第7話 縫い跡の街
王都の夜明けは、いつも鐘の音から始まるはずだった。
けれど今、鐘楼に吊された鐘はひび割れ、ただ冷たい鉄の塊となっている。
代わりに聞こえるのは、人々のざわめき、修繕を始める槌音、子どもの泣き笑い。
戦は終わった――だが、街はまだ震えていた。
*
「アレン、こちらを」
リュミナが布を差し出す。血に濡れた俺の腕を、ためらいもなく包もうとする。
「自分でやる。……補助師は、縫うのが仕事だ」
冗談めかして笑ったが、彼女は真剣な顔で首を振った。
「あなたは人の傷を縫える。でも、自分の傷は……わたしが縫う」
布が締まり、滲む痛みが薄らぐ。ノコがその様子を心配そうに見上げ、尻尾をちょんと叩いた。
少し離れた場所で、レオンとガイルが市民に声をかけていた。
勇者の名はまだ人々に響く。だが、その隣に立つ俺の名は、知られていない。
それでいい。舞台に名が刻まれる必要はない。布の裏で縫い目がしっかりしていれば、表の模様は美しく見えるのだから。
*
昼前、王城からの使者が来た。
緋色の外套をまとった老人――宰相オルフェンだ。王に次ぐ権力を持つ男が、自ら瓦礫の広場に足を運ぶとは。
「補助師アレン、と申されたか」
白い眉の下の目は、鷹のように鋭い。
「ああ」
「王は汝の功績を讃え、騎士団長に次ぐ地位を……」
「断る」
即座に遮った。
広場が一瞬、静まり返る。レオンでさえ言葉を失った。
「俺が欲しいのは椅子じゃない。王都が自分で立てるように“型紙”を渡すだけだ」
宰相の目が細められる。怒気ではなく、探る光。
しばしの沈黙のあと、彼は頷いた。
「ならば、王命として求めよう。王都を守る術を、形にして残せ」
「わかった。だが条件がある」
「ほう」
「王都だけじゃない。辺境にも、鉱山にも、港町にも。暮らす人々の祠を直し、水路を繋ぎ、避難の道を刻む。そのための自由をくれ」
宰相は口元に皺を寄せ、やがて静かに笑った。
「自由は重いぞ、補助師」
「針と糸は重くない。だが、布を繋がなければ人は裸だ」
その返しに、老人はさらに目を細めた。
*
夕刻。
修繕が進む街を歩くと、子どもが石畳に落書きをしていた。
黒柱が立っていた跡を、白い粉でなぞり、そこに花を描いている。
「ここ、もう怖くないよ」
笑う声に、大人たちも足を止める。
俺は胸の奥でひとつ糸を結んだ。
まだ十二柱の影がある。調律師は必ず戻る。
だが――今日、王都の人々は“自分で祈りを重ねる力”を見せた。
補助は影で十分だ。
人が自らの歌を取り戻せるなら、それを縫う糸になる。
ノコが吠えた。尾を振り、次の道を示すように。
「行くか」
俺は頷いた。
のんびりと暮らすための旅は、まだ続く。
影で縫い、拍を揃え、暮らしを守る。
――十二柱が立ち上がる前に、世界を“縫い直す”ために。




