1:気づいちゃいましたわ!
「んー、結局何も思いつかないまま入学の時期になってしまいましたわ。」
馬車に揺られながら視線を窓の外へ、王都の学園へと続く道を眺めます。
っと、そう言えば自己紹介がまだでしたわね。
私の名は『ヴァネッサ・ド・ラモルヴィーヌ』。公爵家の一人娘で、所謂転生者と呼ばれるものです。
まぁちょっと前世でですね? 超ブラックな職場にいたんですよ。残業ばっかりな上に休みないしパワハラセクハラばっかりだし、挙句の果てにはどんだけ頑張っても昇給が無くて税金だけ上がるから実質減給っていう。発狂しなかった私を褒めてやりたいぐらいのクソでした。
なのでこのままじゃ労働に殺される! と思い一念発起。
同僚巻き込んで労基やら弁護士やらに頼って会社とバトル、無事これまでの残業未払い金と会社都合退職、ついでに多額の慰謝料を勝ち取ったんですよね。搾り取りすぎたせいか会社はぶっ壊れて夜逃げする羽目になったそうですが、私としては大勝利です。
んでまぁもうクソ職場で働かなくていい解放感と金銭的余裕からですね? 遊びに遊びまくってしまいまして……、ゲームで徹夜しすぎて死んだんです、私。
(何度思い返しても愚かですわね。まぁそのおかげで今、良い生活をさせて頂いているんですけど。)
転生したこの世界は、よくある中世ヨーロッパ風の異世界。
魔物とかヤバい敵がいて死が非常に近く人の命が軽い世界ではありますが、貴族という勝ち組。その頂点に近しい公爵家に生まれた私は、それはもう大切に育てて頂きました。確かに勉強や鍛錬、領地経営などちょっと面倒なお仕事こそありますが、前世と比べても格段によい生活。
屋敷は綺麗で広いし、身の回りを世話してくれるメイドがいるし、食事も美味。しかも一人娘ですから継承争いもなし! うんうん。やっぱ貴族って最高ですわね!
ま、ここがよくある『乙女ゲーム』の世界で、私が『悪役令嬢』って話を除けばですがッ!
(あぁぁぁ! なんでよりにもよって『ヴァネッサ』なんかにぃぃ!!!!!)
この世界の“タイトル”、私が死ぬ直前まで遊んでいたゲームの名前は『Sweet Labyrinth』。通称『すいらび』というものです。異世界の学園で真実の愛を求めながら、攻略対象達とともに世界滅亡の危機に立ち向かう感じのゲームですね。
重厚なシナリオと多種多様な攻略対象、その道で有名な声優様を起用している淑女ご用達のゲームでしたが……。実は私自身、そこまで興味は無かったんですよね。どっちかというとRPG派でしたし。
ですが友人に勧められた際に『これバリバリのRPGだよ、ハクスラ要素もりもり。というかなんか製作会社が元々ダンジョンに潜る感じのゲーム? 作ってたのが途中で吹き飛んだらしいのよ。それをそのままぶち込んだおかげで“最強の乙女ゲー”と“最高のRPG”が両立してるってワケ! とりあえず買え。』と言われ、無理矢理買わされたんです。
(結果として死ぬまでハマってしまったわけですが……。なんでこう、一番悲惨な目にあう悪役に成っちゃったんでしょ。)
ヴァネッサ・ド・ラモルヴィーヌ。
所謂悪役令嬢で主人公に意地悪してきたり、突っかかってきたり、殺しにかかって来るようなヤバめの敵です。公爵令嬢ということで入学前から王子との婚約を成立させていたのですが、王子が平民の主人公に興味を持ち始めたことで嫉妬。これが原因でいじめ始めた感じですわね。
ストーリー的にも完全な敵でしたし、ゲーム的にも迷惑なお邪魔キャラ。
それにふさわしい末路が用意されており、ルート次第にはなりますが魔王に利用されて国ごと世界を滅ぼす原因となり主人公と激突することになります。
