第27話 第二楽章・影の合唱
嵐が鎮まった直後、広間に不気味な静けさが落ちた。
だが、それは安堵の間ではなく――嵐の後に訪れる“合唱”の予兆だった。
壁一面に刻まれた譜面が光を帯び、影人たちが一斉に立ち上がる。
その数は、百でも千でも数えきれない。
顔なき影が仮面を持ち上げ、口のないはずの顔から声を発した。
――合唱。
低い声、高い声、嗄れた声、澄んだ声。
すべてが混ざり合い、広間全体を揺らす重低音の海へと変わっていく。
「これが……“影の合唱”……!」
リュミナの顔が蒼白に染まる。
「世界中の声を模倣している……!」
カイルが符を掲げ、必死に耳を塞いだ。
「アレンさん! このままじゃ、僕らの声が掻き消されます!」
セイルが剣を構える。
「声を奪われれば、縫うことすらできん。ここが正念場だ」
*
調律師の杖が宙を薙ぐと、合唱がさらに強まった。
影人たちの足元から譜面が浮かび上がり、波のように押し寄せてくる。
声の奔流。
音に呑まれた者はそのまま影の一部になる。
「止める……!」
俺は血で符を刻み、叫んだ。
「《補環・共鳴縫合》!」
仲間の声を束ね、糸で広間全体を縫い上げる。
だが、圧倒的な数の声が押し寄せ、糸はすぐに震え始めた。
(このままじゃ、俺たちの声が負ける……!)
*
その時、ノコが吠えた。
ただの獣の声――けれど、その響きは広間にいる誰よりも強く真っ直ぐだった。
リュミナが目を見開く。
「そうか……声は人だけじゃない。
生きているすべての存在が、旋律を持っている!」
俺は頷き、ノコの声を糸に重ねた。
「そうだ……人の祈り、符の力、影の抗い、獣の叫び――全部を束ねる!」
カイルが符を差し出し、セイルが影を注ぎ、リュミナが祈りを重ねる。
俺は血で巨大な印を刻み、声を張り上げた。
「――《補環・大合唱縫合》!」
光と影と祈りと吠え声が一つに編み込まれ、広間を覆った。
影人たちの声が次々と乱れ、合唱の波が軋む。
「なに……!」
調律師の仮面が揺らぐ。
「影の合唱を……縫い変えた……だと……?」
*
広間に新しい合唱が響いた。
それは影の嘆きではなく、人と獣と影を縫い合わせた調和の旋律だった。
壁の譜面がひび割れ、仮面の記譜士たちが次々と崩れ落ちる。
だが、調律師はまだ立っていた。
杖を高く掲げ、仮面の奥から低く告げる。
「よかろう……ならば“第三楽章”に移ろう」
天蓋が裂け、宮廷全体が震えた。
影の都の鼓動が、より大きく鳴り響く。
戦いは、ついに最終局面へ向かおうとしていた。




