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第17話 黒い市と、影を求める者たち

 影の符を縫い止めてから数日。

 砦の兵や村人の間で「補助師が影すら縫った」という噂は広がり、人々の眼差しは希望と畏れの入り混じったものに変わった。


 だが、安堵は束の間だった。

 セイルがある夜、焚き火の前で低く告げた。


「この辺境に“黒い市”が開かれる。影の都の商人が、瘴気を道具として売買する闇市だ。調律師の手先も必ず来る」


 リュミナが眉を寄せる。

「瘴気を……売買?」


「人の影を刻んだ符、瘴芽の欠片、影喰いの骨。そうしたものを、力を求める者たちに流す。瘴気を力と見る者が後を絶たないからだ」


 カイルが震える声で言った。

「そんなものが広まったら、世界中が……!」


 俺は立ち上がった。

「その“黒い市”を潰す。放置すれば、瘴芽どころか人そのものが影に喰われる」



 黒い市は、森を抜けた峡谷の奥にあった。

 夜明け前、篝火に照らされた洞窟には、奇妙な仮面をつけた商人や、得体の知れない客がひしめいていた。

 骨を磨いた笛を売る者、瘴芽の粉を小瓶に詰める者、影を封じた鉄鎖を差し出す者……。

 人の欲望が、ここでは瘴気と同じ臭いを放っていた。


「ここが……」

 カイルが息を呑む。


 セイルは外套を深くかぶり、声を潜めた。

「騒ぐな。監視が多い。まずは調律師の手先を探せ」


 リュミナが警戒の眼を周囲に走らせる。

「どれもこれも怪しい顔ばかり……」


 俺は足を止めた。

 人混みの向こう、白い仮面を被った者が立っていた。

 調律師の使う“記譜士”――旋律を記録する従者だ。


「見つけた」

 俺は符を握る。



 だが、その瞬間。

 市の中央に置かれた石板が赤黒く脈動した。

 瘴気の波が広がり、客たちがどよめく。


「次の入荷だ!」

「瘴芽の欠片だ!」


 仮面の商人が叫び、布を外す。

 そこにあったのは――瘴芽の心臓。

 昨日砕いたはずのものに酷似していた。


「なっ……!」

 リュミナが目を見開く。


「瘴芽はひとつではない。無数に芽吹いている」

 セイルが低く呟く。


 記譜士が杖を掲げ、石板に旋律を刻んだ。

 瘴芽の心臓が脈動を強め、影が市全体に溢れ出す。


「くそっ、罠か!」

 俺は符を切り、叫ぶ。

「皆、声を合わせろ! ここで縫い潰す!」



 黒い市は戦場と化した。

 影喰いが客に襲いかかり、商人が悲鳴を上げる。

 兵士でもない者たちが次々と倒れ、混乱が広がる。


 俺は符を放ち、印を重ねた。

「《補環・声縫い》!」


 リュミナが祈りを響かせ、カイルが符を連結する。

 セイルは影の符を投げ込み、黒い鎖で瘴気を縫い留める。


 声と祈りと影の糸が重なり、市を覆う黒い波を押し返していく。


「まだだ……!」

 俺は血を噛み、最後の符を刻む。


「《補環・影光縫合シャイン・ステッチ》!」


 光と影の糸が交わり、瘴芽の心臓を貫いた。

 轟音と共に、心臓は砕け散る。


 黒い市を包んでいた瘴気は、霧のように消えた。



 静まり返る洞窟。

 人々は呆然と立ち尽くし、誰かが小さく拍手をした。

 やがてそれは波のように広がり、歓声に変わる。


 だが、記譜士の姿は消えていた。

 調律師の影は、再び深く潜ったのだ。


「これで……黒い市は散った」

 セイルが言う。

「だが、またどこかで開かれるだろう。影を欲する者がいる限り」


 俺は拳を握った。

「その度に縫い潰す。人の声で、必ず」


 ノコが吠え、仲間たちが頷いた。

 影との戦いは終わらない。

 だが、今日もまた一つ縫い目を刻んだ。

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