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3.最初の記憶

少女が目を覚ますと、そこには真っ白な天井があった。見つめ続けるとその天井は、(もや)のようなものが渦巻いているのだとわかった。


(ここ、どこだろう…)


長い眠りから覚めたかのように、意識が薄ぼんやりとして身体もよく動かない。息を吸い込むと、感覚がひとつひとつ覚醒してくる。


それと同時に、強烈な違和感を覚える。少女は先ほどまで、走っていた。通学路の土手道を全力疾走していたはずだ。


そして、それから、トラックが、目の、前に………グチャッ


「っいやあぁぁぁぁっ!!!」


少女は自身の悲鳴で完全に覚醒した。心臓の音が喉元で大きく鳴っている。全身の血が暴れ頭が締め付けられるかのようだ。


(怖い。…こわい!!)


身体を起こしてみても彼女の不安は募るばかりだった。慣れない手触りの寝具からは自身の知らない匂いがする。先ほど部屋の天井だと思ったものは、なんと天蓋付きベッドのものだった。なによりも最悪なのは、中世の貴族部屋かのように煌びやかな一室で彼女がひとり取り残されているということだ。


コンコンコン…


「お目覚めのところ失礼致します。状況の説明等させていただきに参りました」


そういって入ってきた男は、白いシャツに黒のタキシードと蝶ネクタイの変わった格好をしていた。白い手袋をしたその指先には銀色の丸い盆が載っている。


「まずはここ天界へ転移なされましたこと、深くお悔やみ申し上げます」

「……ん?」


(……ぅ、んん?)


「え、私やっぱり死んだの。」

「僭越ながら申し上げますと、左様にございます。」


(あ、死んじゃった本人目の前にしてお悔やみ申し上げるんだ…そういうものなんだ?)


「つきましては、今後の天界での新生活をスムーズに始められますよう、私どもがサポートいたします。」

「へぇ〜……あ、ありがとうございます……」


その後天界について説明された少女は、居住区の登録やら同居人の承認やらの手続きを手取り足取り教えてもらいながらやっとのことで現状の生活を手に入れた。





というのが、彼女の最初の記憶である。何から何まで助けてくれた男の顔を思い出すことはできないが、その格好はとても奇妙だったので覚えていた。あれが神殿での出来事だったのだと言われると、妙に納得できる。


「なるほど。じゃぁあの男の人はここで働いてるのね」

「え、覚えてるの?」


少女の呟きに、青年が驚く。


「ううん。顔も声も全く思い出せないけど、かっちりした服が執事さんみたいだなぁと思ったのは覚えてるの。」

「あー、なるほど。それもすごいことだと思うけどね…」


依然神殿がどうなっているのか興味があったが、青年に止められたばかりなのでどうにも進みづらい。


「なぁんか釈然としないなー」

「神殿のことがそんなに気になるの?君は変わってるよ」


青年の言う通り、人々は神殿のことを気に留めない。生前の習慣からか、神や神殿の存在を畏れ敬うようにして敢えて触れないように振る舞う人の方が圧倒的に多い。


「ねぇ、フードくん」


聞きたいことはたくさんあった。神殿の様子と町での噂が違いすぎること。“神”とはどういう存在なのか。


そのどれもが青年を困らせかねないものだったので上手く口に出せない。


「そ…そういえば、“黒髪の少女ちゃん”っていう呼び方長くない?」

「これまで困ったことはなかったけど…確かに長いね。何と呼べばいいかな」

「さ、さぁ?そもそも黒髪なんて大した特徴じゃないと思うけど」

「いやいや、君は髪も目も真っ黒だけどそんな人なかなかいないよ。それに肌が白いからコントラストがはっきりして…」


(人の容姿にコントラストっていう言葉を使う人初めて見た)


「…と、とにかく君の黒髪は特徴的だよ」

「へぇ、そうなんだ…じゃあもう“コントラスト”でいいわ」

「ちょっ…フフッ……ちょっと、待って。それはなんだか無骨すぎる。」


一悶着の末、少女の呼び名は“コンちゃん”に落ち着いた…





昼時の食事のため、少女は居住区へ戻ることにした。

遠ざかっていく彼女の背中を見届けると、青年は細く息を吐き出す。


「ふぅ…危なかった」


次の瞬間、青年が神殿へ足を踏み出す。白い柱の間には透明の膜があるようで、青年が透過するとヴヴーンという低い音が鳴る。


通り抜けた部分からマントが消えてゆく。神殿の中へ完全に入ってしまうとそこには、執事服をかっちりと着こなした青年が現れたのだった。


「さて、今日も働きますか」




青年は、神殿の使いなのだ。





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