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第3章:私の姉

 姉が変わったのは、三の月の初め。

まだ風が冷たいのに、庭のクロッカスが咲きはじめた頃。


 それまでの姉——リアナ・ヴァルモントは「誰もが手を焼く存在」だった。

朝からドレスの色に文句をつけ、昼には侍女を泣かせ、夜には母を疲れさせる。

「このドレス、色が気に入らない。仕立て直して」

「父上の話は退屈。私に関係ないことばかり」

「あなた、私の部屋に入るときは靴音を立てないで。耳障りだから」

屋敷の空気は常にピリピリしていて、私はなるべく姉の視界に入らないように生きていた。

姉が機嫌を損ねると、なぜか私まで怒られるからだ。理不尽の権化。


それが、ある日を境に、すべてが変わった。

その朝、私は食堂に向かう途中、廊下で侍女が泣いているのを見かけた。

「またリアナに怒られたのかな」と思いながら通り過ぎようとしたとき、姉の声が聞こえた。

「泣いてるの? 何かあったの?」

驚いて振り返ると、リアナが侍女の前にしゃがみ込んでいた。

目線を合わせるように、膝をついて。

そんな姿、見たことがなかった。

侍女は戸惑いながらも、「朝の準備が遅れてしまって……」とぽつりと答えた。

リアナは少し考えてから言った。

「じゃあ、明日からは誰かと交代で準備してみたら? 一人で全部やるのは大変でしょう」

侍女は目を丸くしていた。

それは、叱責でも命令でもなく、“提案”だったから。


食堂に入ると、父が領地の話をしていた。

いつもなら、姉は「退屈」と言って席を立つ。

でもその日は、黙って聞いていた。

母が「どうしたの?」と尋ねると、姉は少し笑って言った。

「考えることがあったの」

……考えること? あのリアナが?

今までの姉の“考えること”といえば、「どうすればよその令嬢ライバルたちより目立てるか」だったのに。


また別の日、裏庭で使用人が言い争っていたことがあった。

「だから、昨日の分は納品されてないんだってば!」

「でも、業者は“納品済み”って言って帰ったんですよ!」

どうやら、干し草の納品に関して食い違いが起きているらしい。

馬小屋には干し草が届いていないのに、帳簿には「納品済み」の印がある。

世話係は「馬が空腹で落ち着かない」と焦り、記録係は「業者が印を押したから間違いない」と譲らない。


そこへ、リアナが現れた。

「何があったの?」

世話係が事情を説明すると、姉は少し考えてから言った。

「馬が落ち着かないなら、まず今ある餌を工夫して使えないかしら。干し草がないなら、穀物の配分を増やすとか」

「でも、それでは栄養が偏ってしまいます」

「じゃあ、今ある干し草は子馬に優先して与えて。成馬には、私たちの備蓄でしのいでもらいましょう。配分は、飼育係と相談して調整して」

使用人たちが顔を見合わせる。

リアナは続けた。

「それと、納品業者に“納品済み”の証拠を出してもらって。印だけじゃなく、実際に何をどこに置いたか確認するべきよ。もしかしたら、別の場所に置かれてるかもしれないし」

世話係は「……わかりました。まず裏庭の倉庫を確認してみます」と言い、記録係も「業者に連絡してみます」と頷いた。

リアナは何事もなかったように振り返り、私に気づいて微笑んだ。

「朝から騒がしいと、セレナの顔がこわばるわね」


姉は時間を見つけては、書斎にこもって領地の記録や歴史書を読みはじめた。

私が通りかかると、「これ面白いわよ」などと声をかけてくる。

私の知ってるリアナは、文字より宝石が好きで、書物など気にもかけないはずだ。


屋敷の空気は、確かに穏やかになった。

父は「リアナもようやく落ち着いた」と言い、母は「立派になった」と微笑んだ。

私も、最初は安堵した。けれど——

帳簿を読んでる姉を見るたび、頭をよぎる、

眠っている人間に憑りついて、乗っ取ってしまう悪霊の話。

いや、まさかね。そんなこと、あるわけ——

……あるわけ、ないよね?



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