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第16話 影の符と、新たな試練

 セイルが差し出した黒い符は、冷たい気配を放っていた。

 指先で触れた瞬間、まるで氷の針が皮膚を刺すような感覚が走る。

 それは瘴気とは違う。もっと静かで、もっと深い――人の心の底に沈む影そのものだった。


「これが“影の符”か」

 俺は低く呟いた。


「扱いを誤れば、お前自身を喰らう」

 セイルの声は淡々としていた。

「だが使いこなせば、瘴芽を封じる力になる」


 リュミナが険しい目で睨む。

「そんなものに頼るなんて……危険すぎるわ」


「危険だからこそ、縫うんだ」

 俺は符を握りしめる。

「影を切り離すのではなく、縫い合わせる。そうすれば力になる」


 カイルが不安げに言った。

「アレンさん、本当に……大丈夫なんですか?」


「補助師はもともと、人の光と影の両方を縫う仕事だ」

 俺は自分に言い聞かせるように答えた。



 翌朝、俺たちは森の奥にある古い祠へ向かった。

 そこはかつて地脈を鎮めるために建てられた場所だが、今は苔むし、石像は崩れかけている。


「ここなら試せる」

 俺は符を取り出し、地面に置いた。


 セイルが口元を覆った布を少し下ろし、淡々と告げる。

「影の符は“影主シャドウ・ベアラー”を呼び出す。そいつを縫い止められれば、制御は可能だ」


「影主……?」

 リュミナが眉を寄せる。


「瘴気の副産物。人の影が形を得たものだ。お前自身の影が選ばれることもある」


 カイルが青ざめた。

「それって……つまり自分自身と戦うかもしれないってことじゃ……」


 俺は短く頷いた。

「縫う価値はある」



 符を割った瞬間、黒い靄が噴き上がった。

 祠の周囲に闇が広がり、地面に影が滲む。

 やがて、それは人の姿をとった。


 ――俺自身だった。


 血に濡れた包帯、疲れた目、震える指。

 「補助は無駄だ」と言われた日の俺が、そこに立っていた。


「……これが俺の影か」


 影の俺が嗤う。

「お前はただの繋ぎ糸だ。誰にも認められず、勇者の陰で消えるだけだ」


 胸の奥が疼く。

 リュミナとカイルが心配そうに俺を見る。


「違う」

 俺は低く言った。

「確かに、俺は陰の糸だ。だが、その糸があるから布は形を成す」


 符を掲げ、血で印を刻む。


「《補環・影縫止め》!」


 光の糸が闇を貫き、影の俺を縫い止める。

 影は抵抗し、呻き、やがてほどけるように消えた。


 残ったのは、掌の中で静かに光る黒い符。

 冷たさはあるが、先ほどのような棘はない。


「……縫えたな」

 セイルがわずかに目を細める。

「影を制御した補助師。お前は本当に稀有な存在だ」


 俺は符を見つめ、深く息をついた。

「これで……瘴芽を封じられる可能性ができた」



 夜、焚き火を囲む。

 カイルが興奮したように言った。

「アレンさん、あんな術、初めて見ました! 自分の影を縫い止めるなんて……!」


 リュミナは少し不安げだった。

「でも、無理をしているように見えたわ」


「無理はしていない。ただ……縫った痕は残る」

 俺は拳を握る。指先はまだ冷たい。


 ノコが寄り添い、温もりを与えてくれる。


(影も糸にできる――それは希望だ。だが同時に、俺自身を削る戦いになる)


 遠くでフクロウの声が響く。

 焚き火の光と影の境目で、俺は新しい試練を覚悟した。

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