第4話 王都の影
王都へ近づくにつれ、空は濁った色を帯びていった。
街道を渡る風が、ほんのりと鉄の匂いを含んでいる。焚き火の煙でも、馬糞でもない。――瘴気の匂いだ。
ノコが鼻を鳴らし、低く唸った。
ガイルは外套の裾を掴み、言葉少なに歩を速める。
「王都は……どうなっている」
問う俺に、彼は目を逸らした。
「見るがいい。あと半刻で城壁が見える」
*
城壁が視界に入ったとき、息を呑んだ。
白亜だったはずの壁は灰色に曇り、上空には黒い線が柱のように立ち上がっている。霧の筋が塔を呑み、旗を腐食させ、空気を震わせていた。
「三本……?」
リュミナが杖を握る。
確かに、瘴気の柱が三つ、王都の三方を囲むようにそびえていた。南門の手前で馬車が立ち往生し、荷を捨てて逃げる人々が群れを成す。
「三つとも、同時に……」
俺は呟き、足を止めた。
柱が三本立つなら、ただの偶然ではない。拍の取り合わせで“合奏”するつもりだ。王都そのものを呑み込む大規模な式。
「勇者隊は?」
俺の問いに、ガイルが苦く笑った。
「レオンは中央の柱へ向かった。セラは北、ミレイユは東。……そして俺は、戻された。『呼んでこい、アレンを』と」
その名を聞いたとき、胸がひりついた。
捨てた者たちが、また俺を求める。
だが怒りは湧かない。代わりに、妙な静けさが心に広がった。
「俺が行くのは、レオンの柱だ。ガイル、お前は案内を」
彼は頷き、剣を握り直した。
*
南門を抜けた瞬間、街の景色は一変した。
市場の屋台は倒れ、果物も肉も腐汁を垂らしている。
人影は少なく、見えるのは徘徊する霧喰いばかり。
ノコが飛びかかり、符の光で強化された牙が一体を粉砕する。
俺は即座に印を重ねた。
「《補環・結界展開》!」
広場に光の網が走り、逃げ遅れた子どもと母親を包み込む。
リュミナが駆け寄り、傷を癒やす。
「ありがとう……!」
母親の声は震えていたが、光に照らされ、恐怖は和らいでいった。
その姿を見た瞬間、俺は改めて確信した。
――補助は、決して無駄じゃない。
守るべきものはここにある。
*
やがて、中央広場が見えてきた。
石畳を割ってそびえる黒柱。
その根元に、レオンの姿があった。
鎧は傷だらけ、剣は霧を浴びて鈍っている。
だが彼の目は、まだ燃えていた。
「アレン……!」
レオンがこちらに気づいた。
その声には、怒りも嘲笑もなかった。あるのは、助けを乞う必死さだけ。
「来い! 俺にはお前が必要だ!」
広場を覆う瘴気が、耳を裂くように鳴った。
黒柱の刻線が、不気味な光を帯び始める。
俺は一歩、踏み出した。
怒りではなく、復讐でもなく。
ただ、この街を守るために。
補助師の糸を、再び紡ぐために。




