幸せな朝食
食堂は自動ドアだった。珍しい。
転ばないように足元を見ていた顔を上げた瞬間、私の目が輝いた。
(うわぁ……!最高……!)
前方に色とりどりな食べ物、後方に席がある。
私は皿を一枚手に取り、一歩踏み出した。ディーも隣に並ぶ。このまま邪魔になってクラスメイトの感動を奪おうなどと考えた。
(これ、全部食べていいんだよね…?)
思わず息を呑んだ。
普段なら私は朝はそんなに食べないが、ここでは自由だ。
そばに置いてあった大きなスプーンで、スクランブルエッグを入れる。皿の中でふわっと広がった。
私は自動ドアが開く音を聞いて、ベーコン用のトングを手に取りながらディーに話しかけた。
「ディー、私の隣にずっといなくても良いんだよ?」
「俺が伊澄の傍にいたいだけだから気にしないで。」
「へえ」
その笑顔が健康に良い。
少女漫画のヒロインなら、『え…意識しちゃう…!ドキドキ♡』となるのだろうが、私は目の前のビュッフェのほうがドキドキする。愛してるぜビュッフェ。
私は目を見張るようなスピードで皿に盛りつけ、1枚目の皿はいっぱいにした。
隣を見ると、ディーもデザートのほうを見ていた。
「とりあえず持っていこう。どこに座ろうか?」
「前から3番目の席にしよう、追加しやすいし」
私たちは皿を席に置いた。そして、主食コーナーに向かう。
ふわりとしたご飯を椀につぎ、海苔を1パック手に取る。パンはあとで取ろう。
味噌汁も持って、テーブルにそっと置く。ドリンクは水だ。
(……よし)
私の技術力が高いおかげで、量は控えめに見える。
ディーと向かい合わせで座り、私は箸を手に取った。
「いただきます。」
ご飯を一口。
ああ……
良いお米ということしか分からない。
私は海苔のパックを開けて、そのまま1枚食べた。
海苔はご飯無しでも無限に行ける。塩の味が良い。
ソーセージを噛んだ。ぷちっとした肉汁が口の中に広がる。
(……あ)
皮がぱりっとしたこの鮭の塩焼き、好きかもしれない。脂がじゅわりとしている。
「ふふっ」
「ん?」
ディーが笑顔だった。
「いや…幸せだなって。食べてる伊澄も可愛い」
「ありがとう…?」
私はサラダを食べ終えると、立ち上がった。そして、一直線にパンコーナーへと歩む。
クロワッサン、ピザトーストを1つずつトングで掴んだ。
クラスメイトがどう座っているのかちらりと見る。
成宮さんは男子たちと一緒だ。天使はりんごジュースらしきものを飲んでいる。
いつものように友達と食べている人もいれば、一人の人もいる。
担任がどこにいるかは探さなかった。
席に戻り、まずはクロワッサンを口に入れる。
バターの香りが心地いい。思わず口元が緩む。
食べ終えた私は、ピザトーストをじっと見つめた。
トースト全体に広がった黄色いチーズ。一部カリっと焼けていて、食べる前から「美味しい」が分かってしまう。
その上には、輪切りになったピーマンとウインナー、コーン。
一口噛むと、「サクッ」という音がした。口の中に『幸せ』が広がる。
ディーはというと、ガトーショコラを食べていた。
私は再度立ち上がり、今度はスイーツを求めに行った。
平たくて白い四角い皿に、小さく切り分けられたケーキが均等に並べてある。たくさんの種類があるそれは、私の心を躍らせた。
真四角のチョコレートケーキを2つ、大きなイチゴが乗ったタルトを1つ。
まあこれくらいにしておこうかと思う。
方向を変えて歩き出そうとした時、スカートに違和感を感じた。
(え……?天使の子供…?)
成宮さんが召喚した天使・ルアが私のスカートの裾をおずおずと掴んでいた。
(面倒くさ……)
こめかみがピクピクしそうになるが、笑顔を作って話しかける。
「…どうかしましたか?私に用があるのですか?」
「あ…えっと…その…」
私からぱっと手を放し、ルアが視線を泳がせる。昨日とは全然違う様子だ。
「………」
早く言えよ。
私はケーキを食べて、ディーの傍にいたいんだ。
「…何もないのでしたら、失礼しますね。」
「あ…!」
ルアの目にじわりと涙が浮かぶ。
私は驚くと同時に、ため息をつきたくなった。
…泣けば自分の要望が通るとでも?
私は子供のころから人前で泣いたことなんて一度もない。最終的にみんな、泣いている子の味方になった。
また、私が悪者になるのか。
そそくさとその場から逃げようとすると、目の前に人影が現れた。
「伊澄から離れろ」
ディーがルアを冷たい目で見下ろしていた。
「ほら戻れ、早く早く。俺の伊澄に近づくな」
「え…え…?」
ディーはルアを方向転換させると、私に向かってにっこりと微笑んだ。
「戻ろうか」
「…うん。ありがとう。」
私がディーと歩き出したとき、背後から声をかけられた。
「成瀬!他人に優しくできないのか!?」
…担任だ。私はどう対応するべきか迷ったが、取った行動は………
無視。
聞こえないふりで行けるか?
ディーが笑いを堪えている。おい、笑うな。
私は椅子に座った。そして、チョコケーキにフォークを沈ませた。
(あぁ…やっぱり美味しい。)
不快感が失せた。また食べよう。
私は視界の左端に担任の姿を捉えた。
「成瀬!無視するな!おま…」
口を開いて私に怒鳴ろうとしていたが、ディーが指を振った。
担任が自分の席に戻る。横目で見ると、ぽかんとした表情をしていた。
クラスメイトが一瞬黙る。
私はタルトのイチゴを口に入れた。甘くて美味しい。
「ディー、魔法使えたんだね。ありがとう。」
「まあね、伊澄の役に立ったなら良かった」
担任は席を立ち、私に近づこうとしていたが、その度ディーに戻されていた。滑稽だ。
私はイチゴタルトを食べ終え、最後のチョコレートケーキに移った。
時計を見ると、7時30分。
あと10分で、デスゲームの説明が始まる。
楽しみなようで、どこか怖い。
最後の一切れを口に運ぶと、私は紅茶が入ったグラスを傾けた。
テーブルには『食べ終わった食器はそのままにしてください』という紙が貼られている。
それまでディーと雑談をした。