負ければそのまま世界が滅亡し、勝ってもなんか魔王が『やっぱ人間は雑魚、でも我の力借りておいて負けるとかクソ!』とか言い始めて、見せしめとしてヴァネッサにこの世全ての痛みを味わわせながら殺し、主人公たちに魔王の恐ろしさを教えることになるのですが……。
うん、どう考えても嫌ですわ。
(というかどのルートでも我が家はお取りつぶしになりますし、結局野垂れ死ぬんですよね。)
はい、ということで未来に希望が持てないヴァネッサちゃんが私です。
いや一応頑張ってみたんですよ? 王子殿下とそもそも婚約しなければ大丈夫なのでは、とかね? ケドなんか気が付いたら殿下の婚約者になってましたし、日々の勉学のみならず未来の王妃候補としてのお勉強も始まってしまったものですからもう大変。毎日忙しくしていたら、気づけば『学園』の入学式直前ってわけです。
つまりこの馬車が到着すればもう入学、つまり物語が始まってしまうのです。
「はぁ、マジでどうしましょう。」
物語のシナリオは3年間。主人公が学園に入学してから卒業するまでが描かれています。同い年ですので、主人公である彼女も今年入学してくるのでしょうが……。えぇ、はい。正直顔を合わせたくないです。
だって私、殺されますのよ。彼女に?
(あと変な修正力が働いて『私が主人公を虐めていた』とかなったら詰みです。)
王子殿下と婚約とか恐れ多くて嫌ですわー! みたいなこと言ってたのに、気が付いたら婚約してるんです。
そりゃもう世界の修正力と言いますか、本来のシナリオ通り進もうとする力が働いているに違いありません。もしこのまま進んでしまえば、私的にはバッドエンド、主人公が王子攻略ルート以外を選んでくれれば、魔王に殺されるみたいな未来は訪れないでしょうが……。
それでも待っているのは、野垂れ死。
私は今の生活が維持できればそれで充分なのです。王子殿下との恋愛とか興味ないですし、むしろ婚約破棄してくださるなら大歓迎。主人公は勝手に王子様と結婚してくださいまし! 私は自領に引っ込んでいるので! って感じです。
世界滅亡の危機に関しても特段私の存在が必要になることはありませんし、王子ルート以外を進んだ主人公のことを思い出せば、シナリオ的に何か変なことが起きない限り、勝手に世界を救ってくれるでしょう。
つまり顔を合わせたくありませんし、合わせる必要もないんです。
「でも王子の婚約者ってことになってますから、主人公が王子ルート選んだらそんなの不可能なんですよね……。」
そもそも、このまま学園に通ってしまえば同級生。確実にどこかで顔を合わしてしまうでしょう。
彼女が王子ルート以外を選んだとしても同級生なら関わる可能性は出てきますし、舞踏会とか開かれれば普通にこっちに挨拶しに来る可能性もあります。いくら未来の王妃だとしても他家との関係は上手いこと維持しなければなりませんし、付き合いというものがあります。いくら主人公ちゃんが平民でも、逃げたくても逃げられない状況がいつかやってきます。
さらにどれだけ私が彼女に関わらないよう頑張ったとしても、シナリオを考えれば魔王が復活した瞬間にそっちから目を付けられる可能性もあるわけですし……。マージでお話に関わりたくない。
ゲームってね、俯瞰してみるから楽しいのであって、自分がそこに放り込まれても楽しめるかは話が別なんですよ。
あぁ、本当にどうしたら……。
「うん? そういえば。」
お話って、基本的に学園の中で進みますよね。
『3年間の学生生活』が物語のメインになっているわけですし。
つまり……。
「不登校になれば全部スルー出来るのでは?」
……私、天才かもっ!
ちょ、御者! 今すぐ屋敷に引き返してくださいましっ! 入学式ですが休みますわっ!
お新作です、よろしくお願いいたします。
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