第1章:受付カウンターの“よくいるタイプ”
朝のギルドは、いつも通り騒がしい。
報酬を受け取りはしゃぐ者、クエスト失敗で泣きつく者、仲間の愚痴をこぼす者。
俺はそのすべてを、無表情で処理する。事務員に感情は不要だ。
必要なのは、スタンプと冷静さ。
そんな中、今日もカウンターに一人の青年が現れた。
くたびれたマント、擦り切れたブーツ、目元に疲れ。
見た目は完全に“よくいるアレ”。
「登録希望です。仕事、探してます」
声は妙に落ち着いていた。
聞けば、つい先日まで大型出張クエストに参加していたらしい。
大陸をまたぐ高難度依頼。成功すれば、王都に小さな屋敷が建つレベルか。
「で、追放の理由は?」
「さあ。なんかいてもいなくても同じ、みたいな感じですかね」
他人事みたいに言うな。
「拠点は別の大陸か。名簿には名前がないな。登録するぞ」
俺は棚から登録用紙を取り出し、羽根ペンと一緒にカウンター越しに差し出した。
氏名、年齢、出身地。
ペンを受け取った青年は、項目を順に埋めていく。
筆の動きは迷いがちで、特にスキルの欄でしばらく止まっていた。
やがて、控えめな字でこう書き込まれた。
できること:
荷物を少し軽くする。
家具などの隙間を広げて、後ろに落ちたものを拾いやすくする。
なるほど。これは使えない。
まあ、たまにいる。クエスト達成後に“無能枠”を切って報酬を増やすパターン。
正直「またか」と思った。
俺はギルドカードを発行し、青年――ハルトに手渡した。
「一応、規則だから。チュートリアル用のダンジョンをやってもらう。危険はない。スライムが出るくらいだ」
「……さすがにそれは、簡単すぎませんか?」
妙に冷静な拒否。
「……まあ、そう言うなら」
俺は石板を操作し、やや中級者向けの探索型ダンジョンを割り振った。
モンスターは弱いが、構造が複雑で宝箱の回収に時間がかかる。
それなりの経験者でも、一人ではまあまあ骨が折れる。
ハルトには何も言わず、カードだけ渡した。
どうせ、少し迷って帰ってくるだろう。そう思っていた。
そのダンジョンは、ギルド裏の岩山にある。
入り口から見える宝箱は、実は罠だ。
真正面に見えても、そこに至るには三つの部屋を回り、回廊を抜け、階段を上がる必要がある。新人泣かせの設計だ。
「じゃあ、頑張ってな。俺は戻る」
そう言って背を向けた瞬間――
「……ここなら、いけるかも」
振り返ると、青年――ハルトが手をかざしていた。
空気がわずかに震え、床の石がきしむ音がした。
次の瞬間、ダンジョンの壁が“折れた”。
いや、正確には、壁の一部が沈み、床がせり上がり、通路が変形した。
まるで迷路の一部が“畳まれて”一筋の道になったように、入り口から宝箱までの
ルートが一直線に繋がった。
「……おい、それ何だ?」
「スキルです。名前は《界境操作》って言うらしいんですけど……。地元だと、まだ戦時中の結界がいくらか残ってて、制限される能力もあるみたいで」
「じゃあ、今のは……」
「試しにやってみたら、できました」
ハルトは肩をすくめた。
その仕草は、まるで「ちょっとした運試しが当たった」くらいの軽さだった。
俺はその場で立ち尽くした。
空間そのものを“畳んで”道を作る。しかも、制御できている。
新人どころか、ベテランでもここまでの精度は見たことがない。
「……それ見せてたら、首にならなくて済んだんじゃないか?」
「……確かに」
ハルトは少し考えてから、苦笑した。
「……ギルド長に報告だな」
報告書の文面を考えながら、俺は内心でため息をついた。
面倒なことになりそうだ。