第11話 辺境に広がる噂と、旅路の選択
瘴芽を砕いた翌朝、砦は活気を取り戻していた。
昨夜まで怯えていた兵たちが、今日は笑い合いながら城壁を修繕している。市井から集まった村人たちも手伝いに来て、木材を運び、石を積み、子どもたちまでもが泥だらけになりながら手を貸していた。
「アレン殿、昨夜の戦いは一生忘れません!」
顔に包帯を巻いた若い兵士が、俺に深々と頭を下げた。
「補助師の力、まさかここまでとは……」
「俺一人の力じゃない。みんなの声を繋いだだけだ」
そう返すと、兵士は一層感動したように目を輝かせた。
リュミナが肩をすくめる。
「そういうところが、逆に人を惹きつけるのよね」
カイルは新しく書いた術式を兵士に見せていた。
「ほら、この符を三枚繋げれば結界の持続が倍になるんだ! 昨日の戦いで学んだんだよ」
兵士たちは驚き、感嘆の声を上げる。
ノコはといえば、兵士から干し肉をもらって満足げに尻尾を振っていた。
*
だが、平穏は長くは続かない。
昼過ぎ、辺境の村から急報が届いた。
「南の街道沿いで、再び瘴芽が……!」
砦全体に緊張が走った。
人々は顔を見合わせ、恐怖の影が再び忍び寄る。
「まだ立ちはだかるのか」
俺は小さく呟く。
そのとき、砦の長が俺の前に進み出た。
「アレン殿、あなたにお願いしたい。辺境全域を巡り、瘴芽を断ってほしい。王都の援軍は、しばらく望めぬ」
リュミナが顔を上げる。
「放っておけば、辺境がまず食い尽くされるわ」
カイルも拳を握った。
「僕も行きます! 術式はまだ未熟ですけど、必ず役に立ちます!」
ノコが吠え、同意を示す。
俺は深く息を吸い、決断した。
「わかった。砦を拠点に辺境を巡ろう。瘴芽は必ず潰す。――調律師の曲が完成する前にな」
*
その夜、砦の広場で小さな宴が開かれた。
人々が歌い、踊り、粗末な酒を分け合う。
疲労と不安はまだ残っている。だが、それでも彼らは笑っていた。
「ねえ、アレン」
リュミナが焚き火の明かりの中で囁く。
「もし本当に“十二柱”が立ったら……どうする?」
「縫うさ」
俺は焚き火を見つめながら答える。
「どんなに大きな布でも、縫えないものはない。俺たちが糸を繋げば、必ず形になる」
その言葉に、リュミナは微笑み、カイルは拳を強く握った。
森の奥では、まだどこかで瘴気が蠢いている。
だが、辺境の人々の歌声がそれを押し返していた。
(のんびり暮らす道は、まだ遠い。だが――)
俺は空を見上げ、月明かりの下で誓う。
この旅は必ず、次の舞台へ繋がる。