第4章:私の姉②
王都の中央にそびえる学園は、見た目からしてすでに“貴族の自己満足”の塊だ。
白い尖塔、金の装飾、庭園には季節外れの花が咲いていて、校章には意味不明な古代文字が刻まれている。
入学式のとき、私は「ここで転んだら一生笑われる」と思って、靴の裏に滑り止めを貼った。
姉リアナは、そんな学園の女王だった。
高慢、華麗、気分屋。
廊下を歩けば、上級生も下級生も道を開ける。
一般生徒が話しかけようものなら「あなた、誰?」と返す。
美貌とヴァルモントの家柄で取り巻きは多かったが、友人はゼロ。
婚約者の第4王子・アルウェル様でさえ、姉との会話は「天気ですね」「ええ」
くらいだった。
それが今ではどうだろう。
姉は、学園の太陽になっていた。
昼食時には、姉の周囲に人だかりができ、誰もが「リアナ様のご意見を伺いたい」と言う。
姉は微笑みながら、「面白い視点ね」とか「あなたの考え、好きよ」とか言う。
以前なら「くだらない」と一蹴していたはずなのに。
第4王子も変わった。
以前は姉に話しかけるのに3回くらい咳払いしていたのに、今では姉の隣に座って「リアナ、君の見解は?」と聞いている。
姉は「ご明察です、アルウェル様」と返す。
ご明察て。
私は、昼食をパンとスープで済ませながら、遠巻きにその光景を見ていた。
隣の席のクラリスが言った。
「リアナ様って、前よりずっと素敵になったよね。優しくて、知的で、完璧で…」
私はスープをすすりながら答えた。
「うん、完璧すぎて逆に怖いけどね」
クラリスは不思議そうに首をかしげる。
みんなは気づいていない。
いや、気づいても口にはしないのだろう。
だって、今の姉は“理想の令嬢”そのものだから。
ある昼休み、校舎の掲示板に徽章に関する通達が貼り出されたことがあった。
「来月より、制服の左胸に家紋入りの徽章を着用すること」
「徽章は各家で用意すること。素材は金属製、色は家格に準ずる」
ざわつく生徒たち。
「うちの家紋、細工が複雑すぎて刺繍屋が泣いてたのに、今度は金属製?」
「“家格に準ずる”って、つまり色で身分を分けるってことじゃない?」
「うちは準男爵だから、銀色か……地味だな」
表向きは“伝統の復興”という名目だったが、実質は家格の可視化だった。
つまり、“自分は誰の子か”を、毎日着て歩けということだ。
しかも、徽章の制作費は各家の負担。
そこへ、リアナが現れた。
通達を一読した姉は、静かに言った。
「これは“伝統”ではなく、“誇示”ね。家格を示すための装飾が、学びの場にふさわしいとは思えないわ」
周囲の生徒たちは黙り込んだ。
誰もが内心では同じことを思っていたが、口に出せなかった。
リアナはその日の午後、校長室に赴き、こう提案したという。
「徽章の着用は維持しましょう。ただし、家紋ではなく“学園章”に統一しては?
各家の伝統は大切ですが、それを示す場は舞踏会や式典で十分です。
学園は“学びの場”であり、“家の競い合い”の場ではありません。」
さらに、姉は徽章のデザイン案まで持参していた。
「デザインを統一することで制作費の負担も軽減できます。
各家が個別に発注するより、学園指定の工房で一括管理した方が、予算面でも効率的です
また、学園章の中央に、個人の識別番号を刻むことで、管理面でも利点があります。
素材は真鍮で統一し、色味は制服に合わせて控えめに。
これなら、家格に関係なく、誰もが同じ“学園の一員”として扱われます」
校長はしばらく沈黙した後、「……確かに、理にかなっている」と頷いたという。
翌週、掲示板の通達は差し替えられていた。
「徽章は学園章に統一。個人識別番号入り。各自、学園指定の工房にて受け取りのこと」
私はノートに落書きをしながら、そんな姉の背中を見つめていた。
あの冷静で論理的な語り口、誰にでも等しく向けられる微笑み。
まるで、誰かが“姉を設計し直した”みたいだった。
帰りの馬車では、窓の外に目をやるのが日課になった。
「あの件、公爵に伝えてくださったんですね。助かりました」
「君が丁寧にまとめてくれたおかげだよ。伯父上も納得していた」
「よかった。あの方、書類の端が折れているだけで機嫌を損ねますから」
……なんだその“気遣いの応酬”。
並んで座るふたりの声は柔らかくて、完璧に調和していて、なんというか――
砂糖菓子を耳に詰められてる気分。
「来月の舞踏会、あの照明では、少し暗すぎますわよね」
「君のドレスが映えてたから、ちょうどよかったと思うけど」
……はいはい。
馬車の揺れに合わせて、姉の笑い声がふわりと跳ねる。
私はその音に合わせて、心の中で小さくため息をついた。
こういうの、慣れたら負けな気がする。