噂は聞いたことがあります。縁の下の魔導士、影の糸を扱う者……本当にいたなんて!」
リュミナが笑う。「噂より実物はもっと地味よ」
俺は肩を竦めた。「行き先は辺境だ。厳しい旅になる」
「お願いします。僕を連れていってください! 必ず役に立ちます!」
その声は真剣だった。
ノコが近づいて匂いを嗅ぎ、尻尾を振った。犬は正直だ。
「……いいだろう。ただし条件がある」
「はい!」
「自分の術を誇るな。仲間を誇れ。できるか?」
カイルは力強く頷いた。
*
三人と一匹の旅が始まった。
夜明けの道を歩きながら、俺は空を見上げる。
十二柱の影はまだ遠い。だが、仲間は増えた。
糸は少しずつ、強くなる。
(のんびり暮らすために――俺はまた縫い始める)
森の奥で、次の舞台が待っていた。




