第14話 総力戦、声を縫う歌
南街道へ向かう行軍は、砦の歴史で初めてのものだった。
兵士だけでなく、村人や子どもまでが列に加わり、荷車に物資や水を積み、歩調を合わせる。
誰もが恐怖を抱いていた。だが同時に――昨日までにはなかった「誓い」があった。
俺は先頭で符束を握りしめる。
リュミナは祈りを口ずさみ、カイルは符に新しい印を重ねている。
ノコは街道の真ん中を堂々と歩き、群衆の士気を引き上げるように吠えた。
*
村の跡地に辿り着いたとき、瘴芽はすでに巨大な塔のように育っていた。
昨日よりも脈動は強く、空に黒雲を呼び寄せている。
兵士たちがざわめき、村人が顔を伏せる。
「恐れるな」
俺は声を張った。
「お前たちの声が糸になる。祈りでも歌でも構わない。声を出せ!」
リュミナが祈りを先導し、カイルが符を掲げる。
その符は「共鳴式」を仕込まれており、群衆の声を拾い上げ、瘴芽へ響かせる仕掛けだった。
やがて、村人の一人が震える声で歌を口ずさんだ。
子守歌のような短い旋律。
それを子どもたちが真似し、兵士たちが重ね、やがて百の声、千の声となった。
声のうねりが空気を満たす。
俺は符を切り、詠唱する。
「《補環・声縫い(コーラス・ステッチ)》!」
光の糸が声と声を繋ぎ、瘴芽を覆う。
赤黒い脈動が揺らぎ、瘴芽が呻いた。
*
だが、瘴芽は黙っていなかった。
影喰いが数百体、地面から這い出した。
人の影、獣の影、鎧を纏った巨人の影まで。
「来るぞ!」
俺は叫ぶ。
兵士たちが剣を構え、村人が槌を握る。
ノコが突進し、リュミナの祈りが仲間を守り、カイルの符が結界を強化する。
それでも数は多すぎた。
影の巨人が兵士を踏み潰そうと迫る。
俺は符を十枚、まとめて噛み切る。
「《補環・連環防壁》!」
光の壁が立ち上がり、巨人の足を止める。
その隙に兵士たちが一斉に突撃した。
「うおおおお!」
声が揃う。恐怖ではなく、戦う誓いの声だ。
その声がまた瘴芽を縛る糸になる。
*
瘴芽が最後の抵抗を見せた。
赤黒い光が爆ぜ、空から黒い雷が降り注ぐ。
「皆、伏せろ!」
俺は印を刻み、血を媒介に最後の術を紡いだ。
「《補環・大縫止め(グランド・ノット)》!」
光の糸が天を走り、雷を受け止める。
声が響く。祈りと歌と叫びがひとつになり、瘴芽の脈動を裂いた。
――轟音。
瘴芽がひび割れ、赤黒い結晶が砕け散った。
群衆の声が歓声へ変わる。
瘴芽は完全に消滅した。
*
戦いの後。
村の跡地に再び人々の歌が響いた。
涙を流しながら笑う者、抱き合う者。
リュミナは疲れた顔で微笑み、カイルは感極まって符を握りしめていた。
ノコは泥に転がって腹を見せ、子どもたちに撫で回されている。
俺は空を見上げた。
黒雲は去ったが、遠くの地平にまだいくつもの影が揺らいでいる。
(十二柱……。今はその一つを潰したにすぎない)
だが、人の声が瘴芽を倒した。
これは確かな“縫い目”だ。
次もきっと縫える――そう信じられた。