第12話 南街道の瘴芽と、初めての敗北
砦を発って三日目、俺たちは南街道に辿り着いた。
森を抜けると、かつて賑わっていた街道沿いの村が姿を現す。だが今は廃墟だ。屋根は崩れ、井戸は枯れ、畑には黒い斑点が広がっている。
「……ここに、瘴芽が」
リュミナが呟き、杖を握りしめる。
空気が重い。影が濃い。
やがて、村の中心にそれは見えた。
――瘴芽。
前回のものよりも遥かに大きい。既に半ば柱へ成長しかけ、赤黒い光を脈打たせていた。
「速すぎる……!」
俺は息を呑んだ。
「普通なら数日はかかるはずだ」
カイルが顔を強張らせる。
「調律師が、加速させているんじゃ……」
答える間もなく、瘴芽から影喰いが溢れ出した。
前よりも大きい。鎧を纏った兵士の影や、翼を持つ鳥の影までもが。
「戦うしかない!」
リュミナが声を張る。
*
俺は符を切り、声を放つ。
「《補環・連携加速》《補環・斥霧結界》!」
光の糸が仲間を繋ぐ。
ノコが先陣を切り、リュミナが祈りを重ね、カイルが術式を重ねる。
戦いは苛烈だった。だが――
瘴芽の力は想像以上だった。
影喰いをいくら倒しても、すぐに次が湧き出す。
結界が削られ、兵士たちの列が崩れる。
「アレン! 持たない!」
カイルの悲鳴。
「踏ん張れ! 縫い合わせろ!」
俺はさらに符を刻み、血を注ぐ。
「《補環・連環防壁》!」
だが、その瞬間。
瘴芽が強烈な脈動を放ち、俺の防壁を突き破った。
黒い衝撃波が広がり、砦から来た兵士たちが一斉に吹き飛ばされる。
リュミナが悲鳴を上げ、カイルが倒れ込む。ノコでさえ呻き声を上げ、地面に叩きつけられた。
「くっ……!」
俺は必死に立ち上がろうとした。
だが、足が震える。符はほとんど残っていない。血も流しすぎた。
(これ以上は……縫えない)
瘴芽は勝ち誇るように光を放ち、さらに大きく脈打った。
まるで「柱」になる瞬間を見せつけるように。
「アレン!」
リュミナが駆け寄り、俺を支える。
「撤退を……!」
俺は歯を食いしばる。
撤退――それは敗北だ。
だが今のままでは、本当に全滅する。
「……わかった」
俺は苦渋の決断を下した。
カイルと兵士を抱え、リュミナとノコと共に街道を離脱する。
背後で、瘴芽が嘲るように光を放っていた。
*
森を抜け、砦への帰路についたとき、誰も口を開かなかった。
敗北の重みが全員の胸を押し潰していた。
(初めて……負けた)
悔しさが胸を焦がす。
補助師は縫い続ける者――そう誓ったのに。
だが、今日だけは縫い目を残せなかった。
リュミナが小さく囁く。
「アレン……次は、必ず」
俺は頷いた。
次こそは、必ず縫い止める。
そのために、新しい糸を探さなければならない。
敗北は終わりではない。
――次の舞台の始まりだ。