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第18話 記譜士の追跡と、影の旋律

 黒い市は潰えた。だが、調律師の従者――記譜士は逃げた。

 その事実が、勝利の余韻を薄くする。


「必ずどこかで次の“旋律”を刻もうとするはずだ」

 セイルの言葉に、俺は頷いた。

「記譜士を追う。奴を放っておけば、瘴芽はまた生まれる」


 リュミナは疲れた顔で杖を握りしめる。

「でも、相手は調律師の配下よ。簡単には捕まらない」


 カイルが拳を握る。

「僕の符で残留瘴気を辿れます! 影の旋律を記録したなら、必ず痕跡があるはず」


「頼んだ、カイル」

 俺は仲間に視線を向ける。

「これは追跡戦だ。影を縫い止めるより難しい。全員、覚悟して臨め」



 森を抜け、荒れた街道を進む。

 カイルの符が淡い光を帯び、残留する旋律を指し示す。

 その光は時折震え、まるで見えない糸がどこかに張られているようだった。


「……聴こえる」

 セイルが立ち止まる。

「影の旋律だ。低く、重い拍が続いている」


 耳を澄ますと、風の中に微かな調べがあった。

 楽器ではない。人の呻きが繋がったような旋律。

 それが、胸の奥をざわつかせる。


「記譜士は旋律を刻んで進む。足跡代わりだ」

 セイルが告げる。

「追えば追うほど、俺たちの心も影に侵される」


 リュミナが険しい目をする。

「アレン、あなた……大丈夫?」


「縫えるさ」

 俺は短く答えた。



 やがて峡谷に入った。

 そこで俺たちは、記譜士の痕跡を見た。

 壁一面に黒い譜面が刻まれていたのだ。


 音符に似た印が並び、影が滴るように流れている。

 近づいただけで頭がくらみ、視界が揺れた。


「これが……影の旋律……」

 カイルが震える声で呟く。


 セイルが短剣を抜き、印を切り裂こうとした瞬間――譜面から影が躍り出た。


 人の姿をした影。だが顔は譜面の記号に歪み、音符の口で叫ぶ。

 耳を裂くような音が響き、兵士たちが耳を塞いで倒れた。


「幻影と音の呪いだ!」

 俺は符を切る。


「《補環・耳縫い結界》!」


 光の糸が耳を覆い、仲間を守る。

 だが俺の耳にはなお微かに旋律が残り、心臓を揺らしていた。


(これは……危険だ。聴き続ければ自分を見失う)


「アレン!」

 リュミナの声で我に返る。

 ノコが影に飛びかかり、カイルが符で旋律を乱す。

 セイルの短剣が黒い譜面を切り裂き、影は次々と消えていった。


 やがて、譜面は崩れ落ち、峡谷に静寂が戻る。



 だが、その奥に残された一枚の符があった。

 黒い紙に、震えるような旋律が刻まれている。


 俺が手に取ると、冷たい声が響いた。


『補助師……お前もこの旋律を奏でたくはないか?』


 幻聴か、記譜士の声か。

 だが確かに、その囁きは耳に届いた。


 俺は符を握りつぶし、息を吐いた。

「……必ず追いつく。調律師の旋律は、俺たちが縫い直す」


 仲間たちが頷く。

 影の旋律を追う旅は、ますます深みに入っていくのだった。

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