第24話 影の宮廷と、調律師の姿
大指揮者を縫い潰した後も、影の都は静まらなかった。
黒い天蓋の奥からはなお低い鼓動が続き、街路の譜面は脈動をやめない。
俺たちは荒れ果てた広場を抜け、さらに奥へと進んでいった。
石造りに見えるが、触れれば影が揺れる宮殿。
それが「影の宮廷」だった。
都の中心にそびえる黒い城。譜面を模した柱が何十本も並び、音符のような窓が並ぶ。
「ここが……」
リュミナが息を呑む。
「影の都の中心……」
セイルが外套を翻し、低く言った。
「この先に“調律師”がいる。俺の故郷であり、俺が裏切った場所だ」
カイルが符を握りしめる。
「いよいよ本丸ってことですね……」
ノコが吠え、宮廷の大扉を睨んだ。
*
宮廷の中は、異様な静けさに包まれていた。
壁には巨大な譜面が描かれ、階段の一段ごとに旋律が刻まれている。
歩くだけで音が鳴り、進むごとに旋律が重なっていく。
「まるで……歩みそのものが曲になってる」
カイルが呟く。
「罠だ」
セイルが言う。
「ここを歩く者の心拍と声を記録し、“調律”に組み込むための」
俺は足を止めた。
心臓の鼓動が階段に刻まれるのを、確かに感じた。
(これ以上は……奴の舞台に呑まれる)
「俺の糸で縫って進む。みんな、声を合わせろ」
符を刻み、印を描く。
「《補環・歩調縫い》!」
仲間の声と俺の糸が階段を覆い、旋律の罠を縫い止めた。
その隙に俺たちは宮廷の奥へ進んだ。
*
やがて、巨大な広間に辿り着く。
天井は見えないほど高く、壁一面が楽譜のような模様で覆われている。
その中央に――調律師がいた。
黒い外套、白い杖。
顔は仮面に覆われ、表情はない。
だが、その存在だけで空気が震えた。
「……来たか、補助師」
低い声が広間に響く。
「糸で旋律に抗う異端。だが、縫い目は必ず解ける。曲は完成へ向かうのみ」
「完成させれば、人は影に呑まれる」
俺は睨み返した。
「俺は縫う。人の声を繋ぎ、影も光も布にする」
調律師が杖を振ると、広間全体の譜面が光った。
影人が壁から溢れ出し、旋律を叫びながらこちらに迫る。
「……試そう。お前の糸が、この曲に耐えられるか」
*
俺は符を切り、血で印を刻む。
「《補環・全縫合》!」
光の糸が仲間を繋ぎ、影人の群れを押し返す。
リュミナの祈りが流れ、カイルの符が響きを増幅し、セイルの影符が敵を縛る。
ノコが先頭で吠え、群れを切り裂いた。
だが調律師の旋律は圧倒的だった。
杖が振られるたび、壁の譜面が音を放ち、俺の糸を切り裂く。
(これが……調律師の力……!)
血を吐きながらも、俺は歯を食いしばった。
「まだだ……まだ縫える!」
仲間の声が重なり、広間に新しい旋律が響いた。
調律師の仮面が、初めてわずかに揺らいだ。




