第5話 勇者と補助師
中央広場は、かつての華やぎを失っていた。
石畳はひび割れ、噴水は泥水を噴き上げ、露店の布は瘴気に焼かれたように穴だらけだ。
そのど真ん中に――黒柱と、勇者レオンがいた。
黄金の髪は煤で汚れ、鎧の輝きは鈍くなっていた。
それでも彼の背筋は真っ直ぐで、握る聖剣はまだ光を宿している。
だが、その光は……俺を見つけた瞬間、激しく揺らいだ。
「アレン……!」
声には、苛立ちと安堵が混ざっていた。
「来たか。遅いぞ!」
昔と変わらぬ言葉の棘。
だが今、その裏に縋るような必死さが透けていた。
「遅れたのは、お前らが俺を追い出したからだろ」
俺は冷ややかに返した。
「それでも来たのは、王都を守るためだ。勘違いするな。俺はお前を助けに来たんじゃない」
レオンは歯を食いしばり、何かを言いかけたが――その瞬間、柱が低く唸った。
刻線が赤く脈動し、地面から霧喰いが十数体、這い出してきた。
「来るぞ!」
ガイルが剣を構えた。リュミナは祈祷の言葉を唱え、ノコが低く唸る。
俺は符を三枚、空中に散らす。
「《補環・連携加速》!」
光の糸が仲間を繋ぎ、動きが呼吸のように一致した。
ガイルの剣が唸り、ノコの牙が閃く。
リュミナの癒やしは、負傷の瞬間に届く。
レオンが目を見開いた。
かつて自分が「地味だ」と切り捨てた補助が、戦場を変えていく様を。
「……これが、お前の力か」
「今さら気づいたのか?」
俺はさらに符を切る。「《補環・斥霧結界》!」
広場を覆う霧が押し返され、視界が開ける。
その一瞬の隙を、レオンが逃さなかった。
「はああああッ!」
彼の聖剣が閃き、三体の霧喰いを一薙ぎにした。
剣光が柱に届き、ひびを刻む。
だが――
「浅い!」
俺が叫ぶ。
柱の刻線は逆に輝きを増し、瘴気が奔流のように噴き出した。
広場全体が揺れ、耳を裂くような咆哮が響く。
柱の根元が割れ、そこから“何か”が姿を現した。
人の形をした影。
だが顔はなく、胸には空洞がぽっかりと開いている。
「……柱の守護者か」
俺は息を呑む。
ただの魔獣ではない。式そのものが人型をとり、意思を持って動いている。
影の守護者がレオンへ突進した。
聖剣が受け止めるが、膂力は人のものではない。
火花が散り、レオンが押し込まれる。
「ぐっ……!」
俺は符を放ち、声を張った。
「《補環・堅牢化》!」
光の膜がレオンを包み、剣と影の衝突を支える。
重圧が分散され、レオンは一瞬息をつけた。
「助けてやったぞ、勇者」
「……っ、借りは返す!」
レオンが踏み込み、影を押し返す。
だが影の空洞が震え、そこから瘴気の刃が無数に噴き出した。
雨のような黒い光線。
「全員、下がれ!」
俺は符を十枚、まとめて噛み切る。
血を媒介にした強化補助――
「《補環・連環防壁》!」
光の壁が幾重にも立ち上がり、黒い刃を受け止める。
火花と霧が弾け、耳鳴りが響く。
広場の石畳が砕けても、防壁は折れなかった。
その背後で、兵士たちの叫びが聞こえた。
「押し返している!」「持ち直したぞ!」
――そうだ。
補助は縫う。
仲間の力を、街の希望を、糸のように繋いで。
俺は防壁を保ちながら、レオンを見据えた。
「決めろ、勇者。俺は縫い続ける。舞台に立つのは、お前だ」
レオンの目が燃え上がった。
聖剣を握る腕に力が戻り、歯を食いしばって叫ぶ。
「――行くぞォォォッ!」
聖剣が閃き、影の守護者へ突き立つ。
柱が再び呻き、刻線が裂ける。
だがまだ終わらない。
空に立つ三本の柱のうち、これはただの一本にすぎない。
残りの二本が、同時に轟音を上げた。
王都の空が――裂けた。




