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第10話 瘴芽の破壊戦と、調律師の影

 森の奥で脈打つ赤黒い光は、夜明けの太陽よりも不吉に濃かった。

 それはまるで、世界そのものが病巣を抱え、皮膚の下で腫れを作っているかのようだ。


 ――瘴芽。

 柱が生える前段階に現れる、瘴気の結晶。

 放置すれば一晩で柱へと成長し、街や砦を呑み込む。


「今日のうちに叩くぞ」

 俺は砦の兵士たちに告げた。

「瘴芽を倒せば、柱の芽は潰える。夜を越せば手遅れだ」


 怯える兵の目が、一瞬俺を見た。

 その中に迷いと恐怖、そして――僅かな希望がある。

 それで十分だ。補助師は縫い合わせるだけ。恐怖と希望の隙間を、糸で結ぶ。



 森へ向かう一行の先頭に、ノコが立った。

 耳をぴんと立て、鼻をひくつかせる。

 リュミナは祈りの杖を構え、カイルは符の束を胸に抱えている。


「瘴芽の周りには影喰いが集まる。数は多いが、連携すれば持つ」

 俺は短く説明する。

「カイル、お前の術式を見せろ」


「わかりました!」

 彼は符に自作の印を上書きし、空へ放つ。

 符は小さな光を帯び、互いに繋がり合って網を形成した。


「《連符繋ぎ》……僕の術式です。単体の符を“和音”みたいに束ねる」


 光の網が風に揺れ、森の瘴気をわずかに和らげた。

 俺は満足げに頷いた。

「いい。縫いの糸になる」



 森の奥――瘴芽が見えた。

 岩のような塊が心臓のように鼓動し、周囲の木々を黒く枯らしている。

 その根元に、影喰いが群れをなして蠢いていた。


「来るぞ!」

 俺は符を散らし、詠唱する。


「《補環・連携加速》《補環・斥霧結界》!」


 光の糸が仲間を繋ぎ、影の群れを押し返す。

 ノコが先陣を切り、カイルの光網がその背を護る。

 リュミナの祈りが絶え間なく流れ、兵士たちの震える足を支える。


 瘴芽から伸びた蔓が地面を裂き、兵士を絡め取ろうとした。

「《補環・切断補助》!」

 俺が糸を弾くと、レオンの剣でなくても兵士の刃が光を帯び、蔓を切り裂いた。


「すごい……!」

 兵たちが驚きと共に声を上げる。


(そうだ。剣は強くなくていい。縫い糸があれば、誰でも“切れる”)



 瘴芽が一際大きく脈打った。

 赤黒い光が弾け、周囲の影が一斉に立ち上がる。

 人の顔を模した影喰い。兵士を真似たような影。


「幻影か!」

 カイルが叫ぶ。


「惑わされるな!」

 俺は声を張り、糸を繋ぐ。

「仲間の声だけを聞け! 他は全部、切り捨てろ!」


 リュミナの祈りが兵士の耳を覆い、余計な囁きを遮断する。

 カイルの術が符を増幅させ、ノコが影の首を次々と噛み砕いた。


 俺は最後の符を噛み切り、血で印を描いた。


「《補環・縫止め一閃ラスト・ステッチ》!」


 光の糸が瘴芽を貫き、脈動を止める。

 岩のような塊が崩れ、黒い霧となって散った。


 兵士たちが歓声を上げる。

 辺境砦は救われた――かに見えた。



 その時だった。

 森の奥に、またあの足音が響いた。

 乾いた靴音。規則的な律動。


 黒外套の影――調律師が立っていた。

 白い杖が月光のように光を帯びている。


「……潰したか。瘴芽を」

 風のように低い声が届く。


 俺は睨み返す。「お前の曲はここでは鳴らない」


 調律師は首を傾げる。「曲は続く。十二柱――その一つを、今夜は譲ろう」


 そう言って杖を軽く振ると、森の闇が彼を包み込み、姿を消した。


 残されたのは、深い沈黙と、背筋に残る冷たい震えだけだった。


(やはり……あいつが仕掛けている。次はもっと大きな舞台を)


 俺は拳を握り、砦を振り返った。

 怯えていた兵士たちの瞳に、今は火が宿っている。

 縫い目は確かに強くなった。


 だが、戦いはまだ始まったばかりだ。

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