第13話 砦への帰還と、新たな策
南街道の瘴芽に敗れた帰路は、重苦しかった。
兵士たちは肩を落とし、カイルは悔しげに唇を噛みしめて歩く。
リュミナだけが前を見据え、倒れかける者を支え、励ましの言葉を投げていた。
ノコは静かに群れを導くように先頭を歩き、時折振り返って俺を見た。
砦の門が見えたとき、兵士たちの足が速まった。
だが、胸を張る者は誰一人いなかった。
「戻ったか」
門の上から砦長が声をかける。
俺は小さく頷いた。
「……瘴芽を潰せなかった。柱になるのは時間の問題だ」
砦の広場に戻ると、人々の顔に落胆が広がった。
だが、俺は深呼吸して声を張った。
「敗けた。だが、終わりじゃない」
兵士や村人の視線が集まる。
「瘴芽は成長している。だが、あれは“縫える”はずだ。次は勝つ。そのために策を立てる」
*
夜、砦の作戦室。
卓の上に南街道の地図を広げ、リュミナ、カイル、砦長が集まった。
蝋燭の火がゆらめき、皆の影を壁に揺らす。
「普通の結界や祈りでは、瘴芽の成長を止められません」
リュミナの声は冷静だった。
「強すぎます。根源から断たなければ」
「根源……つまり、地脈か」
俺は地図の線を指でなぞった。
南街道の下には古い水脈が流れている。王都で“水路転調”を使ったときと同じだ。
「瘴芽は大地の力を吸っている。ならば、その流れを変えればいい」
カイルが顔を上げた。
「僕の術式で符を束ねれば……地脈を操作する補助の持続時間を伸ばせます!」
「だが、瘴芽の防御は厚い」
砦長が唸る。
「兵だけでは持ちこたえられまい」
「なら――人々を巻き込む」
俺ははっきりと言った。
「村人も、兵も、皆の“声”を縫う。祈りでも、叫びでもいい。音を合わせれば、瘴芽の旋律を乱せる」
沈黙が落ちた。
だがリュミナが頷いた。
「可能です。人の声は、魔に抗う力になる」
カイルが勢い込む。
「僕、符に“共鳴式”を組み込みます! みんなの声を拾って、増幅して――!」
「よし」
俺は拳を握った。
「次の戦いは総力戦だ。砦全員で瘴芽を縫い潰す」
*
翌日。
砦の広場に人々が集まった。兵士も村人も、子どもまでが不安げに見守る。
俺は壇に立ち、声を張った。
「昨日、俺たちは敗けた。瘴芽は強く、仲間が傷ついた」
ざわめきが広がる。
「だが――今日、俺たちはひとつになる。補助の糸はみんなの声を縫う。祈りでも、叫びでも、歌でもいい。お前たちが出す声すべてが武器になる」
沈黙の後、誰かが小さく「やれるさ」と呟いた。
やがて別の者が「守ろう」と声を上げる。
その波は広がり、広場にざわめきが満ちていった。
(これでいい。人の声が揃えば、瘴芽の旋律は乱れる)
俺は符束を掲げ、宣言した。
「南街道へ向かう。――次は必ず、縫い潰す!」
ノコが吠え、砦の人々が声を合わせた。
敗北の夜は過ぎ去った。
今度こそ、勝利を縫い取る。