表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第4章:私の姉②

王都の中央にそびえる学園は、見た目からしてすでに“貴族の自己満足”の塊だ。

白い尖塔、金の装飾、庭園には季節外れの花が咲いていて、校章には意味不明な古代文字が刻まれている。

入学式のとき、私は「ここで転んだら一生笑われる」と思って、靴の裏に滑り止めを貼った。


姉リアナは、そんな学園の女王だった。

高慢、華麗、気分屋。

廊下を歩けば、上級生も下級生も道を開ける。

一般生徒が話しかけようものなら「あなた、誰?」と返す。

美貌とヴァルモントの家柄で取り巻きは多かったが、友人はゼロ。

婚約者の第4王子・アルウェル様でさえ、姉との会話は「天気ですね」「ええ」

くらいだった。


それが今ではどうだろう。

姉は、学園の太陽になっていた。

昼食時には、姉の周囲に人だかりができ、誰もが「リアナ様のご意見を伺いたい」と言う。

姉は微笑みながら、「面白い視点ね」とか「あなたの考え、好きよ」とか言う。

以前なら「くだらない」と一蹴していたはずなのに。


第4王子も変わった。

以前は姉に話しかけるのに3回くらい咳払いしていたのに、今では姉の隣に座って「リアナ、君の見解は?」と聞いている。

姉は「ご明察です、アルウェル様」と返す。

ご明察て。


私は、昼食をパンとスープで済ませながら、遠巻きにその光景を見ていた。

隣の席のクラリスが言った。

「リアナ様って、前よりずっと素敵になったよね。優しくて、知的で、完璧で…」

私はスープをすすりながら答えた。

「うん、完璧すぎて逆に怖いけどね」

クラリスは不思議そうに首をかしげる。

みんなは気づいていない。

いや、気づいても口にはしないのだろう。

だって、今の姉は“理想の令嬢”そのものだから。


ある昼休み、校舎の掲示板に徽章(バッジ)に関する通達が貼り出されたことがあった。

「来月より、制服の左胸に家紋入りの徽章を着用すること」

「徽章は各家で用意すること。素材は金属製、色は家格に準ずる」

ざわつく生徒たち。

「うちの家紋、細工が複雑すぎて刺繍(ししゅう)屋が泣いてたのに、今度は金属製?」

「“家格に準ずる”って、つまり色で身分を分けるってことじゃない?」

「うちは準男爵だから、銀色か……地味だな」

表向きは“伝統の復興”という名目だったが、実質は家格の可視化だった。

つまり、“自分は誰の子か”を、毎日着て歩けということだ。

しかも、徽章の制作費は各家の負担。


そこへ、リアナが現れた。

通達を一読した姉は、静かに言った。

「これは“伝統”ではなく、“誇示”ね。家格を示すための装飾が、学びの場にふさわしいとは思えないわ」

周囲の生徒たちは黙り込んだ。

誰もが内心では同じことを思っていたが、口に出せなかった。


リアナはその日の午後、校長室に赴き、こう提案したという。

「徽章の着用は維持しましょう。ただし、家紋ではなく“学園章”に統一しては?

各家の伝統は大切ですが、それを示す場は舞踏会や式典で十分です。

学園は“学びの場”であり、“家の競い合い”の場ではありません。」

さらに、姉は徽章のデザイン案まで持参していた。

「デザインを統一することで制作費の負担も軽減できます。

各家が個別に発注するより、学園指定の工房で一括管理した方が、予算面でも効率的です

また、学園章の中央に、個人の識別番号を刻むことで、管理面でも利点があります。

素材は真鍮で統一し、色味は制服に合わせて控えめに。

これなら、家格に関係なく、誰もが同じ“学園の一員”として扱われます」

校長はしばらく沈黙した後、「……確かに、理にかなっている」と頷いたという。


翌週、掲示板の通達は差し替えられていた。

「徽章は学園章に統一。個人識別番号入り。各自、学園指定の工房にて受け取りのこと」


私はノートに落書きをしながら、そんな姉の背中を見つめていた。

あの冷静で論理的な語り口、誰にでも等しく向けられる微笑み。

まるで、誰かが“姉を設計し直した”みたいだった。



帰りの馬車では、窓の外に目をやるのが日課になった。

「あの件、公爵に伝えてくださったんですね。助かりました」

「君が丁寧にまとめてくれたおかげだよ。伯父上も納得していた」

「よかった。あの方、書類の端が折れているだけで機嫌を損ねますから」

……なんだその“気遣いの応酬”。

並んで座るふたりの声は柔らかくて、完璧に調和していて、なんというか――

砂糖菓子を耳に詰められてる気分。

「来月の舞踏会、あの照明では、少し暗すぎますわよね」

「君のドレスが映えてたから、ちょうどよかったと思うけど」

……はいはい。

馬車の揺れに合わせて、姉の笑い声がふわりと跳ねる。

私はその音に合わせて、心の中で小さくため息をついた。

こういうの、慣れたら負けな気がする。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