2:メイドですわ!
「というわけでブッチするので学園には適当に言っておいてくれる?」
「えぇ……。とりあえず体調不良でよろしいですか?」
「さっすがグレタ! 解ってますわね!」
王都の屋敷に到着し、ちょっと一息。
学園に出発した私が急に帰って来たことで驚き、飛んできた彼女。私お付きのメイドであるグレタにそう言います。あとついでに頭を下げてもらって顔全体をわしゃわしゃ。
あぁ、やっぱ犬系の獣人さんの毛並みは最高……。耳だけの人寄り獣人さんもいいですが、グレタみたいなワンちゃんが2足歩行してるタイプの獣寄り獣人さんも良いですわよね。グレタ、その毛並みに顔埋めていいかしら? お腹出して!
「おやめください。……ですが何かありましたので? 先日から憂鬱そうにはしてらっしゃいましたが、わざわざ初日からお休みになるとは。」
「えぇ! 天恵が降りたの! ズル休みしようって!」
「……それは天恵なので?」
天恵ですとも!
私達が通う学園ですが、貴族教育の場でありながら『人質を保管し洗脳する場』という役割も持っています。
3年間。日本で言う高校生の時期だけにはなりますが、その期間中は子供が王家のおひざ元にいるのです。親御さんである貴族たちは滅多なことを起こせませんし、次代を担う若者たちに王家寄り教育を受けさせることで忠誠を植え付けることも出来ちゃいます。あと乙女ゲームのことを考えれば、将来のお相手候補探し……、とかもあるでしょうが、私みたいな高位貴族となるともっと幼いころに決まるのでこの件は置いておきます。
まぁとにかく、学園は『反乱防止及び矯正施設』の役割があるのです。そのためか、この王国の貴族の子供たちは必ずこの学園に通うことが義務付けられています。
(無論私もその一人ではありますが……、私は王子殿下の婚約者! つまり将来の王家! というか婚約結んでる時点で王家と公爵家はもうがっちり! 洗脳する側が洗脳を受ける理由などないのですわー!)
それに王都から長期間離れなければ、先ほど挙げた目的は果たせているようなもの! 厄介で面倒極まりない“婚約者”という役割ですが、ならばその分利用してやればいいだけのことっ! 制度的には駄目でしょうけど、その制定理由を考えればな~んにも問題ありませんわ!
「しかも、こちらの世界にも休学制度があります!」
「こちら?」
「えぇ! 『実家で領地経営を実践しながら学ぶ』という名目であれば休めるのです!」
王家は他国が攻め込んできた際に旗頭となって軍を率い諸侯を守る代わりに、各貴族から税を徴収しています。それで軍備を整えたり、経済を回しているのです。しかしその財源である貴族たちのお財布、領地が荒れてボロボロになれば入って来る税が無くなってしまいます。
学園で洗脳してたら領地経営できない雑魚貴族ばっかりになって税金取れなくなっちゃった……、となれば本末転倒! 故に制度としてしっかり存在しているのです! 一応学園の授業に領地経営関連のがあるのは『ゲーム知識』で知ってますが、実戦に勝るものはありませんからね!
「学園主催の舞踏会などはこれで欠席! あとは体調不良とか急病とかそういうので3年間乗り切ってやりますわァ!」
多分あっちから文句言われることはあるでしょうが、試験だけ別室とかで受けて点数出せば、後は家柄で押し切れるでしょう! 結婚する気なんて微塵もありませんが、今は王子殿下の婚約者にして未来の王妃なのです! あと普通に公爵令嬢! なんとかなるなる! というかする!
「あの、お嬢様? ご当主様にはどう……。」
「パパ上? あぁ『学校嫌だから行ってませんわー! でもやることはしっかりやってますわー!』って返せば大丈夫でしょ。パパ上私にゲロ甘ですし。」
「あぁ……。後お言葉が乱れております。」
あら、ごめん遊ばせ!
この身の父ですが、一人娘である私のことを溺愛してくれています。まぁ母上が早い時期に亡くなられておりますし、自身の顔は母とよく似ているとのこと。重ねて見られているのかは解りませんが、娘として強く愛してくださっていますし、私もそれに甘えています。
傍から見ればちょっと変な親子みたいですが、まぁ親愛の形は家族それぞれですから。おそらくというか確実に『私の為に王家との縁談を纏めた』パパ上には申し訳ありませんが、婚約はキャンセル。学校もキャンセルの方針で行かせてもらいます。
「ということで今日から3年間、この王都の屋敷に引きこもろうと思うのだけれど……。絶対飽きるわよね、グレタ。」
「自身としてはお嬢様の未来が心配でなりませんが、その通りかと。」
確かに不登校する分ある程度自身で勉学の方を進めなければなりませんが……、まぁこれは何とかなります。
これでも一応現代日本で大学教育までしっかり受けた身ですし、こちらの実家である程度詰め込んで参りました。この世界独特の地理や歴史、文化にさえ気を付ければそう変なことにはならないでしょう。最悪お小遣いから家庭教師を雇ってもいいわけですし。
まぁつまり、お勉強だけでは時間が余るのです。
一応一通りお嬢様らしい趣味は収めているのですけど、別に好きだからやっているというよりも、社交での話題作りにの為にやってるに過ぎないものにすぎません。ですので趣味じゃなくてもう仕事みたいなものなんですよね。なので人生の潤いになる様な素敵な趣味は欲しい所。
社畜時代に実感したんですよ、やっぱ好きで打ち込めるようなものがないとしんどいって。
「もっとこう、心血を注げるような。ワクワクハラハラする様な……。あ! そうだグレタ! 確か王都から少し離れた所にダンジョンがあったわよね!?」
「あぁはい、幾つか存在していることは存じておりますが……。もしや。」
「えぇ! もう言葉にしなくても解るわよね!」
公爵令嬢としての教育や、見合いの王妃の為の教育とかでめっきり忘れていた物ですが……。
私、昔からRPGが大好きなんです。冒険してレベル上げて色んなアイテムを集める。あのワクワク感は一生忘れられません。淡々と狩りをしてレベル上げするのも好きですし、強敵を倒すため攻略法を試行錯誤するのも好き、コレクターの血があるのか図鑑とか全部埋めないと気が済まないタイプでもありました。
死ぬ直前まで遊んでいたこの世界。スチルやルートなどは全部埋めた気がしますが、遊びつくす前に死んでしまったせいで実は結構心残りがあるのです。
折角、ゲームの世界の中にいることですし。
この手で世界丸ごと、遊びつくしてやるのもいいかもしれませんね!
