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第14話 総力戦、声を縫う歌

 南街道へ向かう行軍は、砦の歴史で初めてのものだった。

 兵士だけでなく、村人や子どもまでが列に加わり、荷車に物資や水を積み、歩調を合わせる。

 誰もが恐怖を抱いていた。だが同時に――昨日までにはなかった「誓い」があった。


 俺は先頭で符束を握りしめる。

 リュミナは祈りを口ずさみ、カイルは符に新しい印を重ねている。

 ノコは街道の真ん中を堂々と歩き、群衆の士気を引き上げるように吠えた。



 村の跡地に辿り着いたとき、瘴芽はすでに巨大な塔のように育っていた。

 昨日よりも脈動は強く、空に黒雲を呼び寄せている。

 兵士たちがざわめき、村人が顔を伏せる。


「恐れるな」

 俺は声を張った。

「お前たちの声が糸になる。祈りでも歌でも構わない。声を出せ!」


 リュミナが祈りを先導し、カイルが符を掲げる。

 その符は「共鳴式」を仕込まれており、群衆の声を拾い上げ、瘴芽へ響かせる仕掛けだった。


 やがて、村人の一人が震える声で歌を口ずさんだ。

 子守歌のような短い旋律。

 それを子どもたちが真似し、兵士たちが重ね、やがて百の声、千の声となった。


 声のうねりが空気を満たす。

 俺は符を切り、詠唱する。


「《補環・声縫い(コーラス・ステッチ)》!」


 光の糸が声と声を繋ぎ、瘴芽を覆う。

 赤黒い脈動が揺らぎ、瘴芽が呻いた。



 だが、瘴芽は黙っていなかった。

 影喰いが数百体、地面から這い出した。

 人の影、獣の影、鎧を纏った巨人の影まで。


「来るぞ!」

 俺は叫ぶ。


 兵士たちが剣を構え、村人が槌を握る。

 ノコが突進し、リュミナの祈りが仲間を守り、カイルの符が結界を強化する。

 それでも数は多すぎた。


 影の巨人が兵士を踏み潰そうと迫る。

 俺は符を十枚、まとめて噛み切る。


「《補環・連環防壁チェイン・ウォール》!」


 光の壁が立ち上がり、巨人の足を止める。

 その隙に兵士たちが一斉に突撃した。


「うおおおお!」

 声が揃う。恐怖ではなく、戦う誓いの声だ。


 その声がまた瘴芽を縛る糸になる。



 瘴芽が最後の抵抗を見せた。

 赤黒い光が爆ぜ、空から黒い雷が降り注ぐ。


「皆、伏せろ!」

 俺は印を刻み、血を媒介に最後の術を紡いだ。


「《補環・大縫止め(グランド・ノット)》!」


 光の糸が天を走り、雷を受け止める。

 声が響く。祈りと歌と叫びがひとつになり、瘴芽の脈動を裂いた。


 ――轟音。

 瘴芽がひび割れ、赤黒い結晶が砕け散った。


 群衆の声が歓声へ変わる。

 瘴芽は完全に消滅した。



 戦いの後。

 村の跡地に再び人々の歌が響いた。

 涙を流しながら笑う者、抱き合う者。

 リュミナは疲れた顔で微笑み、カイルは感極まって符を握りしめていた。

 ノコは泥に転がって腹を見せ、子どもたちに撫で回されている。


 俺は空を見上げた。

 黒雲は去ったが、遠くの地平にまだいくつもの影が揺らいでいる。


(十二柱……。今はその一つを潰したにすぎない)


 だが、人の声が瘴芽を倒した。

 これは確かな“縫い目”だ。

 次もきっと縫える――そう信じられた。

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