(それに、今後のことを考えれば『力』は必須です。)
何度か言いましたが、この世界には魔物と魔王が存在しており、滅亡の危機が転がっています。基本主人公に任せるつもりではありますが……、私に変な飛び火が来る可能性もあるのです。シナリオ通りに進んでしまうのであれば、魔王の手先になってしまう可能性も。
それを考えれば、やはり力は必要になると言えます。権力という目に見えないものでなく、単純で解りやすく全てを吹き飛ばせるようなパワーが、です。対魔王もですが、原作シナリオを思い出せば我が家は確実に没落しお取りつぶしになっていました。そんな『絶対に避けたい未来』すらも吹き飛ばせるような力が、欲しいのです。
(我が家は、非常に大きな家です。抱えている領地も領民も、使用人たちも沢山いる家。もしそんな家が没落してしまえば、グレタを始めとした使用人たちは職を失うことになりますし、パパ上の仕事を手伝う役人たちや軍人たち。最悪その他領民たちにも迷惑をかけてしまいます。)
この身が良い生活をさせてもらっているのは、貴族としての責任を果たし民に支えられているからに違いありません。私一人のせいで自身が死ぬのであれば受け入れる他ありませんが、私一人のせいで多くの方に迷惑が掛かるのでしたら……。責任を果たさなければならないでしょう。
ま、何にせよパワーが必要なのです。そう考えればこの“趣味”は実益が伴った素晴らしいものだと思えませんか? ほらほらグレタ! 貴女もそう思うでしょう! 思うって言って!!!
「……はぁ、こうなったお嬢様は何をしても止まらないことは重々承知しております。武器防具と各種アイテム、後は身を隠すための装備ですね。すぐにご用意します。」
「さっすがグレタ! 解ってるぅ!」
「して護衛は如何しましょう。」
「いらないわ! こういうのはソロから楽しまなきゃ!」
確かに身分を考えれば必要でしょうが、何事もまずは一人で始めるものです。
それに、この身にはゲームとしてこの世界を遊びつくした時の記憶があります。最初はそれがどこまで通用するかのすり合わせがしたいですし、一人だからこそ楽しめるものも沢山あります。そりゃいつかは誰かと一緒に冒険したり遊びたくなるのでしょうが、それも“護衛”じゃダメです。
守るための人じゃなくて、一緒に遊ぶ仲間が欲しいんですもの。そして仲間ならば自分で探して集めないと面白くないでしょう? 別に護衛として後ろから隠れてついてくるのなら止めないけど、私の前に立って勝手に楽しみを奪っていくようなのはいらないの!
だってコレ、そもそも趣味ですもの!
「護衛の者から『無理難題を仰るな』と言われそうですが、そのように通達しておきます。では諸々の準備がございますので一旦失礼いたします。それとお願いですから、一人で勝手に飛び出さぬよう……。」
「えぇ、解ってますとも! お願いしますわ!」
んふふ! あぁ楽しみ!
最初はどうなるかと思いましたけれど、趣味を満喫できるとなれば話は別! せっかくの学生生活なのです! 好きなことを全力で楽しむことに致しましょうっ! ちょっと釘を刺されてしまったから飛び出せないけど、こういう待ち時間の間に想像を膨らませるのも楽しいのです!
やっぱり最初はレベリングからですかね!? あぁでもダンジョンのマップを思い出して隠し宝箱も見つけておきたい! あぁ考えがまとまりませんわ! 紙! 紙に書きましょ!
〇ヴァネッサ(転生者)
銀髪赤目、貴族として統治者の責務は理解しているが仕事よりも趣味に重きを置くタイプ。ただ趣味に走っても許されるだけの仕事・責任は果たそうとする感じ。不登校を決め込んだことでこの世界最後の学園生活を丸ごとモラトリアムにした。課題(定期試験)とかバイト(貴族として領地経営)はちゃんとしてるんだから、趣味をとやかく言われる必要はありませんわー!
なお周囲からどう思われるかは一切考えていない。
現在の主目標:楽しむ
副目標:強くなる